*レディになるまでに〜愛の告白〜*

2


 呼吸が出来なくなるぐらいの強さで吉羅に抱きすくめられて、香穂子は何も出来なくなる。
ときめく余りに鼓動が激しくなり、どうして良いかが解らない。
「…暁彦さん…」
 吉羅は少しだけ抱擁を緩めて香穂子を官能的なまなざしで見つめると、唇を近付けてきた。
 いつものような紳士的なキスではなくて、噛み付くような荒々しいキスが下りてくる。
 香穂子は思わず息を呑んだ。
 香穂子に自分の総てを刻み付けるように、吉羅は深い角度で口付けてきた。
 口腔内をくまなく舌先で愛撫をしながら、香穂子に自分の熱を刻み付けていった。
 唇が腫れ上がるのではないかと思うぐらいに吸い上げられて、口角を甘く噛まれる。
 恐らく立っていたらこのまま崩れ落ちてしまっただろう。
 それほどまでに激しいキスだった。
 吉羅のキスに溺れながら、香穂子は甘く艶やかな罠へと墜落していく。
 嫌じゃない。
 むしろ女としては、もっと激しく求めて欲しかった。
 いつしか吉羅を抱き寄せるように背中に手を伸ばす。
 すると吉羅のキスは更に激しさを増していった。
 流石に酸素不足になってしまい、唇が離される。
 吉羅は意味深に香穂子を熱い瞳で見つめた。
「子どもと思っていたら、こんなキスはしないよ…」
 吉羅は甘く深みのある艶声で囁くと、香穂子の耳を甘く咬む。
 背中が甘く震えて、香穂子は息がおかしくなった。
「…暁彦さん…」
「…行こうか。夜景が楽しめるレストランがある」
「はい、有り難うございます」
 吉羅のキスの余韻でまだ息が弾む。
 吉羅はいつものようにクールな表情に戻り、ステアリングを握ったが、香穂子はとてもでないが元に戻ることが出来なかった。
 吉羅の横顔をじっと見ていると、信号待ちの際には手をギュッと握られる。
 離さないと言われているような気がして、嬉しかった。
「香穂子、君は桐也とはよく話をしたりするのかね?」
「ヴァイオリンのこととかを相談します。頼りになりますから」
「…そうか」
 吉羅は感情なく答えた後、再び運転に集中する。
 香穂子は離れた手がとても寂しかった。

 吉羅が連れていってくれたのは高級ホテルのスカイレストラン。
 とても見晴らしが良くて、夜景が本当に美しい。
 綺麗過ぎて本当にうっとりとしてしまう。
 食事も美味しくて笑顔になる。
 本当は吉羅と一緒ならば、どのような食事でも美味しいのだが。
「美味しいです。とても幸せです」
「それは良かった…。香穂子」
 吉羅は少し真面目腐ったようなまなざしを向けてくる。
「はい?」
「桐也にヴァイオリンのことを色々と訊いているようだが…、桐也にヴァイオリンの手解きをしたのは私だ」
「そうなんですか…」
「彼が本当に小さな頃にね…。…だから、言いなさい。ヴァイオリンのことも私に…。君を見てあげることは出来るだろうから」
 吉羅はほんのりと瞳の周りを紅くすると、香穂子を見つめてきた。
 ひょっとするとほんのりと嫉妬してくれたのかもしれない。
 それならばこんなに嬉しいことはない。
「…暁彦さん、これからは…、ヴァイオリンのこともきちんとご相談します。宜しくお願いしますね」
 香穂子が柔らかなリズムで呟くと、吉羅はフッと微笑んでくれた。
 食事をしていると、不意に美しい女性がこちらにやってくる。
 大人の雰囲気が羨ましい。
「吉羅さん、こんばんは」
 女性は甘い声で挨拶をしてくれると、香穂子にも余裕を持った笑みを浮かべてきた。
 悔しいほどに艶がある、本当に綺麗なひと。
 香穂子は胸が苦しくなるのを感じた。
「…こんばんは」
 吉羅は素っ気無く言うと、女性に少しだけ視線を向けた。
「また、パーティでご一緒しましょう。それではまた」
 香穂子をもう一度値踏みをするかのように見つめると、女性は静かに行ってしまった。
 きっと香穂子が子どもだったから安心したのだろう。それがあからさま過ぎて、香穂子は気分が悪かった。
 誰もが吉羅に相応しいと認めるような女性になりたい。
 それには大人の女になるしかない。
「…私…、誰もが認めるような大人の女性になりたいです。どうしたらなれるのかなって…、思います…」
 どうしたら吉羅を完璧に引き寄せられる女になれるのだろうか。
 香穂子は愁いを帯びた気分になった。
「…大人の女性に…ね。君には相当な覚悟がいると思うがね…」
 吉羅は何処か冷静な声で言うと、香穂子を見た。
「日野さんじゃないか…」
 艶のある声にハッとすると、そこには柚木が立っていた。
 吉羅と一緒にいるところを見られては拙いのではないかと思ったが、とうの吉羅は全く隠し立てはしなかった。
「こんばんは、柚木先輩」
「理事長と一緒だとは思わなかったよ…。また、逢えるのを楽しみにしているよ。今度はカフェではなく、食事でもしよう。理事長、失礼します」
 一瞬、柚木のまなざしから冷たい炎が噴き出してくるのを感じる。
 もちろん、吉羅のまなざしからもだ。
 ふたりの瞳を見ているだけで、香穂子は恐ろしくなった。
「また、柚木君」
 吉羅は柚木を牽制する鋭いまなざしを向けた後、硬くて冷徹な声で呟いた。
 吉羅は苦々しく重い感情が激しく涌き上がってくるのを感じる。
 香穂子は自分のものだ。誰が何を言おうとも。
 涌き上がる嫉妬心と独占欲に、吉羅は息が詰まりそうになった。
 もう限界だ。
 香穂子が欲しい。
 一度手にしてしまえば、二度と手放したくなくなるのは解っている。
 それでも香穂子が欲しかった。

