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星奏学院高校と大学の精鋭によるアンサンブル演奏が終わると、そこにいる誰もが惜しみ無く拍手を送っている。 ステージに立つ香穂子たちは本当に嬉しそうで、清々しい笑みを浮かべていた。 とても爽やかな笑顔だ。 演奏が終わり香穂子たちはステージから静かに去った。 「吉羅さんご自慢の生徒さんたちね。とても素晴らしいですわ」 「有り難う」 吉羅は静かに呟くと、薄く微笑む。 彼等を、いや、香穂子を褒めてくれたのが、嬉しくてしょうがなかった。 直ぐに香穂子に声を掛けて、労を労ってやりたい。 だが皮肉にも、横にいる女が嬉しそうに腕を組もうとしてきた。 「吉羅さん、まだ、ご挨拶は終えていらっしゃらないでしょう? お付き合い致しますわ。私もまだですから」 女は美しさを台無しにするような浅ましい笑みを浮かべる。 それが吉羅には気に入らなかった。 離れようとしたが、不意に香穂子がアンサンブル仲間の土浦と楽しそうに話し込んでいる姿が目に入る。 やはり近付かないほうが良い。 どす黒い感情が、吉羅のこころを支配し、イライラさせる。 こんな感情は捨て去ってしまいたい。 要らない。 吉羅は、イライラする自分に更にイライラしながら、香穂子に背を向けた。 演奏の時、こちらを見守るように見つめていてくれたのが、何よりも嬉しかった。 だが演奏が終わった途端に、とても美しい女性と一緒に何処かへ行ってしまった。 あくまで学院の生徒の出来をチェックするために、あんなにも熱心に聴いていたのだろう。 あの吉羅のことだから、それぐらいしか考え付かない。 香穂子は、一方的にときめきながら演奏をしていた自分が、何だか滑稽に思えてきた。 こんなことは道化師以下のお笑いだ。 香穂子は唇を噛み締めると、どうしようもないほどに痛くて黒い想いを抱き締めていた。 ステージから下りてしまえば、さほどやることはない。 だが帰ることが出来ない。 ここは船上だから、きちんとターミナルに到着するまでは、逃げ出すことなんて出来ないのだ。 本当に辛い。これぞ孤島といっても良かった。 「立食パーティですから、皆様もたっぷりと召し上がって下さいね。この後は良い音楽を聴いて、羽根を伸ばしてね」 主催側のスタッフが言ってくれたので、ここからは自由行動だ。 そうなると香穂子は益々吉羅のことを気にしてしまう。 つい、視線で探してしまうのだ。 香穂子は視線だけを吉羅に止どめながら、耳だけ演奏に夢中になっていた。 美味しい食事を楽しみながら、アンサンブルに特にヴァイオリンに聞き入る。 自分達も随分と褒めては貰えたが、やはり流石はプロだ。 爽やかなのに深みのある音を出している。 香穂子はそれを噛み締めるように聴いていた。 演奏が進み、人々の挨拶も一通り終わると、誰もが音楽に合わせてダンスを踊り始めた。 クルージング用の豪華な船でダンスをするなんてとてもロマンティックだ。 こんなにも素敵だ。 だがそんな夢見るような気持ちも、吉羅が美しい女性とダンスを踊り始めているのを目撃してしまい、沈んでいくのを感じた。 吉羅には、相応しい美しさを持った家柄の良い知的な女性がすんなりと似合う。 その姿を見ているだけで、切ない痛みがこころをじわじわと浸蝕しているのを感じていた。 「日野、ダンスを踊ってみないか? 生の演奏で踊れるなんて、なかなかないだろうからな」 「…そうだね…」 笑いながらも、視線はつい吉羅を向いている。 可愛らしいダンス音楽が流れ始めて、土浦は香穂子に手を差し延べた。 「折角来たんだから踊ろうぜ?」 