*アナタイロ*


 小松は車をホテルの駐車場に停める。

 いよいよパーティーの始まり。

 ショータイムだ。

 ゆきの緊張嫌がおうでも高まってゆく。

 いくら着飾っても、自信が持てなくなる。

 きっと小松が絡んでいるからに他ならないのだろう。

 小松はゆきよりもさ先に車から降りると、助手席のドアを開けてくれた。

 小松は、薩摩男子らしいところもあるが、英国紳士並に紳士的でもある。

 エスコートされて、ゆきは緊張しながら車から降りた。

「ゆき、行こうか」

「はい」

 顔を強張らせると、小松はクスリと笑った。

「緊張しているの?だったら、私のそばから離れないようにね」

「はい」

 小松はしっかりとゆきの腰を抱いて支えてくれる。

 それが恥ずかしいと同時に、ゆきには嬉しかった。

「私の傍を離れなければ大丈夫だからね。ゆき」

「はい」

 会場まで歩いて行くと、見られていることに気付く。

 恐らくは、小松が今や経済界の風雲児と呼ばれて、注目を浴びている経済人だからだろう。

 改めてゆきは気を引き締めなければならないと、思ってしまう。

 ゆきがお腹に力を入れて背筋を伸ばすと、ゆっくりと緊張しながら歩く。

 小松がパーティーの受付を終えると、ゆきの腰を先ほどよりもしっかりと抱く。

 すると、ゆきは別の意味でドキドキしてしまった。

 小松が会場に入るなり、多くの自分物が直ぐに挨拶にやってくる。

 それぐらいに小松は、注目を浴びている経済人なのだろう。

 改めて小松の凄さにゆきは感心せずにはいられなかった。

 もとの時空では、小松は薩摩藩の家老だったのだから、その手腕と先見の明、更にはカリスマ性は当然ではあるのだが。

 同時に不安になる。

 小松とバランスが取れていないと思われているのではないだろうかと。

 ゆきにはそれが不安で仕方がなくなる。

「小松さん、こちらの方は」

 ゆきに話の方向がいき、思わずドキリとしてしまう。

「私の婚約者、蓮水ゆきです」

 いきなり婚約者だと言われて、ゆきは驚きのあまり目を丸くして小松を見た。

 まさか、婚約者だなんて紹介されるとは思ってもみなかった。

「ほう……。婚約者の方がいらっしゃるとは……」

 声を掛けてきた男性は、意外とばかりに眉をあげた。

「蓮水ゆきと申します。宜しくお願い致します」

 ゆきは丁寧に挨拶をする。

 挨拶は、両親にしっかりと躾られていたから、ゆきは助かったと思った。

「初めまして。結構なお嬢さんだ。では、後程」

 男性はゆきの挨拶に満足をしたようで、笑顔で次の挨拶に向かった。

 ゆきがホッとしていると、いきなり小松が強く腰を引き寄せてきた。

「……あっ……!」

「ゆき、良く出来ました。この調子で、更に頑張って」

「……は、はい」

 小松にかなり密着されてしまうと、ゆきとしてはドキドキし過ぎてしまい、どうして良いかが分からない。

 それ以上に身体を密着させた経験もあるというのに、緊張し過ぎてしまう。

「そんなに固くならなくて良いからね」

「は、はい」

 今更ながら、かなりのパーティーであると思わずにはいられない。

 ひっきりなしにやってくる、小松と挨拶をしたい経済人。

 その度に、ゆきは笑顔で応対をし続けていた。

 挨拶が一通り終わる頃には、ゆきは精神的にかなり疲れてしまった。

 挨拶をして、経済や会社についての話をしたり、商談をしたりしている小松を見つめながら、ゆきは自分が場違いの場所にいるのではないかと、錯覚をした。

 何だか自分だけ取り残されたような気持ちになり、ゆきには寂しさと疲労が残った。

 それに気付いたのか、小松はゆきを休憩スペースに連れていってくれた。

「有り難う、助かったよ。疲れた?」

「……精神的に……」

 ゆきが苦笑いを浮かべながら、小松を真っ直ぐ見つめた。

「何か飲んだり、食べたりする?」

「まだ入っていかないです。だけど、水ぐらいなら……」

「解った」

 小松は直ぐにスタッフを呼んで、ミネラルウォーターを頼んでくれた。

 ミネラルウォーターを飲みながら、ゆきはほんの少しだけ口をつける。

「後でルームサービスでも頼むから、食べ物はその時に食べると良いよ」

 ルームサービス。

 その言葉に、ゆきはドキドキせずにはいられない。

 この先に甘い行為があることぐらいは、充分過ぎるぐらいに解っていたから。

 ゆきが休憩をしている間も、小松はずっとそばにいてくれる。

 それがゆきには嬉しかった。

 然り気無く手を握ってくれる。

 小松の優しさに、ゆきはリラックスした笑顔をようやく向けることが出来た。

「……ゆき、私から本当に離れないで。命令だよ、これは」

「はい」

 こんな命令ならば、いくらでも受け入れると思わずにはいられない。

 ゆきはホッとしながら、小松を見上げた。

「これは小松くん」

 威厳を翳した男が、小松に近づいてくる。横には、年頃の女性がいる。何処か冷たい感じが否めなかった。

「楽しんでいるかね」

「楽しんでいると言われると、少し意味合いは違いますが」

「相変わらずだね。そうそう、こちらは私の娘でね。紹介しておこう」

 女性は一生懸命、小松にアピールをしてはいるが、あくまで、小松はクールだった。

「こちらは私の婚約者の蓮水ゆきです」

 小松がゆきを紹介すると、途端に親子の顔色が変わる。

「蓮水ゆきと申します。宜しくお願い致します」

 ゆきが挨拶をしている間の、値踏みをするような視線が、とても印象的だった。

 親子が行ってしまうと、小松は可笑しそうな光を瞳にたたえる。

「まったく、いつの時代もどこでも、娘を道具にして保身や出世を計る輩がいるものだね……」

 小松は心から軽蔑するように呟くと、溜め息を吐いた。

「……だから私を婚約者と紹介したのですか?」

「そうじゃないよ……。本当にそうだから、婚約者と紹介しただけだけれどね……」

 小松は意味ありげな笑みをゆきに向けてくる。

 艶のある微笑みにこちらがドキドキしてしまいそうだ。

「あ、あのそれは……」

 ドキドキしながら言葉を詰まらせていると、小松は甘い笑みを浮かべながら、溜め息を吐いた。

「君は全く鈍いね。どうしていつも気づかないの」

 小松に呆れられても、ゆきは意味が分からない。

「……しょうがないね……。後で意味を教えてあげるよ。たっぷりとね」

 小松の囁きに、ゆきは真っ赤になるしか出来なかった。

 





マエ モドル ツギ