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いつもよりも念入りに綺麗にし、息子もいつもよりもきちんとした格好をさせる。 朝からピリピリとしながら、香穂子は準備をしていた。 その様子に気付いているせいか、吉羅は香穂子を気遣ってくれていた。 それが香穂子には嬉しくてしょうがなかった。 「…大丈夫だ…。君と暁史には私が着いている。きちんと家族は守るから、心配しなくても大丈夫だ」 「有り難うございます」 香穂子は吉羅に笑顔を向ける。 「…あの時と同じように…、私はひとりではないですから、大丈夫ですね」 自分に言い聞かせるように香穂子は言う。 「そうだ…。君はひとりではない」 「はい」 暁史がいる。 そして吉羅も守ってくれるという。 それは嬉しい。 「有り難うございます…」 気が進まないのは確かだが、何時までも逃げてもいられない。 香穂子は元気はないとはいえ、きちんと返事をした。 「君を嫌な気持ちにはさせない」 「はい…。暁史にも嫌な気持ちにさせないようにお願いします…」 「ああ。解っている」 吉羅が手をギュッと握ってくれる。それが香穂子には何よりもの癒しになった。 車でいよいよ吉羅の実家に向かう。 香穂子は緊張する余りに、呼吸がし難くなる。 久し振りの再会。 それだけでもかなり緊張してしまった。 車が見慣れた吉羅家の見事な洋館に入る。 いつ見ても素晴らしい作り出す。 さすがは、古くから横浜にある家なだけはある。 吉羅は先に車を降りて、ドアを開けてくれる。 「どうぞ」 吉羅は誠実にエスコートをしてくれ、香穂子は暁史を抱いて外に出た。 暁史は未だ見たことがない麗しい屋敷を見て、歓声を上げている。 「うわあ! しゅごいよ!」 「ここは、お前のお祖父さんとお祖母さんの家だ」 「え? じーちゃの家はここじゃないよ」 暁史は不思議がっている。 当然だ。 今までは、香穂子の実家だけがそうだったのだから。 「…暁史。お前にはお祖父さんがふたり、お祖母さんがふたりいるんだ。ここはもうひとりのお祖父さんとお祖母さんの家だ」 吉羅は暁史に言い聞かせると、頭を撫でた。 外の騒ぎに気付いたのか、玄関のドアが開く。 「まあ! 香穂子ちゃん!」 吉羅の母親が笑顔で出て来た。 「お久し振りです…。お義母さん…」 「まあ、本当に会えて嬉しいわ! この子なのね? 暁彦の息子は。まあ、暁彦によく似ているわ…」 吉羅の母は、本当に嬉しそうに暁史を見つめてくれる。 吉羅と結婚する時も、した後も唯一味方をしてくれたひとだった。 暁史がお腹にいるのが解った時に、香穂子は義理の母には連絡をしようとしていたが、結局は、吉羅に 発覚することを恐れて、言えなかった。 母親に続いて、吉羅の父親が出て来る。 流石に少しだけ緊張してしまった。 「…久し振りだね」 「お久し振りです、お義父さん」 香穂子は些か緊張しながら、吉羅の父親に頭を下げた。 「さあさあ中に入りましょうか」 吉羅の母親に言われて、家に入る。 中に入ろうとして、香穂子はハッとした。 入口には、吉羅の叔父や伯母たちが澄した顔で出迎えた。 香穂子に離婚を迫った張本人たちだ。 流石に上手く笑って挨拶をすることが出来なかった。 「皆様、お久し振りです」 香穂子が頭を下げても、殆ど頭を下げずに、むしろ軽蔑をするようなまなざしを向けて来た。 リビングに向かう途中で、とても美しい女性がにっこりと笑って立っていた。 「今日は、妻の妹の娘を連れて来たんだよ。皆さんに紹介したくてね」 吉羅の叔父が言うのを聞きながら、香穂子は花嫁候補に連れてきたのだろうと、直ぐに解った。 