*アナタイロ*


 小松色にとうの昔に染められているというのに、ゆきはそれを素直には認められない。

 理由は解っている。

 認めてしまうと、小松が自分に厭きてしまうのではないかと思ってしまうから。

 だから認められない。

 小松にもし厭きられてしまったら、きっと立ち直れないだろう。

 ゆきはそれが切なくてしょうがなかった。

 ゆきが素直にならなかったからか、あれから、小松からのお誘いは全くなくなっていた。

 小松色に染め上げられていることを認めないことで、逆に小松は失望してしまったのだろうか。

 そう考えると、またゆきは落ち込んでしまう。

 恋をして、相手を失いたくなると、どうしてこんなにもネガティブな考えに陥ってしまうのだろうか。

 それがゆきには辛いところだ。

 ふと、携帯電話が鳴っている音が聴こえた。

 ゆきが慌てて電話に出ると、相手は小松だった。

「ゆき、私だよ」

「私なんて名前のひとは知りません」

「確かにね。小松帯刀だよ、ゆき」

 くすくすと笑いながら余裕を持った声で、小松はさらりと話す。

「突然で申し訳ないけれど、明日、少し付き合って欲しいことがあるんだけれど、構わないかな?」

「はい。大丈夫です」

「良かった。明日は夕方からパーティーがあって、そこに、私のパートナーとして出席して欲しいんだけれど、構わないかな?」

 小松のパートナーとしてパーティーに出席する。

 本当の意味でのパートナーとして、恋人として選んでもらったようで、ゆきは嬉しくてしょうがない。

 大好きな小松に恋人として認められる。

 こんなに素敵なことはない。

 ゆきは嬉しくて踊り出したくなるぐらいに有頂天な気持ちになった。

「……後、服装とか化粧とか、君を飾り立てるものについては心配しないで。こちらできちんと用意をするから」

 小松に言われて、ゆきはハッとする。

 嬉しくてそこまでの考えに及んでいなかったのだ。

 確かに小松が言うように、正式なパーティーには、きちんとしたコスチュームで出なければならない。

 それはゆきにも解っていることだ。

「だから、少し早目に迎えに行くからね」

「はい、有り難うございます」

 ゆきが返事をすると、小松はフッと電話の前で微笑んでいるのが解った。

「君はいつも通りにしていても大丈夫だからね。こちらで準備をするから。迎えに行く目安は、3時ぐらいかな。その心づもりでいて」

「はい」

「うん、良い返事だ。君はやっぱり良い子だね」

 小松はクスリと笑う。

 甘い声にゆきは、ドキドキせずにはいられなかった。

「では頼んだよ。それでは明日」

 小松はさらりと言うと、携帯電話を静かに切った。

 ゆきは携帯電話をだらりと置いて、溜め息を吐く。

 小松色に既にどっぷりと染め上げられていることが、バレてしまったのかもしれない。

 そうだとしたら、ゆきは既に小松に敗北してしまっているということになる。

 それはそれで何だか切ない。

 複雑な乙女心を抱えながら、ゆきは溜め息を吐いた。

 

 小松にお迎えに来てもらえるというだけで、ゆきは朝からドキドキが止まらなかった。

 小松にお迎えに来てもらえるというのは、本当にお姫様のようになった気分なのだ。

 大好きなひとが、まるで王子様のように迎えに来てくれているのだ。

 小松は、どちらかといえば、“王子様”というよりは、“王様”といった雰囲気ではあるが、ゆきにとってはロマンティックな相手には間違いはなかった。

 今日は授業が午前中しかなく、午後からはドキドキしせずにはいられない。

 決して嫌なドキドキではなくて、むしろ幸せで飛び上がりたくなるぐらいのドキドキだった。

 服装は、いつものスタイルで良いと言われたので、ゆきは気をてらわないスタイルにした。

 だが、一抹の不安もつきまとう。

 本当にこのようなスタイルで良いのだろうかと。

 不安で押し潰されそうになったところで、小松の車がやって来た。

 いつも以上にスローモーションで近付いて来るような気がしてならない。

 小松はピッタリと、ゆきの前に車を停めた。

「ゆき、お待たせしたね」

 小松はスマートに車から出てくると、助手席を開けて、ゆきをエスコートしてくれる。

 これがゆきには嬉しい。

「今から君の準備をするからね。サロンまで送るから、そこでパーティー出席に相応しいスタイルをして貰うから、そのつもりで。支度が終わったらまた迎えに行くから」

「はい、有り難うございます」

 小松は淡々と、ゆきにはやるべきことだけを伝える。

 本当に事務的だと、ゆきは思わずにはいられなかった。

 小松の車はサロンに到着し、さっさと中に入っていく。

 ゆきはそれに着いていくしか出来ない。

「これは小松さま、お待ちしておりました」

 とても感じの良いサロンのスタッフが、わざわざ出迎えに出てきてくれた。

「彼女をオーダー通りに綺麗にして。また迎えに行くから、それまでに頼みます」

「畏まりました」

 サロンのスタッフは礼儀正しく小松にしっかりと頭を下げると、ゆきの傍らにしっかりとついてくれる。

「ゆき、では、きちんと準備をしておいて。時間前に迎えに行くから」

「はい」

 小松は行ってしまうのが、ゆきには寂しい。

 そばにいてくれない。

 それだけで、おいてけぼりを食らった幼子のように、急に不安になってしまった。

 ゆきは眼差しでその想いを伝えたが、小松にはそれは伝わらなかったようだった。

 ゆきがいくら見つめても、小松には想いが届かなくて、そのまま何処かに行ってしまった。

 ゆきはしょうがなくて、サロンの女性に全てを任せることにした。

 

 サロンは本格的な場所だった。

 見るからに、セレブリティしか使わないような雰囲気すらある。

 ゆきは緊張しながら、サロンの個室に入った。

 本格的なエステから始まる。

 ゆきは、今更ながら、小松が出席するパーティーは、かなりのレベルなのではないかと、強く思うようになった。

 緊張してかちこちになってしまう。

 失敗が許されないパーティーなのではないかと、ようやく気づいた。

 エステをされて、今までしたことがなかったような念入りメイクをされて、ゆきはまな板の上の鯉状態になってしまっている。

 しかも本当に綺麗になっているのかも不安だ。

 まるでお姫様のように扱って貰ってはいるが、不安だった。

 ヘアスタイルもアップにされてしまう。

「では、このドレスを着て頂きましょうか。小松さまがお選びになったのですよ」

 サロンのスタッフが見せてくれたのは、深紅のオフショルダーのミニ丈のドレス。

 着こなせば、とても洗練されて見えるだろう。

 ゆきは上手くこのドレスを着こなすことが出来るのか、不安で堪らなかった。





マエ モドル ツギ