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「…吉羅さん…」 間も無く信号は青に変わる。 吉羅は信号が青になる直前に、車を発進させた。 「香穂子、暁愛が寝たら、ふたりでゆっくりとしないか?」 「…そうですね…」 ふたりでゆっくりとする。 今夜は、プラトニックなままでいる自信がない程に、香穂子のこころは激しく吉羅に傾いている。 このままでは本当に求めてしまう。 吉羅が求めてくれている以上に、自分が求めているのではないかと、香穂子は思わずにはいられなかった。 マンションに帰ると、ようやく暁愛は起きたが、眠り眼のままで吉羅にお風呂に入れて貰ったものの、その後はベッドに運ばれ沈むように眠ってしまった。 余程楽しかったのだろう。 寝顔すらも機嫌良く笑っていたのだから。 香穂子が入浴を終えて、暁愛に挨拶をしに行くと、本当に素直に眠っているのが解った。 「本当に世界で一番可愛い寝顔です」 香穂子がうっとりと言うと、吉羅は苦笑いを浮かべた。 「私もそう思うが、私たちは本当に親バカだね」 「そうですね」 香穂子がくすりと笑うと、吉羅はそっと抱き寄せてくる。 「有り難う…。こんなにもかけがえのないものは他にないよ…」 「…吉羅さん…」 香穂子が吉羅を見つめると、更に強く抱き締められた。 「…少しふたりでゆっくりしないかね…」 「…有り難うございます」 ふたりは名残惜しげに暁愛の寝顔を見た後、リビングへと向かった。 今夜も飲み物を持ってふたりでベランダに出る。 昨夜のこともあり、香穂子はペットボトルのミネラルウォーターを持参する。 吉羅も同じだ。 夜風に髪を乱す吉羅はとても艶やかで、香穂子は見つめているだけでうっとりとした気分になる。 「今日は本当に有り難うございました。私もあきちゃんもとても楽しい時間を過ごす事が出来ました。有り難うございます」 「…こちらこそ。私もしっかりと楽しませて貰ったよ。どうも有り難う」 吉羅の柔らかな夜のような声に、香穂子は頬を赤らめる。 「私たちが本物の家族であることを、改めて感じた」 吉羅は香穂子を見つめると、抱き寄せる。 もう抱き寄せられても、抵抗したくはない。 素直になりたい。 かつて吉羅を全身全霊で愛した頃のように。 「香穂子…まだ、出て行く等と考えているんじゃないだろうね…?」 「だけど、いつまでもご迷惑を掛けるわけにはいかないとは思っていますが…」 だがもう少しだけでもそばにいたいと想うこころが強く滲んでいる。 「…何処にも行くな。行かなくて良いんだ…。私は、君がいなくなって、激しく後悔したんだ…。探しても見つからなくて、自分が悪い筈なのに、君を恨んでしまった事もある…」 吉羅は苦しげに表情を歪めると、香穂子を強く抱き締めた。 同じ石鹸の香りがするのに、何処か胸が騒ぐ。 香穂子は吉羅に抱き締められながら、涙が滲んでくるのを感じた。 「…香穂子…。母子寮なんかに入居するな。私は君達親子を正式な家族にする」 「有り難う…」 泣きたいぐらいに嬉しい。 素直になって、吉羅の胸に飛び込みたい。 だが、最後の心の壁が、なかなかそうさせてはくれない。 「香穂子…。君達を幸せにしたい…。いや、力ずくでもそうしたいとすら思っている…」 吉羅は香穂子の頬に唇を寄せると、そのままキスの雨を降らせてくる。 「…君達が欲しい…。…いや、私は君がどうしても欲しいんだ…」 これほどまで吉羅に求められているなんて、思ってもみなかった。 「…吉羅さん…、私…」 素直になるのならば今しかない。 香穂子は吉羅を抱き締めると、ただ自分のこころを滲ませた。 