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吉羅に抱き締められ、抱き締めながら、香穂子は緩やかに漂う。 「…香穂子…」 名前を呼ばれて、唇にキスを受ける。 こんなにも熱くてロマンティックな時間は他にないのではないかと思う。 吉羅とこうして熱を分けあっているだけで、嬉しかった。 「…お水を…」 「そうだね…。二人分の水を持って来よう」 吉羅はベッドからすり抜けると、キッチンへと向かった。 吉羅の美しい均整が取れた躰のシルエットを眺めながら、香穂子は上半身を起こす。 シーツに絡まった脚を立てて、膝を抱えた。 とうとう吉羅と一線を越えてしまった。 それはずっと望んできた事であるから、後悔はしていない。 香穂子は、膝に頭を乗せると、幸せな気怠さに笑みを浮かべた。 これからふたりの愛を貫くには、様々な困難が待ち受けているのは解っている。 それを上手く乗り越えるためにも、自分をしっかりと持たなければならないと香穂子は思う。 「ミネラルウォーターだ」 吉羅がミネラルウォーターのペットボトルを手渡してくれ、香穂子はそれを受け取る。 「有り難うございます…」 香穂子はにっこりと笑うと、ペットボトルの蓋を開けた。 吉羅もまた、香穂子の横に滑り込んでくる。 それがとても心地好い。 吉羅はペットボトルの水を煽るように一口飲んだ後で、情熱的に吉羅を抱き寄せてくる。 「…君を失いたくない…!」 吉羅は苦しげに言うと、香穂子の首筋に唇を寄せた。 「…吉羅さん…っ」 「辛い想いをさせてしまうかもしれないが…暫く、辛抱して待っていてくれないか…?」 「…吉羅さん…」 香穂子の華奢な躰を力一杯抱き締めてくれるのが嬉しくて、泣きそうになる。 吉羅と堂々と愛し合うためにも、どのようなことでも乗り越えてみせる。 自分にそう誓ったのだから、やり遂げる。 香穂子は、吉羅の手をそっと握り締めると、笑みを浮かべた。 「ふたりならきっと乗り越えていけると思います」 「…香穂子…」 吉羅は更に抱き締めてくると、香穂子の無防備な背中に唇を寄せてくる。 「…香穂子…好きだ…! 君を絶対に離したくない…!」 「…吉羅さん…っ!」 吉羅が与えてくれる快楽に、香穂子は緩やかに溺れていった。 何度愛し合ったかは解らない。 気怠い気持ち良さに、香穂子はぼんやりと漂っていた。 「…お腹空かないか? もう七時を回っているからね…」 「…そうですね…。少しだけお腹が空きました」 香穂子が落ち着いた笑みを浮かべると、吉羅は額にキスをしてベッドを出た。 「食事に行きたいのはやまやまなんだが、綺麗な君を誰にも見せたくはないからね。私が簡単な夕食を作るから食べて行かないか?」 「有り難うございます。私も手伝います」 香穂子は吉羅の言葉が嬉しくて、ふわりと微笑む。 「…有り難う。先にシャワーを浴びてくるから、君はゆっくりとしたまえ」 「有り難うございます」 吉羅がベッドから出ていくのを見送った後、香穂子は大きく深呼吸をする。 幸せでしょうがない。 こんなにも満ち足りていて良いのだろうかと思う。 吉羅のシャワーを浴びる音を聴きながら、香穂子はにんまりと微笑んでいた。 これから沢山の困難が待ち受けているだろう。だが、それを乗り越えられると思える程に幸せだ。 香穂子は必ず手放しの幸せを手に入れることが出来ると、信じていた。 吉羅がシャワーを浴びて、白いシャツとブラックのスラックス姿でやって来る。 くらくらしてしまう程に素敵だ。 「シャワーを浴びたまえ。その間に食事を作ろう」 「…有り難うございます。