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ずっと吉羅の隣で、皿を片手に料理をガツガツ食べる。 本当に料理はかなり美味しくて、香穂子は皿のなかの料理を平らげていった。 隣にいる吉羅は全く普段通りで、それどころかいつも以上に素っ気無い。 いつもご馳走してくれる時には、気持ち良さそうに香穂子の食べっぷりを見てくれているというのに、今日はみっともないとばかりに見ているではないか。 その上、香穂子の食べっぷりを何処か軽蔑するように見ている。 いたたまれない。 こんなに沢山の軽蔑されたような視線を向けられると、全く食べる気が起こらなくなった。 急に食べるのを止めてしまった香穂子を、吉羅は心配そうに見つめてくる。 「どうかしたのかね?」 「何でもないです」 香穂子がわざと強がるように言うと、吉羅は眉を上げた。 「そのようには見えないけれどね」 「…だけど大丈夫なんです」 吉羅を見れば、こちらが切なくなってくる。きっと見透かされてしまうから、香穂子はわざと見ないように俯いた。 痛くてしょうがなくて、香穂子は喉がおかしくなってしまいそうだ。 「…まあ、私に話したくなければ仕方がないけれどね」 吉羅はいつもと同じように相変わらず冷たい声で言うと、香穂子をちらりと見た。 「吉羅さん」 吉羅の名前を呼ぶ声に、香穂子はハッとして顔を上げる。 綺麗なひとだ。女優にしてもおかしくない、本当に美しいひとだ。 香穂子は女性を見るだけで、どんどん卑屈になってしまう自分が、嫌で嫌でしょうがなかった。 「吉羅さん、お久し振りです。良ければ少しお話ししたいことがあるのですけれど…」 チラリと香穂子が邪魔だとばかりに見てくる女の視線が悔しくて、唇を噛んだ。 きっと値踏みされている。 吉羅にはふさわしくないのだと。 確かに自分よりは、目の前にいる女性のほうが、ずっと吉羅に似合っているのだから。当然だと言われれば、当然なのかもしれない。 香穂子はどんどん惨めな気分になっていくのを感じながら、泣きそうな気分になっていた。 「わ、私、席を外しますね」 香穂子がうわづった声で言い、立ち上がろうとすると、不意に吉羅に腕を掴まれた。 「…良いんだ。君はここにいて」 吉羅は香穂子を咎めるように言うと、女を見た。 香穂子は、吉羅がてっきり女性と何処かに行くのだろうと思っていた。 「申し訳ないが、今日はこの女性と一緒でね。話す時間はないんだ」 吉羅の言葉に香穂子は驚いてその横顔を見る。表情はいつもと同じようにクールなものだ。 「そう。では、また…」 女は香穂子を思い切り睨み付けると、不機嫌さを隠そうともせずに立ち去る。 「よ、良かったんですか?」 「構わない。彼女は私にとって、何のメリットも生まない人間だ。だから、構わない」 吉羅の冷徹な声に、香穂子はほんの少しだけ彼女を気の毒に思った。きっと彼女も、香穂子と同じように吉羅のことを思っているのだろうから。 「今日は君をそばからは離さないし、先ほどのように何処かに行かせない。トラブルになったら面倒だからね」 「…はい」 ただそれだけなのだ。 吉羅が香穂子をそばにおくのは。 喜びよりも切なさが込み上げて来て、また、上手く呼吸が出来なくなっていた。 「いつものように安心して食事を取れば良い。君は何も気にせずに、ただ私の横にいればいい。今日頼みたいことはそれだくだからだ」 吉羅のビジネス的な言葉に、香穂子はとうとう拗ねてしまう。眉間に皺を刻んでしまう始末だ。 「…誰かを飾りにされるのなら…、先ほどの女性と一緒に来られたら良かったじゃないですか」 香穂子は小さな子供のように頬を膨らませると、吉羅から顔を背けた。 