*愛の手紙*

中編


 柊はいつ帰って来るのだろうか。
 星見の愛しい男性のために、千尋は今宵も空を見上げる。
 空で繋がっているなんてなんとロマンティックだと思いながらも、何処か甘くて切ない気分になる。
 出来ることならば、そばにいて欲しい。
 近くにいて欲しいと思う。
 千尋は夜空を見つめながら、遠くにいるだろう柊のことを想う。
 柊は今、何をしているのだろうか。
 柊は今、何を考えているのだろうか。
 そんなことを千尋は考えていた。
 今まで柊に貰った手紙は2通。
 何通貰えば愛しい柊と再会することが出来るのだろうか。
 千尋は切なくて甘い想いを抱きながら、夜空を見上げた。
 どうか。
 どうか、柊が無事にありますように。
 無事に再会することが出来ますように。
 千尋はそれだけを、星に願った。
 千尋は夜空を飽きるまで眺めた後で、ゆっくりと眠りにつく。
 夢で柊に逢えることを願って。

 翌日も朝から執務でかなり忙しかった。
 執務が一段落を終えた頃、狭井の君が執務室にやってきた。
「常世の国から使者の方が参っています。如何されますか?」
「お通し下さい」
「かしこまりました」
 狭井の君が執務室から出た後、千尋はほんのりと笑顔になる。
 誰に再会することが出来るだろうか。常世のみんなも大好きだ。
 使者となるとリヴあたりだろうか。あの穏やかな雰囲気が、千尋はたまらなく好きだったのだ。
 ゆっくりと足音が響く。
 常世の状況を聞くのが、千尋は何よりも楽しみだった。
「陛下、常世の国からの使者の方をお連れ致しました」
 官吏の声が高らかと響き渡り、千尋は頷く。
「お通し下さい」
「かしこまりました」
 ドアが恭しく開いて、常世の国からの使者がゆっくりと入ってくる。
 その姿を見て、千尋は驚いた。
「アシュヴィン…!」
「久し振りだな、千尋」
 まさか皇帝陛下自らがやってくるのだとは、千尋は思ってもみなかった。
 まさかアシュヴィンが使者だとは、思いもよらない。
「中つ国の国造りを頑張っているみたいだな。常世でもお前の奮闘ぶりは評判になっているぜ」
 アシュヴィンはまるで太陽光のような笑みを浮かべて、自信ありげに頷いた。
「アシュヴィンこそ、かなりの凄腕皇帝だって、中つ国では評判だよ」
 アシュヴィンの精力的な仕事ぶりには、千尋も見習わなければならない点が沢山あると思っている。
 こんなにも尊敬が出来、お互いに切磋琢磨出来る相手は他にいないのではないかと、千尋は思う。
「アシュヴィンの活躍を聞くと、私もしっかりと頑張らなければならないって思うんだ。物凄く刺激になっているよ」
「俺も同じだ」
 ふたりはお互いに凛としたまなざしで見つめ合う。
 そこには愛情よりも友愛が存在している。
 互いに高め合うことが出来る存在として、認めあっていた。
「お互いに刺激をしあって頑張って行こうね」
「そうだな」
「アシュヴィンの存在があるから私も頑張ることが出来るんだよ」
 千尋が笑顔で言うと、アシュヴィンは一瞬、フッと寂しげなまなざしになった。
「俺よりも更にお前に力を与えてくれるのは、これじゃないのか?」
 アシュヴィンはそっと一通の手紙を千尋に差し出す。
 それを見るなり、千尋はドキリとした。
 幸せで桃色のリズムを唱える鼓動で、耳の下が痛くなってしまうほどだ。
「有り難う…」
 震える手で手紙を受け取ると、千尋は泣きそうになる。
 柊だ。
「確かに大切な手紙は渡したからな」
「本当にどうも有り難う」
 千尋が半ば泣きそうになっていると、アシュヴィンは苦笑する。
「俺の用はこれだけだ。それじゃあな」
「有り難う…」
 アシュヴィンは憎らしいほどに魅力的な笑みを浮かべた後、静かに執務室から出ていく。
 ひとりになり、千尋は早速手紙を読み始めた。

