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吉羅の母親に逢う。 それだけで必要以上に緊張する。 香穂子は僅かに躰を震わせながら、吉羅の母親を見た。 まるで値踏みをされているような気がする。 吉羅を見ると、大丈夫だと言わんばかりに、そっと肩を抱いてくれた。 「中に入って下さいね、おふたりとも。さあ、どうぞ」 母親はようやく笑顔になり、ふたりをリビングに案内をしてくれた。 リビングに案内されてソファに腰を掛ける。 吉羅の母親に逢ったのは結婚式以来だ。 随分と不義理をする嫁だと思っていることだろう。 しかたがないとはいえ、居心地が悪いのは事実だった。 ソファに腰を掛けているだけでは、心許無く、落ち着かない。 香穂子は、手伝いにいかなければならないだとか、そんなことばかりを考えてしまう。 「暁彦さん、手伝いに行かなくても構わないんですか?」 「構わない。先ず君は落ち着くことから考えたまえ。君に嫌な想いはさせやしないから」 「…はい…」 香穂子は頷いたものの、なかなか落ち着くことは出来なかった。 やがて吉羅の父親がやってくる。 こちらとも、結婚式以来逢ってはいなかった。 「お父様、お久し振りです」 「久し振りだね、香穂子さん」 吉羅の父親にも気まずい想いは沢山ある。 息苦しくて、この場所にいられないのではないかと、思わずにはいられない。 香穂子は、挨拶をした後、また緊張した気分でソファに腰を掛けた。 吉羅の両親と逢っていないのは当然で、ずっと吉羅のテリトリーにはいなかったからだ。 そのような事情はあるといえ、やはり不義理な嫁と映っているだろう。 母親がお茶の支度をして、ようやく戻ってきた。 こうして四人で対面するのは、結婚の挨拶をしに来た時以来だ。 契約結婚の。 「あなたたちがここに来たということは、何か報告があるということね」 吉羅の母親は落ち着いた雰囲気で呟く。 「暁彦は、何かない限りはうちには近寄らないからな」 父親も困ったものだとばかりに溜め息を吐いている。 「実は、子供が出来ました。お二人にはご報告しなければならないと思いまして」 吉羅は礼儀正しく言うと、両親を真直ぐ見る。 吉羅の両親は一瞬、驚いたような表情をしたが、直ぐに笑顔になった。 「おめでとう、とても嬉しいわ」 あれほどまでに硬かった吉羅の母親の表情が、一気に華やいだものになる。 香穂子はホッと胸をなで下ろした。 喜んでくれているのが、とても嬉しかった。 「報告は以上です。お二人には私たちからきちんと報告をしたかったので」 吉羅は、両親だというのにあくまでクールに振る舞っている。 香穂子は、吉羅のそばにいながら、少しだけ切ない気分になった。 その後は若干ではあるが和んだ気分になり、香穂子は少しだけリラックスした気分になった。 緊張は余り良くないとは聞いていたので、助かった。 軽くお茶を楽しんだ後、香穂子は後片付けだけを手伝うことにする。 吉羅の母親とふたりきりになるのは、やはり緊張する。 全く気遣いの出来ない嫁だと思われていることだろう。 「香穂子さん」 名前を呼ばれて、緊張する余りに躰を固くする。 「は、はいっ!」 「何もそこまで緊張しなくても大丈夫なのよ」 吉羅の母親は苦笑すると、今までで一番柔らかな笑みを向けてくれた。 「暁彦がああいう子だから、苦労するでしょう? うちにも節目にしか来ないから…」 「…いえ…」 母親は、香穂子に呆れているのではなくて、明らかに吉羅に呆れているようだった。 「ああいう経済の厳しい世界にいるものだから、いつも合理的にしか物事を考えられなくなってしまったのよ。うちの力を借りずに頑張ってあそこまでやってきた手腕は凄いけれど、その弊害が出てしまっているのよ」 流石は吉羅を育てた母親なだけあり、分析力に長けている。 「あなたも色々と大変かもしれないけれど、頑張ってちょうだいね。クールにしているからといって、あの子があなたのことを愛していないわけではないですから」 吉羅の母親は柔らかい笑みを浮かべて、香穂子を真直ぐ見つめてくれる。 こんなにも優しい笑みをくれる女性だということを、初めて知った。 そもそも、こんなにもふたりきりでいられたことは、今までなかった。 「有り難うございます」 「いいえ。あなたが本当に暁彦を愛していることが伝わったからこそ、言ったまでよ」 母親はストレートに言うと、香穂子を見た。 そこまで見抜かれているかと思うとかなり恥ずかしい。 香穂子はほんのりと頬を赤らめて、母親を見た。 「分かりやすいですか…?」 「ええ。まなざしを見れば。それにあなたは妥協して結婚出来るタイプではないから」 「お義母さん…」 本質まで見破られている。 香穂子が驚いて吉羅の母親を見ると、ただ微笑んでいるだけ。 「あなたは愛がなければ結婚出来ないタイプね。暁彦もそうよ。合理主義に見えて、実は愛がなければダメなタイプだから」 本当にそうだろうか。 そんなひとが、どうして契約結婚などを申し出て来たのだろうか。 そこは不思議でならなかった。 香穂子は、本当にそうであればこんなにも嬉しいことはないのにと思う。 吉羅が愛してさえくれたら、他には何も必要とはしないのに。 契約結婚も好きだからしたのだ。 少なくとも香穂子は。 「あなたと暁彦に赤ちゃんが出来たことはとても嬉しかったわ。本当よ。暁彦も、ようやく本当の愛を見つけられたのだと思ったから」 母親の言葉を聞いていると、期待をたっぷりと持ってしまうではないか。 吉羅に愛されること。 吉羅を愛すること。 それが香穂子にとっては生きる糧になるのだから。 吉羅と本当の意味で愛し合い、結ばれたらこんなにも幸せなことはないのにと、香穂子は思わずにはいられなかった。 「孫はとっても楽しみよ。暁彦に遠慮をせずに、うちに遊びに来てね。暁彦はああいう態度を取るから、親としてもつい構えてしまうわ。…それに」 母親はふとにこやかな表情から厳しさを滲ませる。 「あなたたちは離れて暮らしていたこともあったようだけれど…、それは不器用な暁彦のせいよね? まあ、あなたも不器用なのかもしれないけれど…」 母親は本当に洞察力に優れていると思う。総てをお見通しだ。 「…お互いに素直になれば良いかと思うわよ。少なくともあなたは素直になってきているかもしれないわね…。問題は…、暁彦ね。素直にになることをすっかり忘れてしまっているようだから…」 母親は困ったものだと言いながら、溜め息を吐いている。 香穂子こそ、もう少し素直になれば、吉羅の母親と心が開けたかもしれないのにと、思わずにはいられなかった。 素直になることが鍵になるのかもしれない。 「お腹の赤ちゃんが、あなたたちを素直にさせてくれるのかもしれないわね…」 「お義母さん…」 吉羅の母親は、ポンと肩を叩いてくれると、香穂子を元気づけるように笑ってくれた。 「あなたが暁彦を愛してくるていることは解っているから、これからもあの子を宜しくね」 「有り難うございます。暁彦さんが嫌だと言うまではそばにいるつもりです」 「そんなことは有り得ないと思うけれどね」 母親は微笑むと力強く言う。 本当にそうなれば良いのにと思わずにはいられなかった。 |