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今度は吉羅と一緒に、フォークダンスの輪に加わる。 「私をリードしてくれると、嬉しいのだがね」 「それはこちらの台詞です」 香穂子は笑いながら吉羅としっかりと手を合わせる。 想像以上に大きくて、優しく温かな吉羅の手のひらの感触に、香穂子は甘い疼きを感じた。 鼓動がクラシカルなダンスには似合わないぐらいに激しくなる。 自分でも苦笑いしてしまうほどだ。 手のひらに総ての感覚が集まっているかのようなときめきと快楽を感じて、香穂子は甘い目眩を感じた。 一緒にダンスをしていると、嬉しいのに何だか緊張してしまう。 はにかんだ笑みしか出来ない。 耳朶まで熱くなってしまい、どうして良いか解らない程に甘い息苦しさを感じていた。 「あ、あの、これ以上、ステップは分からなくて…」 香穂子が声を震わせて言うと、吉羅はフッと見守るような笑みになる。 「この後は、シックなダンスだ。ステップが分からなくても大丈夫だ」 「…はい」 音楽は緩やかに変調をし、優雅なダンス音楽へと変わる。 「さあ、一緒に踊ろうか」 「…はい。お願いします…」 香穂子が微笑むと、吉羅はそっと抱き寄せるほどに近付いてくる。 ダンスだから近付くのは解っている。 だがときめきが激しくて、香穂子は心臓がいくつあっても足りないと思ってしまう。 だが華やいだ気持ちは、決して不快じゃない。 まるで蝶にでもなったような気分で、吉羅の腕のなかを漂っていられた。 吉羅は香穂子を間近に置きながら、このまま離したくない衝動に駆られる。 このままこのパーティが終わっても、腕の中に閉じ込めておきたかった。 「わ! みなとみらいが見えますよ! あんなに夜景は綺麗なんですね! 海から見ると本当にロマンティックです…」 香穂子は華やいだ夜景を見つめながら、吉羅に笑いかける。 その笑顔の愛らしさに、このままさらってしまいたくなった。 自分は怪人二十面相でも何でもないが、魔法をかけるように香穂子をさらいたくなる。 それほど今日の香穂子は魅力的だった。 香穂子は本当に幸せそうな笑みをくれる。 先ほど土浦に投げ掛けていた笑みとは違う、愛らしい笑顔だ。 吉羅は香穂子に魅了されながら、誰にも邪魔をされないように踊り続けた。 「…日野君、今日の演奏は悪くなかった」 「有り難うございます。楽しんで頂けたのなら、こんなにも嬉しいことはないです」 「ああ。楽しませて貰ったよ。ご褒美は何が良いかね、お嬢さん。また一緒に食事に行こうか。君の好きなものを言ってくれたら、それを準備しよう」 吉羅が香穂子を優しく見つめる。 香穂子ははにかんだような嬉しそうな笑顔を浮かべると、吉羅に頷いた。 「有り難うございます。理事長とならどこでも良いです。だけどご褒美はもう頂いています。こうして一緒にダンスをして下さっていますから。それだけで、私は嬉しいんですよ」 「日野君…」 香穂子の素直で無邪気な言葉に、吉羅は離したくなくなる衝動を抑えることが出来なくなる。 「こうしてラストダンスのパートナーに選んで下さったことが、何よりも嬉しいです」 「…日野君…」 この感情を、押え付けることはもう出来ない。 吉羅は、もう少しだけ香穂子をそばに置きたくて、更に躰を寄せた。 「…日野君、パーティの後、少しドライブをしないかね? 夜景をもう少し堪能しないか?」 吉羅は内心緊張しながら、香穂子には落ち着いたふりをして呟いた。 「嬉しいです! 私も夜景が見たいです」 「じゃあ船を降りたら行こうか。