 千尋様
 恐らくは驚かれているのではないかと思います。
 勿論、今回の手紙配達人に。
 アシュヴィンが統べる常世はかなり復興が進んで来ましたよ。
 アシュヴィンはあなたと同じように国を愛しています。
 私も微力ながら、常世よりも素晴らしい国が作れるように全力であなたを支えて行きたいと思っています。
 あなたのそばにはもうすぐ帰ることが出来ます。
 楽しみにしています。
 柊

 柊は常世に行っていたのだろうか。それを思いながら、千尋は早く逢いたいと焦る気持ちになる。
 柊に逢いたい。
 逢いたくて逢いたくてしょうがない。
 柊に逢うことが出来れば、これほど嬉しいことはないのにと、思わずにはいられなかった。
 窓から空を見上げる。
 今はお日様に隠れてしまい夜空の麗しい星を眺めることは出来ないが、きっと同じように星を見ているはずだ。
 千尋は柊に想いを馳せながら、見えない絆を手繰り寄せていた。

 翌日、朝から千尋はドキドキしていた。
 こんなにも連続で手紙が届いているのだから、恐らくは今日も手紙が届くだろう。
 ノックをする音を聴くだけで、飛び上がりそうになった。
「…千尋…」
 ぶっきらぼうな低い声は遠夜だ。
「遠夜! どうぞ中に入って!」
 千尋が中に入るように促すと、遠夜はゆっくりと執務室に入ってきた。
「…これを…」
 言葉数少なく遠夜は千尋に手紙を差し出す。
「…有り難う!」
 笑顔を遠夜に向けると、ほんのりと嬉しそうな顔をしてくれる。
「…ワギモ…の笑顔が好きだ…。有り難う…」
 遠夜は静かに言うと、ふらりと執務室から出て行ってしまう。
 その姿を見送った後で、千尋はゆっくりと手紙を開いた。
 待ちに待った手紙だ。

 千尋様
 ずいぶんとお待たせして申し訳ありません。
 もう少しで私もそちらに帰ることが出来そうです。
 あなたに逢いたい。
 逢いたくてたまらない時には星を見てあなたを思い出します。
 後少しだけ星を見て待っていて下さい。
 私も星を見てあなたを想います。
 柊

 千尋は手紙を胸に置き、恋心を抱き締める。
 どうか。早く愛しい男性と逢えますように。
 そう願わずにはいられなかった。

 星を見て柊を思った翌日、今度は布都彦が執務室に訪れた。
「姫、失礼致します」
 凛とした声と同じように、雰囲気も体格も日に日に逞しくなっていく。
 いずれは忍人と同じく大将軍になるだろう。
 千尋はかなり頼もしく思っていた。
「陛下」
「は、はいっ!」
 手紙を貰えるのかと思い、千尋は背筋を伸ばしてしまう。
「部隊の報告書です」
「…あ、有り難う」
 期待し過ぎた自分を恥ずかしく思いながら、千尋は耳を真っ赤にしながら頷いた。
「…それと…」
 布都彦はそっと一通の手紙を差し出してくれる。
 柊からだ。
 その途端に笑みになったものだから、布都彦は苦笑いをした。
「それでは私はこれで」
「有り難う、布都彦」
 千尋が礼を言うと、布都彦は頭を下げて執務室から出ていった。
 かつての八葉から毎日届く柊の手紙。
 千尋はそれを大切に紐解く。

 千尋様。
 随分と笑顔になられたのではないかと思います。
 私はいつもあなたを見守っています。
 後少しだけお待ち下さい。
 それまでは執務にしっかりと励んで下さい。
 柊

 千尋は何度も手紙を読み返した後、瞳の奥から涙が滲むのを感じる。
 その熱さが柊への想いの強さであることを解っていた。
 あと少し。
 あと少しで柊に逢える。
 希望を沢山こころに詰め込むと、千尋は微笑んだ。


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