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吉羅とのふたりでの時間が、最近はとても大切だと思っている。 以前よりもより絆が深まっているのではないかと、香穂子は思った。 今夜も紅茶だけで、ふたりでのんびりとする。この時間が何よりもかけがえのない時間になる。 「香穂子、君に謝らなければならないね」 「え…?」 吉羅がいきなり何を言うのかと、香穂子は目を見開いた。 「…君を不安にしていたのかと思ってね」 「不安に…」 香穂子はそこまで言うと、深呼吸をする。 「…確かに不安です…。あなたが…また、別れたいっておっしゃると思って…。あなたにそう言われたら…私…、あきちゃんとふたりで生きていかなければならないと…、思っています…、親権のことも調べました…」 吉羅は頷く。 「馬鹿な親戚がそんなことを吹き込んできた。だが、今は…君が不安だからじゃないかと、そう思える…」 吉羅は綺麗で長い指を組むと、顎の下に置く。 以前の吉羅とは全く違う。 吉羅はフッと寂しそうに笑う。 「以前の私ではないよ…。もうね…。君に出ていかれたことは、かなりショックだった。自分から言ったのにもかかわらずね…。後悔ばかりしたよ…。君が正式な離婚を申し出て来ないことを幸いに思って、ずっと待っていた…。まさか…私の子供を産んでくれていたとは思わなかったけれどね…。だけど本当に嬉しかった…。もう二度と離せないと思っていたから、君と一緒にいるための努力をしようと思っている。だから、香穂子、君も私と一緒にいる努力をしてはくれないだろうか…」 吉羅は、香穂子を真っ直ぐ見つめている。 以前見せていた厳しくて鋭いまなざしは何処にもない。 それは嬉しかった。 だから正直に話さなければならないと思う。 吉羅が精一杯の誠意を見せてくれたのだから。 香穂子は吉羅を見る。こちらも素直な気持ちを言わなければならないと思った。 「…暁彦さん、私…、あなたのそばにずっといたかった…。本当は…親権の相談をした時も…切なかったんです…。だって…、…暁彦さんとあきちゃんと一緒に暮らすのが一番だったから…。だけど、暁彦さんが他に好きな女性がいるのであれば…、私は離れなければならないとか、あきちゃんとふたりでまた暮らしていかなければならないとか…、考えたから…」 香穂子は涙目になってしまう。 「…暁彦さん…、…私…」 「君は…いつも私のことを考えてくれていたのにね…。私はそこのところを全く理解することが出来なかった…。済まないと思っているよ…」 「…暁彦さん…」 吉羅は、香穂子を抱き寄せると、そのまま唇を重ねてきてくれた。 甘いキス。 同じベルガモットの味がした。 キスの後、吉羅は、香穂子を抱き寄せる。 「香穂子、君を愛しているよ…。誰よりもね…。だからもう、離れないでくれ…」 「…はい…! もう離れません…。あなたを愛しているから…」 吉羅は香穂子を抱き上げると、そのままベッドに運んでくれる。 香穂子には最高に幸せな時間を味わうことが出来た。 吉羅と愛し合った後、香穂子は幸せな気分で漂っていた。 「香穂子、私はやはり君しか抱けないみたいだ…。君を知ってしまえば、他の女性は必要としないことに気付いていなかったよ。以前はね…」 「…え?」 「自業自得とはいえ、君が行ってしまってから、私は随分と荒れてしまってね。他の女性と…デートをしたことはあったが…、いざという時に、先には進めなかった。君以外の女性はいらないと、直感したんだよ。…私には珍しいことなのかもしれないが…、君以外の女性を、結局は、近付けたくはなかった。君が素晴らしいことは、よく解っていたからね」 吉羅はしみじみと言うと、香穂子のボディラインを撫でつける。 「…あ…」 「結局は…、きちんと浮気は出来なかったんだよ…」 「それは私にとっては、嬉しいです…」 香穂子の言葉に、吉羅はフッと微笑むと、躰を再び重ねてきた。 甘くて熱い時間を、ふたりは楽しむことにした。 翌朝、香穂子は気持ち悪さで目が覚めた。 本当に気持ちが悪くて、朝から寝てはいられない。 「どうしたのかね? 香穂子?」 「…気分が悪くて…」 「大丈夫かね…」 吉羅は香穂子の顔を覗き込むと、あやすように抱き締めてきた。 「少し眠ったほうが良いのかもしれないね…」 「…そうですね…。ですがあきちゃんがもうすぐあきちゃんが起きますから…」 「君の体調のほうが大切だろう」 「はい、有り難うございます…。ですが、あきちゃんのお世話をしてあげたいので…。まだまだ小さいですからね」 「それはそうだが…」 吉羅が心配なのは、あくまで香穂子なのだ。 「今日の朝ご飯は、中華風のたまご粥にしますね」 「ああ。有り難う」 「ですが起きる時間までは…ずっとこうしていて下さって良いですか…?」 「ああ。ずっとこうしていよう…」 「…有り難う…」 吉羅は、香穂子に腕枕をすると、壊れ物を扱うように抱き締めてくれた。 こうしてくれていると、本当にホッとする。 香穂子は、吉羅にようやく総てを預けても良いと思った。 朝食を作り、香穂子は愛するひとの世話をすることに、喜びを感じる。 こうして穏やかな時間がいつまでも過ごせれば良いのにと、思わずにはいられなかった。 「香穂子、君は少し具合が悪いようだね。病院に行かなければならないね…」 「…念の為に行くことにします」 「ああ。私もそれが良いと思うよ」 「はい」 「着いて行こう。君が支度をするのを待っているから」 「有り難うございます」 今まで、吉羅がこうして気遣ってくれたことなど、一度もなかったから、香穂子は驚いてしまった。 香穂子の驚く表情を見て、吉羅は苦笑いを浮かべる。 「君がそう思うのは仕方がないかもしれないね…。以前の私は、君が愛してくれていることを、本当に当たり前だとしか思っていなかったからね。君は何をしても離れたいぐらいにしか思ってはいなかったから…」 「…そうだとは、思ってもいなかったです…。だけど、もう少しだけ一緒にいて欲しいと思っていました…」 香穂子はしみじみと言うと、吉羅に笑顔を向けた。 「香穂子…これからは…こうして一緒にいよう…。君が求めていることは、まさにそれだったんだね…。私のそばにいたい…と…」 「まさに、そうです…。ずっと暁彦さんのそばにいたかったんです…。ただ、それだけでした…」 「香穂子…」 吉羅はもう一度溜め息を吐くと、香穂子の背中を撫でてくれる。 それが嬉しかった。 「ママー、とーしゃっ、あきちゃんもだっこちてっ!」 息子がいることをすっかりと忘れてしまい、香穂子はくすりと笑ってしまった。 「解った。暁史」 吉羅は息子を抱き上げると、そのまま高く掲げた。 夢にまで見ていたことだ。 ずっとずっと、息子が父親と一緒に、こうしていられたらと、思わずにはいられなかった。 香穂子は気分が悪くなってしまい、そのまま洗面所へと駆け込む。 直ぐに吉羅が着いて来た。 「大丈夫かね!?」 「まだ、少しだけ気持ちが悪いです…」 香穂子は気分が悪いせいで、息が乱れてしまう。 「これは早急に病院に行かなければならないね」 「そうですね…」 香穂子は吉羅に言いながらも、ひとつの事実が思い当たる。 夫婦だから当然だろう。 香穂子は、嬉しい方向が出来るかもしれないと思っていた。 |