 柚木が行ってしまうと、吉羅は香穂子の手を強く握り締めてきた。
「…君はどうしてそんなにも無邪気で無防備なのかね!?」
 吉羅は怒りを滲ませるように言うと、香穂子を鋭い視線で見据える。
「…無防備なんかじゃありません…」
 香穂子が困惑ぎみに答えると、吉羅は首を横に振った。
「そんなことはない。君は充分男を狂わせている」
「…そんなことはありません…」
 本当に男を狂わせている意味が解らなかった。
「…君は何も解っていない…」
 吉羅は苦々しく呟くと、香穂子の手を握り締めてきた。
「…君は…大人の女性になりたいと言っていたが…、私がそれを手助けすると言ったら、やるかね…?」
 吉羅の言葉は官能的な香りに満ちていて、香穂子は思わず空気を飲み込んでしまう。
「…はい…」
 香穂子が静かに答えると、吉羅を見つめ返した。
 自分が何を言っているのかぐらい、香穂子には充分に解っている。
 だが、吉羅と良い関係になり釣り合いをとるようになるには、大人の女性になるしかないのだ。
 そして香穂子を大人の女性にしてくれるのは、吉羅だけだ。
「…香穂子…、だったら今夜の君の時間は私が貰う。君に着いて来る勇気はあるかね?」
「…はい…」
 香穂子が素直に言うと、吉羅はしっかりと手を握り締めてくれる。
 その力強さが嬉しくてしょうがなかった。
「…君がもう…、私以外の男に目をいかせないようにもしなければならないね」
 吉羅は静かに言うと、一旦立ち上がる。
「少し、待ってくれていたまえ」
 吉羅は携帯を片手に手早く話しているようだ。何かを手配しているように見えた。
 吉羅の姿を見つめながら、緊張の余りに、鼓動がかなり激しくなっている。
 ほどなくして吉羅が帰ってきた。
「お待たせしたね」
 吉羅は何事もなかったかのように席に着くと、運ばれてきたデザートを口にした。
 デザートを食べていると、紳士的な雰囲気をたたえた男がテーブルにやってきて、吉羅にカードのようなものを手渡した。
「有り難う」
 それがカードキーであることは、直ぐに解った。
 香穂子はデザートを食べながら、緊張が激しくなってくるのを感じた。
 吉羅のものでずっといたい。
 それがかなり難しいことは、香穂子は感じていた。

 食事を終えると、吉羅は香穂子の手を引いて、レストランの入口に向かう。
 これからいよいよ吉羅と一緒に行く。
 吉羅の手で大人にして貰うのだ。
 香穂子のこころは甘い緊張で満たされていた。



Back Top Next