「そうだね」 いつまで待っていても、吉羅は踊ってはくれないだろう。 あんなにも美しいパートナーがいるのだから。 香穂子は暗い気分になりながら、自分に言い聞かせるように、吉羅に大切なひとがいるのは当たり前のことだと思った。 音楽がオーストリアの古典的なフォークミュージックに代わり、踊り易くなる。 これなら楽しみながら踊ることが出来る。 香穂子は、土浦と一緒に軽快なダンスを楽しんだ。 踊っていると本当に楽しくて、笑顔がこぼれ落ちる。何もかもを忘れられるような気がした。 視線で香穂子の姿を探したが、人々に埋もれて見つからなかった。 挨拶といった儀礼的な話を終えた後、吉羅は仕方がなく女と踊ることにする。 これも儀礼的なものだ。 何の意味も持たない。 シックなクラシック音楽で踊った後、吉羅はまた香穂子を探す。 早く、演奏を褒めてやりたかった。 早くその笑顔を見たかった。 オーストリアの明るいフォークミュージックが流れ始める。 伝統的なフォークダンス音楽だ。 それに耳を傾けながら、吉羅は不意に胸を突かれるシーンに出くわした。 香穂子が、土浦と一緒に楽しそうにダンスをしている姿が映る。 本当に楽しそうで、笑顔が絶えない。 吉羅は躰の奥深いところから、限界に近いどす黒い感情が湧き上がってくるのを感じていた。 香穂子は本当に楽しそうに魅力的に笑っている。 こんなにも無邪気で愛らしい笑顔は他にない。 このような笑顔を香穂子にさせられる土浦が、何処か羨ましく、恨めしかった。 今までは誰かを羨ましいなんて思うことはなかったというのに。 やはり香穂子に恋をしているのはかなり本気なのだろう。 こうして、香穂子が他の男に笑いかけているのを見るだけで、胸がキリキリと痛いのだから。 「…吉羅さん、私たちも踊りませんか?」 隣にいた女が微笑みながら提案してきた。 それはとても魅力的な提案ではあるが、ある意味痛い。 見せつける為に踊るようなものだからだ。 「軽快なフォークダンスは、私たちには向かないのではないかね?」 「そうですね。だけどワンターンだけでもいかがですか?」 女の提案に、吉羅は溜め息を吐くと頷いた。 「解った。踊ろうか」 「はい」 フォークダンスの輪に加わると、一瞬、香穂子と目が合った。 微笑んでくれたがそれは直ぐに切ない表情に変わる。 もし、切なく思ってくれているならば、こんなにも嬉しいことはない。 吉羅は香穂子にこころを奪われながら、そのままダンスに参加する。 ワンターンだけだ。 上の空で見よう見まねで踊った後、吉羅は直ぐにダンスから抜けて、香穂子に向かって歩き出した。 香穂子もまた驚いたようにこちらを見ている。 だがその瞳は今にも泣きそうなぐらいに潤んで輝いている。 本当に美しいと思った。 吉羅が静かに目の前に立つと、香穂子はこっそりと微笑んでくれた。 「土浦君、日野君を少し借りて良いかね?」 吉羅は威嚇するようなまなざしを土浦に向けながら、穏やかなビジネスライクな声でわざと呟いた。 土浦は、不機嫌そうな瞳になったが、暫くして頷いてくれる。 「解りました」 吉羅はにっこりと何処か勝ち誇った笑みを土浦に向けていた。 「さあ、このフォークダンスを私に教えてはくれないかね?」 吉羅の甘くて柔らかな声がこころにうっとりと下りてくる。 幸せな響きに、香穂子は切なさを吹き飛ばして微笑んだ。 「勿論、喜んで」 吉羅がいつもよりもかなり甘い笑みをくれたものだから、香穂子もまたうっとりとした笑みを浮かべてしまう。 吉羅にスマートに手を差し延べられて、香穂子はそれを手に取る。 まるでお姫様にでもなった気分だ。 こんなにも幸せな瞬間はなかった。 |