*Love Afair*

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 吉羅の子供がお腹のなかにいる。

 香穂子にとってはずっと望んでいたことだ。

 名目上の夫婦ではなく、本当の意味で夫婦になりたい。

 それが香穂子の本当の願いだったから。

 だが、不安もある。

 吉羅は、本当に香穂子を望んでくれているのだろうか。

 それだけが不安で不安でしょうがない。

 吉羅は一緒に親としてやっていくことを望んでくれているし、喜んでくれている。

 だが、子供だけを望んで、母親が要らないと言うのなら、こんなにも苦痛は他にはない。

 吉羅の母が見守って応援をしてくれているとはいえ、香穂子は一抹の蟠りを持っていた。

 

 香穂子は小さなコンサートに出演することになった。

 プチコンサートならば、躰に負担はかからないだろうと、吉羅も了承してくれた。

 それはとても嬉しい。

 ヴァイオリンは香穂子にとっては、素晴らしいパートナーであったから。

 プチコンサートは、チャリティーコンサートで、財界のバックアップがあり、勿論、吉羅の会社も協賛をしてくれている。

 香穂子たちのギャランティは出ないが、それでも演奏をしたかった。

 香穂子は三曲を演奏する。

 誰もが癒されるようにと、温かな愛が溢れるナンバーを演奏した。

 聴いて下さる方々が温かな気持ちになれますように。

 香穂子はその想いを込めて演奏をした。

 会場には吉羅も駆け付けてくれ、香穂子は吉羅への思いを、ヴァイオリンの音色に託していた。

 香穂子は、吉羅とお腹の中の子供が、ヴァイオリンの音色で素晴らしい気分でいられるようにと、想いを滲ませて演奏をした。

 ステージから下りると、吉羅が駆け付けてくれる。

 基本的に褒めることはしないひとではあるが、何処か優しい笑みを浮かべてくれている。

「香穂子、悪くなかった」

「有り難うございます」

 吉羅にとっては最高の賛辞をくれたことは解っているから、香穂子は笑顔で礼を言った。

「素晴らしい演奏でしたわ。有り難うございます」

 美しい大人びた女性が、香穂子に最高の賛辞を贈ってくれる。

 それが嬉しくて、香穂子は笑顔になった。

 女性は、ふと吉羅を見つめると、とても甘い表情になる。

 女性は、恐らくは吉羅のことを愛しているのだろう。

 表情を見つめるだけで理解することが出来た。

 吉羅を愛しているひと。

 吉羅はどうなのだろうか。

 香穂子は不安に苛まれながら、軽く唇を噛んだ。

「後で打ち上げパーティがありますから、その時にゆっくりとお話をしましょうね」

「はい。有り難うございます。また…」

 吉羅はその瞬間、香穂子の腰を抱いて引き寄せる。

「気分はいかがかね? 大丈夫かな?」

「はい、有り難うございます。気分は悪くありませんよ。大丈夫です」

「それは良かった」

 吉羅はフッと笑うと、更に躰を密着させてくる。

「香穂子、客席で楽しもうか」

「はい」

 吉羅に連れられて、香穂子は招待席へと向かった。

 

 どの演奏も素晴らしくて、香穂子は本当に癒された気分になった。

 こんなにも素晴らしいプチコンサートは他にないと思うほどの充実ぶりだ。

 どの演奏家もノーギャラにも拘らず、素晴らしい演奏を聴かせてくれる。

 誰もが自分が出来ることで手を差し延べたいと思っているのだろう。

 素晴らしいことだと、香穂子は思った。

「胎教にも良いみたいですよ」

「それは良かった」

 吉羅はそっと香穂子を抱き寄せると、お腹を優しく撫でてくれた。

 父親の愛が伝わり、香穂子もつい笑顔になる。

 吉羅の愛は充分に伝わってきた。

「赤ちゃんも喜んでいると思います」

「分かるのかね?」

「はい、感覚で」

「母親が羨ましい限りだね」

 吉羅はもう一度香穂子のお腹を優しく撫でてくれた。

 

