*One More Chance*

18


 吉羅とのふたりでの時間が、最近はとても大切だと思っている。
 以前よりもより絆が深まっているのではないかと、香穂子は思った。
 今夜も紅茶だけで、ふたりでのんびりとする。この時間が何よりもかけがえのない時間になる。
「香穂子、君に謝らなければならないね」
「え…?」
 吉羅がいきなり何を言うのかと、香穂子は目を見開いた。
「…君を不安にしていたのかと思ってね」
「不安に…」
 香穂子はそこまで言うと、深呼吸をする。
「…確かに不安です…。あなたが…また、別れたいっておっしゃると思って…。あなたにそう言われたら…私…、あきちゃんとふたりで生きていかなければならないと…、思っています…、親権のことも調べました…」
 吉羅は頷く。
「馬鹿な親戚がそんなことを吹き込んできた。だが、今は…君が不安だからじゃないかと、そう思える…」
 吉羅は綺麗で長い指を組むと、顎の下に置く。
 以前の吉羅とは全く違う。
 吉羅はフッと寂しそうに笑う。
「以前の私ではないよ…。もうね…。君に出ていかれたことは、かなりショックだった。自分から言ったのにもかかわらずね…。後悔ばかりしたよ…。君が正式な離婚を申し出て来ないことを幸いに思って、ずっと待っていた…。まさか…私の子供を産んでくれていたとは思わなかったけれどね…。だけど本当に嬉しかった…。もう二度と離せないと思っていたから、君と一緒にいるための努力をしようと思っている。だから、香穂子、君も私と一緒にいる努力をしてはくれないだろうか…」
 吉羅は、香穂子を真っ直ぐ見つめている。
 以前見せていた厳しくて鋭いまなざしは何処にもない。
 それは嬉しかった。
 だから正直に話さなければならないと思う。
 吉羅が精一杯の誠意を見せてくれたのだから。
 香穂子は吉羅を見る。こちらも素直な気持ちを言わなければならないと思った。
「…暁彦さん、私…、あなたのそばにずっといたかった…。本当は…親権の相談をした時も…切なかったんです…。だって…、…暁彦さんとあきちゃんと一緒に暮らすのが一番だったから…。だけど、暁彦さんが他に好きな女性がいるのであれば…、私は離れなければならないとか、あきちゃんとふたりでまた暮らしていかなければならないとか…、考えたから…」
 香穂子は涙目になってしまう。
「…暁彦さん…、…私…」
「君は…いつも私のことを考えてくれていたのにね…。私はそこのところを全く理解することが出来なかった…。済まないと思っているよ…」
「…暁彦さん…」
 吉羅は、香穂子を抱き寄せると、そのまま唇を重ねてきてくれた。
 甘いキス。
 同じベルガモットの味がした。
 キスの後、吉羅は、香穂子を抱き寄せる。
「香穂子、君を愛しているよ…。誰よりもね…。だからもう、離れないでくれ…」
「…はい…! もう離れません…。あなたを愛しているから…」
 吉羅は香穂子を抱き上げると、そのままベッドに運んでくれる。
 香穂子には最高に幸せな時間を味わうことが出来た。

 吉羅と愛し合った後、香穂子は幸せな気分で漂っていた。
「香穂子、私はやはり君しか抱けないみたいだ…。君を知ってしまえば、他の女性は必要としないことに気付いていなかったよ。以前はね…」
「…え?」
「自業自得とはいえ、君が行ってしまってから、私は随分と荒れてしまってね。他の女性と…デートをしたことはあったが…、いざという時に、先には進めなかった。君以外の女性はいらないと、直感したんだよ。…私には珍しいことなのかもしれないが…、君以外の女性を、結局は、近付けたくはなかった。君が素晴らしいことは、よく解っていたからね」
 吉羅はしみじみと言うと、香穂子のボディラインを撫でつける。
「…あ…」
「結局は…、きちんと浮気は出来なかったんだよ…」
「それは私にとっては、嬉しいです…」
 香穂子の言葉に、吉羅はフッと微笑むと、躰を再び重ねてきた。
 甘くて熱い時間を、ふたりは楽しむことにした。

