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「レストランの予約までには時間があるからね。少しドライブをしようか?」 「はい!」 今だけは、香穂子に与えられた最高に素敵でロマンティックな幸せ時間だから、それを楽しもうと思う。 生きてきたなかで、最も幸せな瞬間なのではないかと、香穂子は感じていた。 車窓から、紫色の空を見上げると、とても幻想的で美しい。 明るいスカイブルーからオレンジに変わり、そしてほのかなパープルから、ディープブルーの柔らかな暗闇へと変わる様子は、自然が毎日魅せてくれる、最高のショーだ。 それを彩るために人間が作り出した人工的な明るい光が、宝石箱のように散りばめられる。 吉羅と一緒に素晴らしい夜景を見られるのは、最高だった。 一生、忘れない。 大好きな人と見た宝物のような夜景を。 香穂子は胸に、そして脳裏にしっかりと刻みつけた。 「こうして改めてドライブをすると、何だか幸せと嬉しさが同時にやってきたみたいで嬉しいです。吉羅さんと見る夜景は最高ですよ」 「香穂子」 吉羅が甘く落ち着きのある声で囁いてくれるのが、香穂子にはとても嬉しい。 ときめきで全身がいっぱいになり、とても幸せな気分になる。 「少し車を止めて夜景を見ようか?」 「はい」 吉羅は駐車違反にならないようにスマートに車を止めると、香穂子をエスコートして車から降ろしてくれる。 これほどまでに吉羅に丁寧に扱って貰ったことがなかったから、香穂子は緊張しながら、車から降り立った。吉羅は、こんなにも丁寧に女性を扱うことが出来ることも、香穂子は初めて知った。 香穂子が子供だから、妹のような存在だから、雑ではないが丁寧でもない扱いをしていたのだろう。 たった一回であったとしても、香穂子にとっては最上級の扱いをして貰えたことは、嬉しくてしょうがなかった。 車から降りて、夜景が見渡せる場所に立つ。 ロマンティック過ぎて、泣きそうになってしまう。 香穂子は胸がどうしようもないぐらいに、高まるのを感じた。 感動で胸がいっぱいになる。 それは息が出来ないぐらいだ。 「……吉羅さん、ありがとうございます。最高の夜景です。私、こんなにも綺麗な夜景を、今まで見たことがないです。吉羅さんの魔法にかかったみたいです」 香穂子は笑顔で感謝を込めて呟いたが、それはとても温かくて、泣きそうだったからいつものように明るい笑顔ではいられなかった。 「香穂子……」 いきなりで、驚くことが出来なかった。 吉羅が背後から香穂子の華奢な身体を包み込むように、抱き締めてきた。 大人の男性らしい、ムスクの香りがする。 ドキドキし過ぎて、おかしくなってしまいそうだ。 香穂子は胸が一杯で、息が出来ないぐらいに感極まった恋心が、全身にせりあがってくるのを感じた。 愛するひとに背後から離さないように抱き締められる。 泣きそうになるぐらいに幸せで、香穂子はこれ以上は何も言えなかった。 奇蹟のように幸せで嬉しい瞬間だった。 この奇蹟があれば、ずっと生きてゆけるとすら思ってしまう。 「……夜景はいかがかな、香穂子」 「最高に素敵です。ありがとうございました……」 香穂子は声が甘く震えているのを聞きながら、なんて幸せなのだろうかと、思わずにはいられなかった。 「……香穂子」 腕のなかでくるりと身体を回転させられたかと思うと、そのまま抱き寄せられる。 顔をふんわりと上げると、吉羅の顔が近づいてきた。 ドキドキする暇もないままで、唇がほんの一瞬、重なる。 ロマンティックで甘い瞬間。 深い情熱的なキスではなくて、あくまで、優しいロマンティックなキスだった。 それはまるで、映画のワンシーンにも見える。 今は生涯最高の映画に出ている女優よりも、幸せなのかもしれない。 触れるだけのキスだったから、唇に触れていたのは、ほんの僅だった。 だからか、香穂子は幸せな魔法にでもかけられたような気分だった。 唇が離れると、吉羅は香穂子の瞳を覗き込むように見つめてきた。 「レストランに行こうか」 「はい」 香穂子が夢見心地で返事をすると、吉羅は再び車へとエスコートしてくれた。 これがあらゆる意味での本物のデートなのだと、香穂子は思った。 心がこもったデートは、香穂子を、心地よく幸せにしてくれるものだと、思わずにはいられなかった。 車でレストランに向かっている最中、香穂子は吉羅ばかりを見ていた。 暗闇に浮かび上がる吉羅の端正な横顔は、ゆきをとっておきの幸せな気持ちにさせてくれた。 こんなにも満たされた甘い幸福は、吉羅以外からは受けとることが出来ないかもしれない。 吉羅だからこそ、香穂子を最高に幸せな気持ちにさせてくれるのだ。 きっとこんな気持ちにさせてくれるのは、吉羅だけだろう。 これから出逢う総ての男性からは、決して得ることが出来ない感情であることは、香穂子は充分に解っていた。 だからこの瞬間がとても大切であることは、香穂子が一番解っていた。 車は、外資系の高級ホテルの駐車場に入った。 ここには夜景が美しくて有名なレストランが、いくつかある。 吉羅にも何度か連れて行って貰ったことがある、思い出の場所だ。 吉羅は車から降りると、香穂子の手をしっかりと握り締めて、エスコートをしてくれた。 今までの綺麗で大人の女性には、いつも腕を組ませていた。 だが、香穂子は手を繋いでくれる。 手を繋がれるのは嫌じゃない。むしろ、腕を組むよりは好きだ。 恐らくは香穂子が子供だから、吉羅は手を繋いでくれたのだろう。 ここだけは子供扱いが嬉しかった。 レストランに入り、夜景が麗しく見渡せるベストポジションに案内される。 香穂子は、最高の舞台を準備してくれた吉羅に感謝をしながら、笑顔を向けた。 夜景が見える、二人並んで座れる席。 向かい合わせの席が、一番親密だと思っていたのに、実はこうして並ぶことが親密だったなんて知らなかった。 ロマンティックな発見がある最高のデートだった。 食事が終わると、吉羅はあっさりと立ち上がった。 手を結ばれたので、香穂子も立ち上がらなければならなくなった。 最後だから、余韻に浸りたかったのに、吉羅はそれは許してはくれなかった。 おしまい。 泣きそうだ。 香穂子は心が深く沈むのを感じながら、エレベーターに乗り込む。 吉羅が押したのは、フロント階だった。 「フロントに何か用なのですか?」 香穂子が何気なく尋ねると、吉羅は静かな情熱を宿した眼差しを向けてくる。 「香穂子、大人の愛が籠ったデートは、これでは終わらないよ……。私は、君を愛するつもりでここにきた」 吉羅の情熱的な眼差しに、香穂子は抵抗することは出来なかった。
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