7
ここは夢の中の世界なのではないだろうか。そんなことを香穂子は思う。 何処を取っても本当に素晴らし過ぎる。 香穂子はお姫様にでもなった気分だった。 吉羅が待っているだろうから、香穂子は一階のテラスへと向かった。 既に吉羅はテラスで立って待ってくれていた。 テラスで待っている吉羅を見ると、本当に王子様なのではないかと、香穂子は思った。 昼下がりの陽射しがこんなにも似合うなんて思ってもみなかった。 「…吉羅さん、お待たせしました」 振り返った吉羅がまた絵になる。 香穂子はついにっこりと笑ってしまった。 香穂子がテラスに現れた時、吉羅は天使がやってきたのではないかと、一瞬、錯覚をしてしまった。 こんなにも綺麗な女性は他にはいないのではないかと思う。 つい見つめてしまう。 声を掛けられるまで気付かなかったぐらいだ。 「では昼食を取ろうか。本格的に始動をするのは明日からだから、今日はしっかりと英気を養いたまえ。明日からはかなりハードだからね」 「はい。有り難うございます」 「詳しいスケジュールは食事の後に伝えよう。君にはしっかりと働いて貰うからそのつもりで」 「はい。しっかりと頑張ります」 香穂子の頑張りますは、本当に力強い。そして世界一素晴らしいと思う。 それは夢中になっているが故なのだろうか。 吉羅はついそんなことを考える。 「このランチのサラダもパスタも、本当にとても美味しいですね!」 「ここは新鮮な魚介が豊富だからね」 「本当に! 何だか特別がいっぱいで嬉しいです」 吉羅にとっては香穂子はいつも“特別”だ。 だからこそとっておきの女性なのだ。 「しっかりと食べたまえ。食事の後少し休憩をしたまえ。打ち合わせは三時からここで行なう。その後は夕食前に少しだけスケジュールをこなして貰うよ。夕食の後は、ヴァイオリンを演奏する会場を見て貰うから。あ…結局は自由時間はあまりないね」 吉羅は苦笑したが、香穂子はそれでも構わないと思った。 滋味豊かなランチを取った後、香穂子は部屋に戻った。 本当にお姫様にでもなった気分だ。 シャワーを浴びてすっきりした後、香穂子はベッドで横になる。 とても気持ちが良くてついうとうととしてしまう。 本当に幸せな気分になりながら、香穂子はゆっくりと目を閉じた。 本当に幸せで夢を見ているかのようだ。 香穂子がいつの間にかうとうととまどろんでいた。 部屋をノックする音にハッとして、香穂子は目覚めた。 「日野君、打ち合わせを始めるからテラスに下りてきてくれたまえ」 「は、はいっ!」 吉羅の声に香穂子はベッドから飛び起きると、急いで部屋を出てテラスへと向かった。 テラスでは既に三時のスウィーツが用意されている。 とても美味しそうなムースケーキだ。 「美味しそうです」 「それを食べながら打ち合わせをする。これが君のスケジュールだ」 吉羅に渡されたスケジュール表を見て、香穂子は目を剥いてしまう。 前半の一週間は、予定がびっしりだった。 これでは息をする暇などない。 「エステ、マナーと立ち振る舞い研修、ヴァイオリン研修、そしてヨガ、バレエを元にしたワークアウト、更には内面の研修まで。君には休んでいる暇などないよ」 吉羅の言葉通りに、本当に盛り沢山過ぎてくらくらしてしまいそうになる。 だが、ここはしっかりとやらなければならない。 ステップアップするためには、欠かせないことばかりなのだから。 「精一杯頑張ってベストを尽くします」 「期待しているよ」 吉羅はさらりと言う。 香穂子は益々頑張らなければならないと、心の底から思った。 「ゆっくりとお茶をしたら、四時からホテル棟にあるこちらのサロンに訪ねてくれたまえ。ここからだと十分少しかかるからね」 「はい」 吉羅にサロンまでの地図が渡され、香穂子はそれを何度も見る。 「名前を言ってくれたら大丈夫なようにしてあるから、サロンの受付で名前を名乗ってくれたまえ」 「はい。分かりました」 吉羅はそれだけを言うと、軽く紅茶を飲んで立ち上がる。 「私は仕事に戻るが、君はゆっくりとしてくれたまえ」 「はい」 吉羅は直ぐに行ってしまう。 その巣が姿を見ていると、本当に綺麗だと思う。 誰かを守ることが出来るぐらいに広いのに、とても綺麗な背中。 うっとりと見つめてしまいたくなる。 あの背中に守られたい。 守られたら、どんなにか幸せなことだろうかと、香穂子は思う。 スケジュール表に視線を落とすと、確かに多忙かもしれないが、総て充実したスケジュールだ。 無駄なものなど何ひとつとしてなかった。 香穂子は逆にやり甲斐が出る。 美味しいデザートを食べたら、気合いを入れてスケジュールをこなそう。 これは自分自身のためだ。 決して吉羅暁彦のためなんかじゃない。 自分自身を高めるのに必要なことなのだ。 そのようなレッスンを受けさせてくれるなんて、吉羅には感謝するしかなかった。 夢のような空間で、夢のような時間を過ごすことが出来る。 これほどまでに幸せなことはないと、香穂子は思った。 香穂子はサロンに向かう。 サロンに向かうまでの道も、自然が豊かで、うっとりとしてしまうほどに美しい。 瑞々しい緑、色鮮やかな花、そして美しい光をたたえた海。 ここまで綺麗なリゾートホテルが日本にあるなんて、考えたこともなかった。 流石は吉羅だというところだろうか。 香穂子はのんびりとした気分に浸りながら散歩を楽しんでいたため、直ぐにサロンまでたどり着くことが出来た。 受付で名前を名乗ると、直ぐに奥に連れていかれる。 「フェイシャルと全身トリートメントを申しつかっております。後は軽くヘアエステを。これからは毎日、プログラムにそって綺麗にしてゆきますから」 「は、はい」 美容なんて、今までは全く興味がなかったから、香穂子はお任せするしかなかった。 サロンではまるでお姫様のような気分を味あわせて貰う。 余りにもの気持ち良さに、香穂子はついうっかり眠ってしまっていた。 「日野さん終了しましたよ」 「は、はいっ」 香穂子がびっくりして飛び起きると、サロンの女性はにっこりと笑う。 「髪を直しますから服を着たら、またこちらにお越し下さい。後、保湿まできちんとしてありますから、メイクはしないで下さいね。もったいないですから」 「はい」 服を着て、髪を直して貰った後、香穂子はサロンを出る。 そろそろ夕方だ。 振り返って海を見ると、泣きそうになるぐらいに美しい夕焼けが広がっている。 地平線がオレンジに染まり、空はオレンジから薄い紫に変化を遂げている。 見つめているだけで胸が締め付けられるほどに甘くて切ない色が見られる。 香穂子はただただじっと見つめていた。 綺麗な夕焼けを見つめながら、吉羅とふたりでこの風景が見られれば良いのにと、香穂子は思わずにはいられなかった。 吉羅の邸宅に戻ると、夕食のタイミングだった。 ダイニングに向かうと、吉羅もちょうどこちらへと来ていた。 「吉羅さん、戻りました」 「ああ。ご苦労様。明日からはもっとハードな時間が過ぎていくだろうから、しっかりやりなさい。頑張ることも良いがしっかりと休むことも大切だから、そのあたりのバランスは取って欲しい」 「はい、分かりました」 香穂子は気持ちを引き締めると、吉羅を真っ直ぐ見つめる。 明日からがいよいよ戦場に向かう。 |