香穂子が結婚している間も、いつもそうだったのだ。 「君は?」 「吉羅さん、いつもビジネスではお世話になっています」 「やっぱり」 女性は吉羅の知り合いだったらしく、ふたりは微笑みを交わしあう。 「さあ、ランチの準備でもしましょうか!」 「あ! 私も手伝いますわ」 女性はにっこりと笑いながら頷く。 香穂子がおろおろとしてどうしようかと悩んでいると、直ぐに小馬鹿にするような嫌味な視線が投げ掛けられる。 「…やはり気遣いが出来る女性が一番ですね」 そんな嫌味が聞こえ、香穂子もまた手伝いに行くことにした。 吉羅に暁史をそっと預ける。 「お願いします」 「ああ」 「孫の相手は私がしますよー」 吉羅の母親は、本当に嬉しそうにしている。 香穂子はその笑顔を見て、息子を連れてきたかいがあったと思った。 「…子供ひとり面倒を見られないとはね…」 ぼそりと嫌味が聞こえてきて、香穂子はこのまま暁史を連れて出て行きたいと思った。 香穂子はランチのセッティングの準備を手伝う。 女性は抜かりなく手早く準備をしている。 全く非の打ち所がないというのはこのことを言うのだろう。 「やっぱり気遣いが出来て、手早い女性が妻には理想よね。何時までも夫を放っておいたり、慰謝料や養育費目当てで戻って来るような女は、直ぐに別れてしまわなければね」 自分のことを揶揄されているような気分になりいたたまれない。 香穂子はここは我慢するしかないと思い、静かに聞き流した。 「…やはり良家にはそれにふさわしい妻が必要としますよね」 女も同調するように言う。 誰もいないから言うのだろう。 香穂子はただ堪えた。 ようやく準備が終わり、ホッとしたのも束の間、また敵たちは香穂子に聞こえるようにあることない嫌味を言う。 「あれだけ言ったのに別れていなかったのは、きっとわがままからね」 そんなことを言われる通りなんてない。 香穂子が顔色を変えていると、息子がそばに寄ってきた。 「…ママ…帰ろ…」 「あきちゃん…」 不穏な空気を察してか、暁史は香穂子の脚をギュッと抱きついてきた。 「あきちゃん、おんもに出ようか…?」 「あい…」 香穂子もまた窒息しそうな気分になり、外に出ることにする。 「…外に出て、びっくりするようなことがあるかもしれないわよ。後悔するかもしれないわね」 揶揄するように笑われて、香穂子はいたたまれなくなった。 暁史を見れば、不安そうな顔をしている。 香穂子は息子の手をギュッと握り締めた。 「あきちゃん、大丈夫だよ」 優しい声で息子を諭すように言うと、香穂子は溜め息を着くしかなかった。 暁史を連れて中庭に出ると、吉羅と先ほどの女性が意気投合をして話しているのが見える。 胸が絶望的に痛いのは、恐らくは吉羅が楽しそうにしているからだろう。 香穂子には見せない甘い表情を浮かべている。 香穂子は、やはり離れるべきだと思う。息子への影響が大きい。 親権はどんなことをしても取る。 香穂子は息子に視線を向けた。 ここからなら香穂子の実家も近い。歩いて帰ることが出来るだろう。 息子を連れて、また頑張れば良いから。 「あきちゃん…、帰ろうか。荷物取ってママと…」 「とーしゃんは…?」 「とーしゃんは一緒に帰らないんだよ…」 「しょっか…」 しょんぼりとしながらよちよちと歩く息子を気の毒に思いながら、香穂子は先ずはリビングに戻った。 「…まあ、ショックだったみたいね…」 嘲笑と共に、勝ち誇ったまなざしが向けられる。 やはり駄目だ。 吉羅の親戚とはもう逢いたくもない。 香穂子が、吉羅の母親に帰る旨を伝えようとした時だった。 腕を力強く取られて振り返る。 すると吉羅がいた。 |