「私は無駄なことはしたくないんだよ。特にリスクのあることはね」 「…世渡り上手そうですものね」 香穂子が嫌味っぽく言うと、吉羅は何処か楽しんでいるかのように笑う。 「ま、楽しめるリスクに関してなら、私は敢えておかすかもしれないがね」 吉羅は艶やかなまなざしを、何処か意味ありげに香穂子に投げ掛けてくる。 余りにも綺麗で官能的な瞳だったから、香穂子の心臓は甘く跳ね上がった。 「…おかしたいリスクって…何ですか…?」 「さあね。まだ秘密だよ」 吉羅には珍しく、角の取れた笑みを浮かべると、香穂子の頬を僅かに撫で付けた。 躰に痺れるような快楽が一瞬、駆け抜ける。 香穂子は華奢な躰を僅かに震わせると、そっと目を閉じた。 「君が落ち着いたら、少し付き合って貰おうかな。挨拶に行かなければならないからね」 「はい」 香穂子はようやく元気が出て来て、先ほど皿にこんもりと盛っていた料理を平らげる。 「君はそうやって元気よく食べているのが一番良い」 「有り難うございます」 香穂子が料理を食べ終わった後で、吉羅は立ち上がるとエスコートをしてくれる。 「どうぞお嬢さん」 「有り難うございます」 吉羅はまるで香穂子が自分のものだと宣言するかのように、華奢な腰を抱いてくる。 優美で男らしさを兼ね備えた吉羅の腕が腰に食い込んで、香穂子は息が上手く出来なくなるぐらいに緊張していた。 本当にガチガチに硬くなってしまう。 一方通行に恋をしている相手に触れられるというのは、なんて幸せで苦しいのだろうか。 吉羅は、仕事関係で有益だろうと思われる相手や、世話になっている相手にきちんと挨拶をして談笑をする。 大人のビジネスの世界は、香穂子にはまだまだ未知の部分が多くて、新鮮だった。 「退屈か?」 「いいえ。それなりにちゃんと楽しんでいますから」 ニッコリ笑うと、吉羅もまた機嫌良く笑ってくれる。 「そいつは良かった。君を退屈させたなら、申し訳が立たないからね」 吉羅の珍しくソフトで甘い声にときめきながら、香穂子はにっこりと微笑んだ。 ホテルのスタッフが飲み物を運んでくる。 スパークリングする液体から甘い香りが漂い、香穂子はジンジャーエールだと思い、グラスを手にした。 「有り難うございます」 吉羅が話している間、甘いジュースに口付ける。 「…ん?」 明らかにジンジャーエールとは味が違ったが、芳醇な味でとても美味しい。 飲み口も柔らかくて、香穂子はするすると飲み干す。 「…美味しい…」 すっかり飲み終わり、香穂子は満足の溜め息を吐いた。 「…あ…」 不意に顔がほてってきてどうしようもなくなる。耳朶まで紅くなり、やがて熱は全身へと回っていった。 「日野くん?」 吉羅が香穂子に視線を向けた時には、既に足下がふらふらになっていた。 心臓が激しいリズムを立てて、マラソンを走った直後のように早くなる。 「日野君! 大丈夫か!? 全く…、君は何を飲んだのかね?」 「…え…あ…、あのシュワシュワするやつ…」 「あれはジュースなんかじゃない。スパークリングワインだ」 「…え?」 遠くで吉羅が舌打ちをするのが聞こえる。 何だか熱くてぼんやりとして、何が何だか解らなくなっている。 また変なことをしてしまった。 きっと吉羅は呆れ返っているに違いない。 吉羅でなくても呆れ返ってしまうだろうと思いながら、香穂子はしょんぼりと溜め息を吐いた。 歩こうとして、足下が縺れて上手くいかない。 吉羅の溜め息が近くで聞こえる。 「…全く…。君はしょうがないね」 吉羅は溜め息を吐くと、いきなり抱き上げてくる。 「え、あ、きらさ…」 回らぬ舌で抗議をしようとしても、吉羅は涼しい顔をして香穂子を抱き上げたまま、パーティ会場を後にした。 |