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翌朝、香穂子はいつもとは違う気分で、満たされているのを感じた。 吉羅を満ち足りた愛情で包み込みたい。 まだ愛している。 それどころか、以前よりも愛しいと思ってしまっている。 本当にこれ以上愛せる男性はいないのではないかと、香穂子は思わずにはいられなかった。 吉羅への愛情を素直に認める事で、香穂子自身、心がふわふわと軽くなるのを感じる。 もう半歩踏み出せた気分だ。 愛を認めるというのは、こんなにも心地が良いものだとは思いもしなかった。 香穂子は、愛するふたりのために、朝食を作る。 こんなにも嬉しい朝は、今までなかったのではないかと思った。 食事を作っていると、吉羅がカジュアルなスタイルでダイニングに現われる。 今日は土曜日だから仕事は完全にオフだ。休みを満喫しようと思っているのだろう。 スーツ姿の吉羅も素敵だと思うが、こうしたラフなスタイルも素敵だと思わずにはいられなかった。 「おはよう」 「おはようございます」 はにかんだ笑みを素直に向けると、吉羅は不意に抱き寄せて軽くキスをしてくれる。 拒む理由なんてなにもない。 むしろ甘いスキンシップが欲しいぐらいだ。 吉羅への気持ちに素直になるのが、こんなにも心地が良いものだとは、香穂子自身、思ってもみなかった。 もっと早く素直になっていれば良かったとすら、思ってしまう。 「…今日は、暁愛を連れてパンケーキを食べに行かないか? あの子もきっと喜ぶと思うよ」 「…はい。暁愛と一緒にお出かけをしたいです」 「じゃあ朝食を食べたら支度をしよう。あの子はまだ寝ているのかね?」 「寝ていますから、起こしに行きますね」 「いや。私が行こう」 吉羅は静かに言うと、暁愛が眠る部屋に向かう。 本当にこの場所は、何もかもが理想的になる場所だ。 究極に夢見ていた現実がここにあるのだから。 香穂子が朝食の支度に勤しんでいると、楽しそうに笑う暁愛の声が聞こえてくる。 本当に可愛い声で癒されてしまう。 食事の支度が一通り済んだところで、吉羅と息子が姿を現した。 「ママ! おはよっ!」 「おはよう、あきちゃん」 吉羅とふたりで笑顔を見せながらやってくる姿は、光り輝いて見える。 三人で食卓を囲むのが何よりも嬉しくて、香穂子は幸せな光に包まれた気分になった。 車に乗り込み、パンケーキを食べるためだけに海方向に車を走らせる。 「暁愛、海を見に行くよ。その後、パンケーキを食べに行こうか」 「あいっ!」 「だからさっきバケツとスコップを持っていたのね。じゃあみんなで遊ぼうね」 息子は、香穂子と吉羅を交互に見つめながら、力強く頷いた。 本当に素直に明るく育ってくれている。 何も心配をさせないように、こうして両親揃って一緒に暮らすのが良いのかもしれない。 それが暁愛にはベストな方法だ。 「三人で沢山遊んで、パンケーキをしっかりと食べて…、後は…、そうだね…、みんなで夕食を食べに行こうか。寿司とか良いね」 「しゅし?」 「お魚さん」 香穂子が柔らかく説明してやると、息子は嬉しそうに頷いてくれた。 車は先ずは海岸近くの駐車場に停められ、そこから海岸に向かう。 最近は散歩ばかりだったから、久し振りの自然や土との触れ合いだ。 暁愛は海岸を見るなり、走っていく。 吉羅がそれを追いかけ、香穂子がそれに続いた。 「ママ! くっく脱ぐっ!」 「そうだね。くっく脱ごうか」 「うん!」 息子の靴を脱がせた後、香穂子は自分の靴を脱ぐ。 振り返ると、吉羅も自分の靴を脱いでいるのが見えた。 