 コンサートの後、吉羅とふたりでパーティに出る。

 出演者としての挨拶と、主催の財界側からの挨拶と、香穂子は忙しい。

 演奏については、とても嬉しい意見ばかりを貰い、香穂子は演奏者として幸せだと思った。

 こんなにも温かな演奏をすることが出来たのは、吉羅とお腹の中の子供のお陰だと思う。

 そばにいてくれているだけで、とても温かな気持ちになれるのだ。

 それはとても感謝すべきことだった。

 香穂子は温かな気持ちを抱きながら、本当に幸せな気分を味わう。

 これ以上に幸せな気分はないのではないかと、思った。

 一通り挨拶を終えたところで、コンサート会場でも挨拶をした美しい女性がやってきた。

 彼女もやはり財界側の人間だ。

「香穂子さん、本当に素晴らしい演奏とコンサートを有り難うごさいます」

「こちらこそ、素晴らしいコンサートに呼んで下さいまして、有り難うございました」

「いいえ。まさかヴァイオリニストの日野香穂子さんが、吉羅さんの奥様だとは思いもしませんでしたわ」

 女性は落ち着いた笑みを浮かべると、香穂子を真直ぐと見つめた。

「実は私は写真家なんです」

 女性は香穂子に名刺を差し出すと、とてもスマートにカメラをバッグから取り出した。

「日野さん、あなたと吉羅さんの写真を一枚、撮らせて頂けませんか?」

「暁彦さんは、構いませんか?」

「ああ。彼女は今回のチャリティーコンサートのオフィシャルフォトグラファーだからね」

「暁彦さんが大丈夫なら、大丈夫ですよ」

 香穂子は笑顔で言うと、女性は嬉しそうに頷いてくれた。

「では笑って下さいね」

 カメラマンの女性は、何度もシャッターを切っていく。

 流石はプロのカメラマンだと思うほどにシャープに写真を撮ってくれている。

「有り難うございます。お陰様で良い写真が撮れましたよ」

 女性は笑顔で言うと、ふたりの前から立ち去り、他の演奏者の写真を撮り始めた。

「どのような写真に仕上がったか見てみたいですね」

「そうだね」

 吉羅はフッと笑うと、香穂子に目線を送る。

「香穂子、子供たちの写真だが、彼女のスタジオに頼もうと思っている」

「子供たち?」

 香穂子は幸せな響きだと思いながら、微笑んで問い掛ける。

「そうなるだろう?」

「そうですね」

 本当にいつかそうなれば良いと思わずには、いられなかった。

 

 パーティはとても温かなものだった。

 香穂子は幸せな気分で、吉羅に寄り添う。

「素敵なコンサートとパーティでした」

「それは良かった」

 微笑んだところで、不意に悪阻が込み上げてくる。

「暁彦さん、ちょっと気分が悪いので、化粧室へと向かいます」

「大丈夫かね!?」

「悪阻なのでしかたがないです。じゃあ行ってきますね」

 香穂子は背中に冷や汗をかきながら、洗面所へと向かう。

 悪阻は何とか持ってくれたことに感謝していた。

 

 香穂子がようやく洗面所から出てくると、写真家と吉羅が仲良さそうに寄り添っていた。

 以前からのかなり親しい間柄のように見える。

 また気持ち悪さが込み上げてくる。

 香穂子は思わず口を覆った。

 ふたりが香穂子の姿に気付き、さっと離れる。

 そのまま近付けなくて、来た道を戻る。

 するとカメラマンが追いかけてきた。

「香穂子さん」

 何か言い訳をされるのだろうか。

 言い訳をされるのならば、香穂子は何もいらないと思った。

「余り走らないで。お腹の赤ちゃんに悪いわ」

 お腹の子供の教育に悪いようなことをしているのはどちらなのだろうか。

 気持ち悪くなり、香穂子は走れなくなった。

「香穂子さん、早トチりをしないで」

 柔らかい声で女性は言うと、カメラを差し出した。

 そこには沢山の香穂子が映っていた。



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