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| 軽井沢に着いて、吉羅が先ず連れていってくれたのは、オーガニックレストラン。 香穂子も行ってみたいと思っていたところだったので、素直に嬉しかった。 「吉羅さん私も行ってみたかったので、凄く嬉しいです! 有り難うございます。ずっと行ってみたいと思っていたところなんです」 「私も行ってみたかったから、ちょうど良かった」 彼の友人たちはオーガニックなレストランよりも、おしゃれでもう少し値段が可愛いレストランが良いと言っていたが、香穂子はここが良かった。 吉羅の選択に感謝しながら、香穂子は笑顔で軽く頭を下げた。 本当に嬉しい。 こんなにも嬉しいことはないと、香穂子は思った。 レストランに入り、のんびりと涼みながら食事をするのが、とても嬉しい。 吉羅とならばこんなにもときめいて、こんなにもロマンティックで楽しくいられるのに、彼が相手だとこうは感じられない。 解っている。 自分には過ぎた相手であることを。 解っている。 吉羅には女として見て貰えていないということも。 だが、香穂子にとっては、やはり誰よりも愛しくて素晴らしいひとなのだ。 他のひとと付き合って忘れられるようなひとではない。 恋せずにはいられないひとだ。 だが、遠くてしょうがない男性でもある。 香穂子にとっては、最も近くにいながら、最も遠いひとなのだ。 年齢の違い。 経験の違い。 それらが見えない壁となって香穂子に立ちはだかる。 いっそ身近な男の子と付き合えば楽になると思っていたのに、そうではなかった。 吉羅が理想過ぎる男であることを確認したに過ぎない。 いつもの自信に満ちあふれる態度も、時折見せる何処か少年のような弱さと可愛らしさも、総てが愛しい。 香穂子は、吉羅の様子をじっと見つめる。 益々好きにならずにはいられなかった。 吉羅は楽しそうに屈託なく笑う香穂子を見つめながら、改めて大人びたと思う。 時折ハッするように艶やかで、このまま抱いてしまいたくなる。 愛らしさと凜とした強さ。 柔らかくしなやかなように見えて、芯は強いのだと改めて感じた。 夏の陽射しを受けて幸せそうに笑う姿は、このまま抱き締めて奪い去ってしまいたくなる。 誰にも渡したくはなかった。 香穂子と知り合ってから、特別な存在であると認識してからも、踏み込んだ付き合いをしたことは今まではなかった。 香穂子との関係性がそうさせていたのかもしれない。 ひとときの保護欲だと思うようにして、他の女とも付き合ってはみたが、かえって香穂子が愛すべき存在であるということを確認したにすぎなかった。 誰も香穂子のように無邪気に笑うことが出来なかった。 誰も香穂子のように百面相で笑わせて和ませてはくれなかった。 誰も香穂子のように感情に素直ではなかった。 吉羅は、他の女と付き合えば付き合うほどに、香穂子が、自分にとっては唯一無二の存在であることを知らしめられた。 香穂子が愛しい。 もう嘘は吐けない。 吉羅は抱き締めて閉じ込めて、自分だけのものにしたい衝動に駆られた。 「吉羅さん、食べないんですか?」 「ああ。食べるよ」 「とっても美味しいですよ! 太陽の味がたっぷりとするんです」 「太陽の味…ね。そうだねとても美味しそうだね」 「食べましょ食べましょ」 香穂子の笑顔を見て、吉羅の決意は揺るぎないものになる。 香穂子を奪う。 こころごと総てを。 香穂子を幸せにして、いつまでも笑顔でいさせてみせる。 香穂子のこころを貰う。 吉羅はそう覚悟を決めると、食事の続きをした。 食事を済ませて、のんびりと香穂子が行きたがっていたメイン通りを歩く。 「自然も綺麗ですから、日帰りなんて勿体ないですよね」 「そうだね」 香穂子は何の考えもなしに誘惑なんて思いもつかずに、無邪気に言っているのだろう。 ゆっくりと長く滞在したい。 吉羅も本当にそう思う。 「日野君、またゆっくり来よう。そうしてのんびりすれば良い」 「そうですね」 香穂子はくすりと笑うと、本当に楽しそうな表情をした。 「あ! ソフトクリームですよ!」 「君は本当にソフトクリームが好きだね。あまり食べ過ぎると、お腹を壊してしまうよ」 「だって別腹だから大丈夫ですよ。やっぱりソフトクリームは美味しいですもの。ここのはあっさりさっぱりローカロリーですから、健康を気にする吉羅さんにはぴったりじゃないですか?」 「ったく、君はしょうがないね」 まるで小さな子どものような香穂子の主張に、吉羅は苦笑いを浮かべる。 だがそれはとても愛しい感情だ。 「じゃあ私もたまには買ってみるかな」 「たまには食べてみるものですよ。本当に美味しいですから」 ふたりでアイスクリームスタンドに並び、購入する。 吉羅はヨーグルトフレイバー、香穂子はやはりバニラだ。 「美味しそう! いただきます」 アイスクリームを舐めながら笑っている香穂子を見ていると、幸せでしょうがない。 本当に可愛い。 「吉羅さんもアイス食べないと、溶けてしまいますよ?」 「そうだね。食べるとしようか」 「はい」 吉羅がアイスを食べる様子を香穂子は嬉しそうに見ている。 「美味しそうですね。ヨーグルトも」 「少し食べるかね?」 吉羅が差し出すと、香穂子はほんのりと頬を赤らめて頷く。 アイスクリームを食べる仕草を見ていると、官能的でキスを連想させた。 「ご馳走さまです。美味しかったです」 「それは良かった」 ふたりは微笑みあい、肩を並べて歩いていく。 ふと香穂子が何もないところで転びそうになり、吉羅は素早く腕で支えた。 「…吉羅さん…」 「相変わらず足元が危ういね、君は」 吉羅はほんのりと甘い緊張をしながら、香穂子の手をしっかりと繋ぐ。 最初は戸惑いを見せていた香穂子だったが、初々しく吉羅の手を握り返してくる。 その仕草が嬉しかった。 歩いてメイン通りを楽しんだ後で、香穂子が一番行きたがっていた教会へと向かう。 明治時代の木造教会でとてもロマンティックな雰囲気だ。 「…吉羅さん、有り難うございます。ここの中とステンドグラスの様子を見たかったんです」 「…それは良かった」 香穂子はうっとりと教会を眺めている。 その瞳はとても神聖で美しかった。 思わず見惚れてしまう。 香穂子のためならどんなことでも出来るような気がしていた。 じっとステンドグラスを見つめていた香穂子の視線が、吉羅を捕らえる。 「…吉羅さん…?」 「あの宣誓台まで行ってみないか?」 「はい。見え方が変わるかもしれませんね」 吉羅はフッと微笑むと、ごく自然に香穂子の手を取る。 神に宣言するのだ。 香穂子の総てを自分のものにすることを。 どのような困難が待ち受けていても関係ない。 香穂子が自分のものになるならば、どのようなことも乗り越えることが出来る。 ふたりで宣誓台に立つと、とても引き締まった気分になる。 吉羅は手を繋いだままで、香穂子を見つめた。 夕暮れの陽射しが、ステンドグラスからプリズムになってノスタルジーな光になって降り注ぐ。 愛を誓うにはとてもおあつらえ向きな光だ。 香穂子の横顔が照らされて、とても美しかった。 吉羅は香穂子の頬を両手で包み込むと、眩しさの余りに目をスッと細める。 腰を屈めて顔をゆっくりと近付けると、甘い唇に自分のそれを重ね合わせた。 |