じゃあお言葉に甘えてシャワーを浴びてきますね」 「ああ」 香穂子は裸でそのままベッドから出るわけにはいかなくて、躰をシーツに巻き付けたままで、衣服を拾い上げる。 吉羅がシャワーを浴びている間に服を着ておけば良かったと後悔してしまう。下腹部が痺れてしまっている以上は、上手くいかなかったかもしれないが。 「…上手く歩けないのかね?」 吉羅は何処か嬉しそうに言い、香穂子を見る。 「何だか楽しんでいるみたいです…」 香穂子が恥ずかしくて目を伏せると、吉羅はフッと微笑む。 「…君にその痺れを与えたのは私だからね。当然だろう…? 嬉しくてしょうがないよ。君が私のものであるということを、宣言しているようなものだからね」 吉羅の言葉に、香穂子は真っ赤になって睨み付けてしまう。 「…吉羅さんのばか…」 「君に対してはばかになれるからね…。私は…」 「…吉羅さんのばか」 香穂子が駄目押しをするように言うと、吉羅は笑いながら華奢な躰を抱き上げてきた。 「き、吉羅さんっ!」 「私が君をバスルームに連れて行こう」 吉羅は軽々と抱き上げて、脱衣室まで連れていってくれる。 「パウダールームに、君の服を置いておこう」 「有り難うございます」 香穂子は真っ赤になりながら、僅かに睨み付けた。 「さあ、ゆっくりとシャワーを浴びたまえ」 「有り難うございます」 吉羅が行ってしまうと、香穂子は幸せな気分で微笑みながら、シャワーを浴びる。 バスルームの鏡に映る自分の姿に、香穂子はギョッとしてしまった。 沢山の所有の痕を刻まれており、紅い花が散っている。 吉羅のものであることを、思い知らされる。 香穂子は嬉しくて、何処か恥ずかしいような気がした。 「…吉羅さんのばか…」 小さく悪態を吐いたが、それはそれで嬉しかった。 シャワーを浴びて、ゆっくりとダイニングに向かうと、吉羅が手早く料理をしているのが見えた。 鮮やかな手際は、料理に手慣れているかのようだ。 吉羅は、外食ばかりで自宅では余り食べないのだと、勝手に思い込んでいたが、そうではなかったようだ。 「よく料理をされるんですか?」 香穂子が声を掛けると、吉羅は口角を上げるように笑った。 「学生時代はこれでも自炊だったんだよ。君は意外だと思うかもしれないがね。仕事をするようになってからも、栄養のバランスを考えて、作れる時には作っている。たまにだがね」 吉羅は、ポテトとスモークサーモンを、粒マスタードマヨネーズであえたものを素早く作っている。 そして、パスタソースもスタンバイしていた。 梅をベースにした和風のパスタソースだ。 「何か手伝いましょうか?」 「君は座っておいてくれたまえ。ヴァイオリニストさんの指先を怪我なんてさせられないからね」 「有り難うございます。だけど次はさせて下さいね。私も割に料理は好きです。ただし、洒落たものは作れないんですけれどね」 香穂子が舌をペロリと出すと、吉羅は柔らかく微笑んでくれた。 「では、今度、楽しみにしているから」 「有り難うございます」 香穂子は対面キッチンの前に腰を下ろして、吉羅の華麗なる料理術を観察する。 本当に上手いと思ってしまう。 「さて出来た。男がやる料理だから繊細ではないところは赦してくれ。じゃあ、ダイニングテーブルに料理を並べてくれないかね」 「はい」 香穂子は小さな二人分のダイニングテーブルに料理を並べる。 吉羅と向かい合って食事が出来るのがとても嬉しかった。 「さあ、食べようか」 吉羅に頷くと、香穂子は席に着いた。 吉羅が作ってくれた和風パスタも、ポテトサラダも驚く程美味しくて、びっくりしてしまう。 「美味しいですね」 香穂子が幸せな気分になりながら言うと、不意に吉羅は手を握ってくる。 「香穂子、ここで一緒に住む気はないかね?」 吉羅の言葉に、香穂子は息を呑んだ。 |