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かなり前から準備をしてくれていたのだろう。 結婚指環を吉羅がはめてくれる。 吉羅の指にもまたはめる。 きちんと刻印までされていて、香穂子は泣きそうになった。 愛を誓い、指環の交換をし、そして甘いキス。 小さな頃から夢見ていたことが総て叶う。 香穂子にはひとつ、ひとつの出来事が、かけがえのないものになる。 自分は世界で一番幸せな花嫁なのだろうかと、思わずにはいられなかった。 教会からフラワーシャワーで出ると、誰もが笑顔で迎えてくれる。 「香穂子、君を愛している。これからもずっと一緒にいよう」 「はい。ずっと一緒にいたいです。私もあなたをあいしています…」 香穂子は心からの恋情を吉羅に伝える。だが、言葉ではなかなか自分が思っているようには、相手には 伝わらないような気がしてもどかしくなるぐらいに、吉羅には真っ直ぐな愛情を伝えたかった。 フラワーシャワーの後、友人たちに囲まれて談笑をする。 香穂子は、ここにいる総ての人々に感謝をしなければならないと思う。 こうして夢のようなジューンブライドになることが出来たのだから。 ここにいる人々のおかげだ。 香穂子は笑顔で吉羅に寄り添うと、心からの笑みを浮かべた。 披露パーティを行うレストランに入り、香穂子は化粧直しをして貰う。 お色直しも用意されていて嬉しかった。 吉羅とふたりで少しだけ休息を取っていると、天羽からふたりに同時にメールが入った。 「菜美から写メだ」 香穂子はニコニコと笑いながら幸せな気分でメールを開ける。 あなたたちは正式に夫婦となりました! そう書かれたメールには、金澤が婚姻届を出す写真が添えられていた。 ふたりでそれを見た後、吉羅は香穂子を抱き寄せる。 「これからも宜しく」 「私こそ宜しくお願いします」 正式に夫婦になって初めてキスを交わした。 吉羅はふと腕時計を見る。 「今朝は慌てていたから、ちゃんと時間を合わせるのを忘れていた」 吉羅が時計を外したところで、香穂子は手を出す。 「私がやりましょう」 「ああ。頼んだ。奥さんになって最初の仕事だね」 「そうですね」 香穂子は幸せな気分でくすりと笑うと、吉羅の手巻き時計の時刻を、丁寧に合わせていった。 「はい、どうぞ」 「有り難う」 香穂子は吉羅に丁寧に時計を差し出す。 後何回、こうして時計の時刻を合わせてあげられるだろうかと、香穂子は思わずにはいられない。 どうか。これが長く続きますように。 香穂子は強く祈らずにはいられなかった。 「香穂子、今日はかなりハードだが、大丈夫かね?」 「はい。大丈夫ですよ」 香穂子が静かに言うと、吉羅はフッと微笑んで頷いてくれた。 「疲れたらいつでも言うんだ」 「疲れ知らずですよ! だって、吉羅さん…と結婚して、皆にお祝いをして貰って…。こんなにも嬉しいことは、他にはないですから」 「…明日はふたりでゆっくりと休もう。落ち着いたら、新婚旅行にでも出かけよう」 「…はい」 またひとつ希望が生まれる。 頑張って生きていこう。 生きていれば抱いた希望は、きっと現実になるだろうから。 「有り難う、吉羅さん、また楽しみがひとつ増えました」 「私もとても楽しみだよ。君と一緒にのんびりと旅行が出来るからね。ヨーロッパなんていかがかな?」 「ヨーロッパ! 素敵です! だけど、吉羅さんと一緒ならば、私は何処でも良いんですよ」 「そうだね。本当に私も熱海でも伊豆でも湯河原でも良いんだけれどね」 「湯河原なんて良さそうです!」 「そうか。新婚旅行とは別に行こうか」 「はい」 吉羅にそっと抱き寄せられて涙が出るぐらいに嬉しい。 