*Limited Lovers*


 金澤が何と言おうが、香穂子への想いは止めることが出来ない。
 吉羅は金澤の忠告を受け入れることなど出来ないと思う。
 それほどまでに魅かれるなんて、本当に不思議だと吉羅は思った。
 香穂子とはいつまで続くかは解らないが、今までで一番素晴らしい恋が出来るのではないかと、吉羅は思っていた。
 明日は香穂子のプレバースデーだ。
 余り高価なプレゼントをしたとしても、気後れをするだろうし、本気だと取られるのも複雑だ。
 吉羅は、香穂子の世代向けではほんの少しだけ高価なペンダントを贈ることにした。
 これが一番無難だ。
 明日はとても幸せな時間を過ごすことが出来るだろう。
 吉羅にはそれが一番嬉しかった。

 明日は吉羅と初めてのデートだ。
 デートと言うのにはおこがましいかもしれないが、香穂子にとってはこの上ない幸せな日になるのは間違いなかった。
 吉羅に合わせて、ほんの少しだけ大人びたスタイルをする。
 少しで良いから、釣り合いが取れる存在になりたかった。
 吉羅のためだけに綺麗になりたい。
 ずっと憬れていた存在なのだから。
 だからこそ、吉羅には一番綺麗な自分を見せたかった。
 念入りに肌や躰のメンテナンスをしてから眠りにつく。
 バースデーの前日には沢山良いことが起こると、以前聞いた事があったが、全くその通りだと香穂子は思わずにはいられなかった。

 吉羅に指定された時間に、待ち合わせの場所に行く。
 一緒にディナーをするということで、待ち合わせの時間は午後6時だった。
 香穂子がそわそわとしながら待っていると、吉羅の車がやってきた。
 黒いランボルギーニは成功者のステイタスだ。
 香穂子の前に綺麗に車を停止させると、中から吉羅が降りてきた。
「お待たせしたね」
「あ、有り難うございます」
「乗りたまえ」
 吉羅がエスコートをして車のドアを開けてくれる。
 そのスマートなしぐさにうっとりとしながら、香穂子は車に乗り込んだ。
「有り難うございます」
 にっこりと微笑むと、吉羅もほんのりと微笑んでくれる。
 香穂子にはそれが嬉しかった。
「素晴らしいアンサンブルを聴かせてくれるところがあるんだ。そちらにお連れしよう」
「嬉しいです! 本当に有り難うございます!」
 香穂子が笑顔で答えれば、吉羅はとても良い笑顔をくれた。
 吉羅の車は、レストランの駐車場に静かに停まり、まるでお姫様のようにエスコートをしてくれた。
「有り難うございます」
「君のバースデーイヴだからね、精一杯お祝いをしよう」
「本当に嬉しいです。有り難うございます」
 レストランは、香穂子も知っているほどの高級店で、いつめ憧れの場所だった。
 そこにこうしてエスコートして貰えるなんて、夢見心地だ。
 飲み物の前菜が運ばれてくる。
 吉羅も車のせいか、今夜はミネラルウォーターだ。
「では、乾杯しようか。誕生日おめでとう日野君。君の未来と素晴らしい二十歳になるように」
「有り難うございます」
 ふたりでミネラルウォーターで乾杯をする。
 こうしてグラスを合わせるだけでも、ときめきが込み上げてきた。
 今から始まる時間は、香穂子にとっては生涯で最もかけがえのないものになる。
 宝石箱にちりばめられた光よりも美しい時間だ。
 食事が始まり、香穂子は笑顔になる。
「誕生日おめでとうございます」
 アンサンブルを奏でる音楽家たちが、香穂子のテーブルにやってきてくれる。
 こんなにも素晴らしい演出は他にはない。
 素敵なサプライズプレゼントに、香穂子は泣きそうになった。
 ハッピーバースデーが奏でられる。
 同時にロマンティックなキャンドルがテーブルに飾られる。
 キャンドルの炎が揺れるのを見つめながら、涙で光が揺れるのが解る。
 こんなにも幸せはない。
 香穂子は何度も笑顔になるようにチャレンジをしたが、なかなか上手くいかなかった。
 かけがえのないキャンドルの光。
 このキャンドルの輝きを、香穂子は絶対に忘れないと思った。
 こんなにもロマンティックなキャンドルの光はないのだから。
「本当に綺麗です。キャンドルの光って、本当に清らかで美しくてかけがえのないものだと思います。素晴らしい思い出になります。本当に嬉しいです。私の宝物になる光景です」
「それは良かった。折角の二十歳のバースデーだからね」
「有り難うございます」
 とんな輝きでもくすんでしまうかのような、豪華なキャンドルを、こうして見つめていられるだけでも嬉しいんです」
 香穂子はかけがえのないキャンドルの光に、自分の総てのときめきを与えて貰った。
 キャンドルの光を見つめていると、本当に癒される。
 香穂子は心から幸せを感じずにはいられなかった。

