*One More Chance*

13


 いつもよりも念入りに綺麗にし、息子もいつもよりもきちんとした格好をさせる。
 朝からピリピリとしながら、香穂子は準備をしていた。
 その様子に気付いているせいか、吉羅は香穂子を気遣ってくれていた。
 それが香穂子には嬉しくてしょうがなかった。
「…大丈夫だ…。君と暁史には私が着いている。きちんと家族は守るから、心配しなくても大丈夫だ」
「有り難うございます」
 香穂子は吉羅に笑顔を向ける。
「…あの時と同じように…、私はひとりではないですから、大丈夫ですね」
 自分に言い聞かせるように香穂子は言う。
「そうだ…。君はひとりではない」
「はい」
 暁史がいる。
 そして吉羅も守ってくれるという。
 それは嬉しい。
「有り難うございます…」
 気が進まないのは確かだが、何時までも逃げてもいられない。
 香穂子は元気はないとはいえ、きちんと返事をした。
「君を嫌な気持ちにはさせない」
「はい…。暁史にも嫌な気持ちにさせないようにお願いします…」
「ああ。解っている」
 吉羅が手をギュッと握ってくれる。それが香穂子には何よりもの癒しになった。

 車でいよいよ吉羅の実家に向かう。
 香穂子は緊張する余りに、呼吸がし難くなる。
 久し振りの再会。
 それだけでもかなり緊張してしまった。
 車が見慣れた吉羅家の見事な洋館に入る。
 いつ見ても素晴らしい作り出す。
 さすがは、古くから横浜にある家なだけはある。
 吉羅は先に車を降りて、ドアを開けてくれる。
「どうぞ」
 吉羅は誠実にエスコートをしてくれ、香穂子は暁史を抱いて外に出た。
 暁史は未だ見たことがない麗しい屋敷を見て、歓声を上げている。
「うわあ! しゅごいよ!」
「ここは、お前のお祖父さんとお祖母さんの家だ」
「え? じーちゃの家はここじゃないよ」
 暁史は不思議がっている。
 当然だ。
 今までは、香穂子の実家だけがそうだったのだから。
「…暁史。お前にはお祖父さんがふたり、お祖母さんがふたりいるんだ。ここはもうひとりのお祖父さんとお祖母さんの家だ」
 吉羅は暁史に言い聞かせると、頭を撫でた。
 外の騒ぎに気付いたのか、玄関のドアが開く。
「まあ! 香穂子ちゃん!」
 吉羅の母親が笑顔で出て来た。
「お久し振りです…。お義母さん…」
「まあ、本当に会えて嬉しいわ! この子なのね? 暁彦の息子は。まあ、暁彦によく似ているわ…」
 吉羅の母は、本当に嬉しそうに暁史を見つめてくれる。
 吉羅と結婚する時も、した後も唯一味方をしてくれたひとだった。
 暁史がお腹にいるのが解った時に、香穂子は義理の母には連絡をしようとしていたが、結局は、吉羅に  発覚することを恐れて、言えなかった。 
 母親に続いて、吉羅の父親が出て来る。
 流石に少しだけ緊張してしまった。
「…久し振りだね」
「お久し振りです、お義父さん」
 香穂子は些か緊張しながら、吉羅の父親に頭を下げた。
「さあさあ中に入りましょうか」
 吉羅の母親に言われて、家に入る。
 中に入ろうとして、香穂子はハッとした。
 入口には、吉羅の叔父や伯母たちが澄した顔で出迎えた。
 香穂子に離婚を迫った張本人たちだ。
 流石に上手く笑って挨拶をすることが出来なかった。
「皆様、お久し振りです」
 香穂子が頭を下げても、殆ど頭を下げずに、むしろ軽蔑をするようなまなざしを向けて来た。
 リビングに向かう途中で、とても美しい女性がにっこりと笑って立っていた。
「今日は、妻の妹の娘を連れて来たんだよ。皆さんに紹介したくてね」
 吉羅の叔父が言うのを聞きながら、香穂子は花嫁候補に連れてきたのだろうと、直ぐに解った。
 香穂子が結婚している間も、いつもそうだったのだ。
「君は?」