ここで命が尽きても構わないと思うのと同時に、もっと生きたいとも思う。 香穂子は涙が出そうになる。 「吉羅さん…、私とっても幸せです」 「また、“吉羅さん”と言っている」 吉羅が苦笑いを浮かべるものだから、香穂子もつられて笑った。 いよいよ披露パーティだ。 香穂子は、吉羅と天羽、金澤にサプライズパーティを開いて貰ったので、きちんとした打ち合わせをしては いなかったので、何もかもが新鮮でしょうがない。 香穂子と吉羅でキャンドルを持って会場に入ると、先輩や同級生、後輩たちが生演奏で迎えてくれた。 生演奏の温かさに、香穂子は涙ぐんでしまう。 香穂子にとって最高に温かな演奏だ。 吉羅がそっと躰を抱き寄せて撫でてくれる。 それが香穂子には嬉しかった。 ひとつひとつのテーブルに、キャンドルを灯していく。 ここにいる総ての大好きな人達に感謝を込めて回った。 本当に完璧な1日だ。 こんなにも素敵な1日は他にはないのではないかと思う。 香穂子はうっとりとした気分を味わいながら、夢のようなひと時を過ごした。 本当にこんなにも素晴らしい経験が出来るなんて、思ってもみないことだ。 「香穂子、吉羅さんとダンスタイムだよ」 「う、うんっ」 本格的なダンスなんて初めてだから、香穂子はドキリとしてしまう。 嬉しいドキドキだ。 スペシャルアンサンブルが、二人のために、ワルツを演奏してくれる。 その調べに乗りながら、香穂子は笑顔でワルツを踊る。 きちんとワルツを踊ることは出来ないから、妙ちきりんなワルツになってしまったが、それでも楽しくワルツが出来た。 本当に嬉しいワルツだった。 「これからも節目ごとにワルツを踊ってみたいものだね」 「はい。これからもずっとワルツを踊ってみたいです」 香穂子は吉羅に笑顔で答える。 未来のことは解らない。 だが、本当にそうなれば良いと祈らずにはいられなかった。 香穂子と吉羅は中座をして、一旦、お色直しに入る。 どのようなドレスか期待をすると、香穂子が一番気に入っているスタイルのドレスだった。 白地にブルーの花柄があしらわれた、膝丈のドレス。 香穂子の好みを知り尽くしている、吉羅と天羽ならではの選択だった。 「有り難う、菜美。本当に嬉しいよ。こんなにも、綺麗なドレスを選んでくれて…。そして…、こんなにも綺麗にして下さって、ヘアメイクの方にも感謝だよ」 「吉羅さんは、何度も惚れ直したかもね。香穂子に」 「私も、今日の暁彦さんはとても素敵だから惚れ直したよ」 「もうっ、惚気てるー」 「うん、そうだよ」 香穂子がにっこりと笑うと、天羽は笑顔で小突いた。 吉羅の前に向かうと、うっとりと見つめて、手をしっかりと握り締めてくれる。 それが嬉しい。 「独り占めしたいところだけれどね。後で出来るか」 「そうですよ」 香穂子が笑うと、吉羅に抱き寄せられた。 本当になんて素晴らしいウェディングパーティなのだろうか。 何処よりも幸せだと自慢することが出来る。 香穂子も吉羅もパーティ中はずっと笑顔になり、過ごした。 パーティ最後にプレゼントを配り、素敵なぐらいに素晴らしかったウェディングパーティが終わる。 香穂子は不意に寂しい気分になる。 そのまま泣き出したくなる時だった。 世界が暗くなる。 まるで今日起こった素晴らしい出来事が、総て崩れ落ちていくような気がする。 世界が音を立てて派手に崩れ落ちていく。 「香穂子…!!!」 吉羅の声がとても遠くに聞こえる。 ここまでプレゼントしたのだから、もう良いだろうと、神様が言っているような気がする。 最高のプレゼントは終わったのだ。 リミットが近付いている。 そう感じていた。 |