家には責任を持って送り届ける」 「有り難うございます」 香穂子が本当に嬉しそうに見上げるものだから、吉羅もまた嬉しくてしょうがなかった。 ラストダンスが終わり、船が岸壁に接岸する。 夢のようなクルージングパーティだった。 だが夢は終わらない。 これから更に素晴らしい夢が待っているのだ。 吉羅とふたりでドライブデートが出来るなんて、思ってもいなかった。 下船する時、吉羅はさり気なく香穂子の手を繋いでエスコートしてくれる。 なんてうっとりとしてしまう程に素敵な好意なのだろうか。 「有り難うございます」 「君は躓きそうだからね。予防措置を取ったまでだよ」 吉羅の言葉はとてもクールなのに、その手はとても熱い。 ときめき以上のものがこころに降ってくるのが解った。 吉羅にエスコートをされて船を降りた後、手を繋いだままで駐車場へと向かう。 「海からの風が気持ち良いね」 「はい。こうして理事長と手を繋いで歩いていると、とても心地が好いです」 香穂子は浮かれる余りに本当のことを言ってしまいハッ息を呑む。 吉羅にこの恋心があからさまに知られてしまう。 今までも既に気付いていたかもしれないが、それでも迂闊さに恥ずかしくてたまらなくなる。 呆れられてこのまま手を放されてしまうのではないだろうか。 恋をしているが故に、些細なことを気にしてしまう。 だが、吉羅は更に手を握り締めてきた。 先ほどよりも強くて逞しい力に、香穂子は幸せを感じてしまう。 「…私も、君とこうしてふたりきりで夜風にあたることを、悪くないと思っているよ…。先ほど、船でダンスをしていた時よりも、こうしてふたりきりで歩いていることが嬉しい」 これは月夜の魔法なのだろうか。 いつもならばこんな甘い言葉を吉羅から聞くことはないのに。 幸せで飛び上がってしまいそうだ。 そこからはふたりは何も話さず、ただ手を握り締め合って歩いていく。 直ぐに吉羅の車の前まで来て、香穂子は少しだけがっかりした。 もう少しだけで良いから、ふたりで並んで歩きたかった。 「車に乗りたまえ」 「有り難うございます」 吉羅に助手席のドアを開けて貰い、香穂子はそっと車に乗り込んだ。 「みなとみらいをゆっくりと走ろう。夜景も見事だろうからね」 「有り難うございます」 香穂子が礼を言うと、吉羅はただ頷いてくれる。 だが、手を放されてしまい少しだけがっかりした。 もっと吉羅と手を繋いでいたかった。 車が出て直ぐに香穂子は溜め息を漏らした。 「どうしたのかね?」 吉羅の心配する声が嬉しくて、香穂子は素直に吉羅を見る。 「理事長ともっと手を繋いでいたかった…なんて…、私…かなりのわがままですね」 香穂子が苦笑いを浮かべて言うと、吉羅の表情が少しだけ不機嫌そうになる。 その表情を見せつけられると、香穂子は何も言えなくなってしまった。 やはり不快なのだろうか。 このまま束の間のデートは惨めなままに終わってしまうのだろうか。 それを考えるだけで泣きそうになった。 吉羅は黙り込んだままだ。 やはり図に乗り過ぎて話し過ぎたかもしれないと後悔していた時だった。 不意に車が止まったかと思うと、次の瞬間には、息が出来なくなる。 吉羅に抱きすくめられる。 ただ力強い抱擁だけではなく、次の瞬間、吉羅の顔が近付いてくるのが解った。 準備なんて何も出来てはい。 香穂子がドキドキしてどうしようもない間に、吉羅の唇が近付いてきた。 唇をしっとりと包み込むかのようにキスをされる。 夢見ていたキスが、今こうして現実になる。 それが嬉しくてしょうがなくて、香穂子はこころを震わせた。 最初は触れるだけのキス。 一瞬、唇が離れたが、再び唇が重ねられる。 深みのある、本当の意味でのロマンティックなキスだった。 |