「吉羅さん、いつもビジネスではお世話になっています」
「やっぱり」
 女性は吉羅の知り合いだったらしく、ふたりは微笑みを交わしあう。
「さあ、ランチの準備でもしましょうか!」
「あ! 私も手伝いますわ」
 女性はにっこりと笑いながら頷く。
 香穂子がおろおろとしてどうしようかと悩んでいると、直ぐに小馬鹿にするような嫌味な視線が投げ掛けられる。
「…やはり気遣いが出来る女性が一番ですね」
 そんな嫌味が聞こえ、香穂子もまた手伝いに行くことにした。
 吉羅に暁史をそっと預ける。
「お願いします」
「ああ」
「孫の相手は私がしますよー」
 吉羅の母親は、本当に嬉しそうにしている。
 香穂子はその笑顔を見て、息子を連れてきたかいがあったと思った。
「…子供ひとり面倒を見られないとはね…」
 ぼそりと嫌味が聞こえてきて、香穂子はこのまま暁史を連れて出て行きたいと思った。
 香穂子はランチのセッティングの準備を手伝う。
 女性は抜かりなく手早く準備をしている。
 全く非の打ち所がないというのはこのことを言うのだろう。
「やっぱり気遣いが出来て、手早い女性が妻には理想よね。何時までも夫を放っておいたり、慰謝料や養育費目当てで戻って来るような女は、直ぐに別れてしまわなければね」
 自分のことを揶揄されているような気分になりいたたまれない。
 香穂子はここは我慢するしかないと思い、静かに聞き流した。
「…やはり良家にはそれにふさわしい妻が必要としますよね」
 女も同調するように言う。
 誰もいないから言うのだろう。
 香穂子はただ堪えた。
 ようやく準備が終わり、ホッとしたのも束の間、また敵たちは香穂子に聞こえるようにあることない嫌味を言う。
「あれだけ言ったのに別れていなかったのは、きっとわがままからね」
 そんなことを言われる通りなんてない。
 香穂子が顔色を変えていると、息子がそばに寄ってきた。
「…ママ…帰ろ…」
「あきちゃん…」
 不穏な空気を察してか、暁史は香穂子の脚をギュッと抱きついてきた。
「あきちゃん、おんもに出ようか…?」
「あい…」
 香穂子もまた窒息しそうな気分になり、外に出ることにする。
「…外に出て、びっくりするようなことがあるかもしれないわよ。後悔するかもしれないわね」
 揶揄するように笑われて、香穂子はいたたまれなくなった。
 暁史を見れば、不安そうな顔をしている。
 香穂子は息子の手をギュッと握り締めた。
「あきちゃん、大丈夫だよ」
 優しい声で息子を諭すように言うと、香穂子は溜め息を着くしかなかった。
 暁史を連れて中庭に出ると、吉羅と先ほどの女性が意気投合をして話しているのが見える。
 胸が絶望的に痛いのは、恐らくは吉羅が楽しそうにしているからだろう。
 香穂子には見せない甘い表情を浮かべている。
 香穂子は、やはり離れるべきだと思う。息子への影響が大きい。
 親権はどんなことをしても取る。
 香穂子は息子に視線を向けた。
 ここからなら香穂子の実家も近い。歩いて帰ることが出来るだろう。
 息子を連れて、また頑張れば良いから。
「あきちゃん…、帰ろうか。荷物取ってママと…」
「とーしゃんは…?」
「とーしゃんは一緒に帰らないんだよ…」
「しょっか…」
 しょんぼりとしながらよちよちと歩く息子を気の毒に思いながら、香穂子は先ずはリビングに戻った。
「…まあ、ショックだったみたいね…」
 嘲笑と共に、勝ち誇ったまなざしが向けられる。
 やはり駄目だ。
 吉羅の親戚とはもう逢いたくもない。
 香穂子が、吉羅の母親に帰る旨を伝えようとした時だった。
 腕を力強く取られて振り返る。
 すると吉羅がいた。



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