 翌朝、香穂子は気持ち悪さで目が覚めた。
 本当に気持ちが悪くて、朝から寝てはいられない。
「どうしたのかね? 香穂子?」
「…気分が悪くて…」
「大丈夫かね…」
 吉羅は香穂子の顔を覗き込むと、あやすように抱き締めてきた。
「少し眠ったほうが良いのかもしれないね…」
「…そうですね…。ですがあきちゃんがもうすぐあきちゃんが起きますから…」
「君の体調のほうが大切だろう」
「はい、有り難うございます…。ですが、あきちゃんのお世話をしてあげたいので…。まだまだ小さいですからね」
「それはそうだが…」
 吉羅が心配なのは、あくまで香穂子なのだ。
「今日の朝ご飯は、中華風のたまご粥にしますね」
「ああ。有り難う」
「ですが起きる時間までは…ずっとこうしていて下さって良いですか…?」
「ああ。ずっとこうしていよう…」
「…有り難う…」
 吉羅は、香穂子に腕枕をすると、壊れ物を扱うように抱き締めてくれた。
 こうしてくれていると、本当にホッとする。
 香穂子は、吉羅にようやく総てを預けても良いと思った。

 朝食を作り、香穂子は愛するひとの世話をすることに、喜びを感じる。
 こうして穏やかな時間がいつまでも過ごせれば良いのにと、思わずにはいられなかった。
「香穂子、君は少し具合が悪いようだね。病院に行かなければならないね…」
「…念の為に行くことにします」
「ああ。私もそれが良いと思うよ」
「はい」
「着いて行こう。君が支度をするのを待っているから」
「有り難うございます」
 今まで、吉羅がこうして気遣ってくれたことなど、一度もなかったから、香穂子は驚いてしまった。
 香穂子の驚く表情を見て、吉羅は苦笑いを浮かべる。
「君がそう思うのは仕方がないかもしれないね…。以前の私は、君が愛してくれていることを、本当に当たり前だとしか思っていなかったからね。君は何をしても離れたいぐらいにしか思ってはいなかったから…」
「…そうだとは、思ってもいなかったです…。だけど、もう少しだけ一緒にいて欲しいと思っていました…」
 香穂子はしみじみと言うと、吉羅に笑顔を向けた。
「香穂子…これからは…こうして一緒にいよう…。君が求めていることは、まさにそれだったんだね…。私のそばにいたい…と…」
「まさに、そうです…。ずっと暁彦さんのそばにいたかったんです…。ただ、それだけでした…」
「香穂子…」
 吉羅はもう一度溜め息を吐くと、香穂子の背中を撫でてくれる。
 それが嬉しかった。
「ママー、とーしゃっ、あきちゃんもだっこちてっ!」
 息子がいることをすっかりと忘れてしまい、香穂子はくすりと笑ってしまった。
「解った。暁史」
 吉羅は息子を抱き上げると、そのまま高く掲げた。
 夢にまで見ていたことだ。
 ずっとずっと、息子が父親と一緒に、こうしていられたらと、思わずにはいられなかった。

 香穂子は気分が悪くなってしまい、そのまま洗面所へと駆け込む。
 直ぐに吉羅が着いて来た。
「大丈夫かね!?」
「まだ、少しだけ気持ちが悪いです…」
 香穂子は気分が悪いせいで、息が乱れてしまう。
「これは早急に病院に行かなければならないね」
「そうですね…」
 香穂子は吉羅に言いながらも、ひとつの事実が思い当たる。
 夫婦だから当然だろう。
 香穂子は、嬉しい方向が出来るかもしれないと思っていた。



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