 サービスにとケーキが運ばれてきた。
 バースデーケーキだ。
 小さなキャンドルがケーキに立っている。
「誕生日おめでとう。これからもしっかりとヴァイオリンを頑張るように」
「有り難うございます」
 ここにある小さなケーキも、かけがえのないものであることを、吉羅は知らないだろう。
 香穂子にとっては何もかもがスペシャルだから。
 キャンドルの灯に顔を照らされて、まるでスポットライトを浴びたような気分だ。
 吉羅も輝いて見える。
 素直に笑みが零れて、香穂子は幸せな気分になった。
「日野君、君もいよいよ二十歳だ。海外のコンクールなどに参加する予定はあるのかね?」
 吉羅の質問に香穂子は胸の奥が抉られたような気分になる。
 本当は痛い。
「…考えてはいません…。今は…」
 一瞬、香穂子はかつて海外進出を夢見ていた頃のことを思い出して息苦しくなる。
 ほんの短い間、吉羅と目線を外してしまった。
「君の実力ならば、海外に出ても頑張っていけるだろうから」
「有り難うございます。そうおっしゃって頂いて嬉しいです」
 香穂子はそのまま笑顔で言うと、ケーキをぱくついた。
「このケーキ、生クリームがとても軽くて美味しいですね」
 香穂子は笑顔で言いながら、屈託なくケーキを食べた。
「…明日が君の誕生日だ。誕生日おめでとう」
 吉羅は、事前に選んでおいたプレゼントを香穂子にそっと差し出してくれた。
 それが嬉しくて、香穂子は笑顔になる。
「こうして吉羅さんにお祝いをして貰っただけでも嬉しいのに、プレゼントまで頂けて嬉しいです」
 香穂子は泣きそうになるぐらいに胸がじんとするのを感じながら、吉羅をじっと見つめた。
 胸の奥が本当に熱い。
「…本当に嬉しいです。吉羅さんのお誕生日は何時ですか? その時にはお祝いをさせて頂きます」
「私の誕生日は1月3日なんだ。気を遣わなくても構わないよ、お嬢さん」
「1月3日…」
 香穂子は吉羅の言った日にちを反芻する。
 未来のことを考えるだけで、泣きそうになる。
 だがここは微笑まなければならないのだ。
 笑顔でずっといられるために。
「あの…プレゼントを開けて良いですか…?」
「ああ」
 香穂子は興奮が抑えられないのを感じながら、パッケージを丁寧に空ける。
「なんて可愛い!」
 本当に嬉しくて、香穂子は子どものように燥いでしまう。
 綺麗な幸せ色が滲んだピンクのペンダント。本当に美しい。
「…有り難うございます…」
「私が着けよう」
「有り難うございます」
 吉羅にペンダントを着けて貰い、香穂子は胸が熱くなる。
 涙を滲ませて吉羅に微笑みかけると、手を握り締められた。
「…日野君…。君とまだまだ一緒に過ごしたい…。私が君に一番早くハッピーバースデーを言いたい…」
 吉羅の言葉が何を意味しているかは解っている。
 緊張しながらも、香穂子は静かに頷いた。



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