吉羅は香穂子の頬を両手で包み込むと、そのまま唇を近付けてくる。 甘い瞬間に期待をするように、香穂子は背伸びをした。 何度も軽く唇を重ねた後、深く唇を重ね合う。 深い角度に口づけられて、躰が蕩けてしまうほどに熱くなった。 ロマンティックで夢のような瞬間だ。 ずっと夢見ていた。 こんなにも甘い瞬間は他にない。 何度もキスを交わしても交わしたりない。 月にも星にも見守られて、愛の炎を燃やす。 吉羅が不意に香穂子の瞳を覗きこんだ。 「…君が欲しい…」 魔法のような悪魔のような言葉。 ついこの間までなら、きっと拒んでいたことだろう。 だが今夜は違う。 たったひとつの恋のために、素直になりたかった。 恋。いやそれ以上の愛を感じているのは間違なかった。 香穂子は返事をする代わりに、吉羅に華奢な躰を寄せる。 それだけで、吉羅は同意と汲んでくれた。 抱き上げられて、吉羅が使っている部屋に運ばれる。 もうこの情熱を止めたくはなかった。 ベッドに寝かされて、ラフなパジャマのボタンを丁寧に外される。 このようなことは久し振り過ぎて、香穂子は緊張の余りに躰をかたくした。 「緊張している…?」 「少しだけ…。だって…こんなことをするのは…、あなたのそばを立ち去ってから一度もなかったから…。久し 振り過ぎて、何だか初めてみたいな気分です…」 「…香穂子…」 吉羅は所有欲を滲ませたまなざしを送ってくると、香穂子を強く抱き締めた。 「…君の肌は私しか知らないんだね? 何だかとても嬉しく想うよ…」 「吉羅さん…」 香穂子は吉羅以外に男は知らない。 吉羅に総てを教わってきたのだから。 離れていた時間を埋めるように、吉羅は香穂子を抱きすくめてくる。 お互いに熱を共有した後、吉羅は香穂子のパジャマを脱がしに掛かった。 パジャマが脱がされて、胸を晒されると、思わず隠してしまう。 「…隠さないでくれ…。君は…、以前よりもずっと美しくなっているね…」 「…吉羅さん…」 「本当に綺麗だ…」 吉羅は、魅入られるように香穂子の裸身を見つめる。 恥ずかしくて泣きそうになっていると、吉羅は香穂子の頬を撫で付けた。 「君は本当に綺麗だ」 「以前は…おっしゃって下さらなかったですよね…」 「…素直になれなかったんだよ…。だが今は、素直になれると思っているよ…」 吉羅はフッと微笑むと、香穂子を愛しげに抱き寄せた。 「あの時も、君を美しいと思っていた…。君以上に綺麗な女性はいないんじゃないかと想うほどにね…」 「…吉羅さん…」 「君は間も無く“吉羅さん”になるんだ…。だからそろそろ呼び名を変えて貰って構わないかね? 以前と同じように呼んで欲しいんだ…。君には…」 「…暁彦さん…」 香穂子が愛を込めてその名前を呟くと、吉羅は本当に嬉しそうに微笑んでくれる。 それが何よりも嬉しい。 「君を大切に思っているよ。君を愛している」 「暁彦さん…。私もあなたを愛しています。離れてからもずっとあなただけを愛していました…」 「香穂子…!」 吉羅は感きわまるような声で名前を呼んでくれると、激しく唇を重ねてくる。 今までとは違った熱い荒々しさに、香穂子は息が出来ない。 それでも激しくキスをして欲しかった。 熱い愛を共有したかった。 唇がぷっくりと官能的に腫れ上がるまでキスを交わした後で、ふたりは熱いまなざしで見つめ合う。 違う種類の熱が瞳に滲んで潤む。 かつて以上に今のほうが燃え盛っている。 お互いにかけがえのない大切な存在であることに、気付いたからだろう。 「…暁彦さん…っ」 愛しいひとの名前を呼ぶだけで、切ない程に甘い感情が広がる。 吉羅に首筋からデコルテにかけてキスをされ、香穂子は狂う程に幸せだった。 |