まさかあの吉羅暁彦が、海岸で靴を脱ぐなんて思いもよらないことだった。 「…吉羅さん…」 「私もこの子と一緒に遊びたくてね」 吉羅にニコリと微笑まれて、香穂子も同じように微笑んだ。 暁愛を真ん中にして三人で手を繋いで歩いていく。 こんなにも温かで幸せなことは他にないのではないかと思う。 三人が深い絆で繋がっていることを、しみじみ感じた。 暁愛は頑張ってよちよちと歩いていたが、直ぐに歩くのがおぼつかなくなる。 まだ小さいせいか、砂浜のような場所で歩くのは慣れていないのだ。 「ママ、抱っこ」 「抱っこしようね」 香穂子が手を広げようとすると、吉羅が手を広げてくれる。 「私が抱っこをしよう」 吉羅は静かに息子を抱き上げると、優しい笑みを浮かべる。 「ちらしゃん、高い!」 「ママよりもうんと背が高いんだもの。吉羅さんは」 香穂子が微笑むと、息子はにこにこと笑ってはしゃいでいる。 香穂子は三人分の靴を持ってふたりに寄り添っていた。 穏やかな気候のなかで三人で散歩をするのは、なんて素晴らしいのだろうかと思う。 「気持ちが良いですね」 「そうだね」 ただ歩くだけ。 なのに強い絆を感じる。 香穂子はいつまでも三人でこうしていたいと思わずにはいられなかった。 湘南で評判のパンケーキの店に、家族で入る。オーストラリア仕込みのとびきりのパンケーキが食べられると評判の店だ。 「絵本と同じぐらいに美味しいパンケーキが食べられるかもしれないよ」 「あいっ!」 暁愛は本当に嬉しそうに笑うと、香穂子にフォークを指差す。 「食べたいのね?」 香穂子は暁愛に綺麗に切ってやり食べさせる。 「美味しい?」 「おいちい!」 今度は吉羅にねだるものだから、吉羅も同じようにパンケーキを与える。 両親から貰ったパンケーキを、暁愛は本当に美味しそうに食べる。 その顔が可愛くて可愛くてしょうがなかった。 ふたりして目を細めてしまう。 「暁愛は本当に可愛いと思うよ。彼は将来かなりのハンサムになると思うがね」 「私もそう思っています。だけど私たちは親バカですね。お互いに自分の子どもが一番だと思っているんですから」 香穂子はごく自然に無意識に言ったが、吉羅は幸せそうに微笑んだ。 「…君が私を暁愛の父親だと認めてくれたのは、初めてだね…」 「…吉羅さん…」 心の中ではとうの昔に、吉羅が父親であることは認めていた。 妊娠を知った時からかもしれない。 「…君はずっと私を暁愛の父親だと認めてくれていたのではないかね?」 本当のことを言われても、香穂子は上手く答えられない。だが、吉羅が香穂子を小首を傾げて見つめた瞬間、素直になりたくなった。 「勿論…、あなたが父親であることはずっと認めていました…。あきちゃんがお腹の中にいる時から…」 「香穂子…」 吉羅は眩しさと嬉しさを滲ませた笑みを浮かべると、テーブルの下で香穂子の手を軽く握り締めてくれた。 「…吉羅さん…」 「こうしていると、傍から見ても私たちは理想的な家族に見えると思うがね」 究極の家族。 香穂子にとっては愛する吉羅と暁愛が揃う事に他ならない。 「ママ! ケーキっ!」 「はい、はい」 香穂子は吉羅から手を離すと、息子にパンケーキを与え、自分も誤魔化すように食べる。 「本当に、ここのパンケーキは美味しい」 香穂子の照れ隠しに、吉羅が笑ったのは言うまでもない。 寿司店で寿司をつまんで、充実した時間を過ごした後、三人は帰路に着く。 暁愛はすっかり夢の中にいた。 「このような休日をずっと過ごしたいものだね。これからはずっと息子の成長を見逃さずに見ていきたいんだよ」 「吉羅さん…」 車が長い信号の前で停まる。 隙を見て、力強く抱き締められた。 |