前編
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小松と結婚をしたなんて、今でも信じられない。 小松と本当に結婚が出来るのか、ゆき自身、随分と不安になった。 だが、小松がその不安を取って、導いてくれたのだ。 それには本当に感謝している。 「私のものになりなさい」 そう言われて、ゆきは選択肢などないと思った。 それ以外に選択なんて出来ないと、ゆきは感じた。 結婚を決めてからは、本当に慌ただしくて、様々な準備をしなければならなかった。 そして、慌ただしい準備も終わり、いざ結婚すると、今度は穏やか過ぎる時間がやってくる。 ゆきも最初は結婚をしたら大変だと思っていたが、主婦になってしまったので、働く女性よりは時間に余裕が出来た。 とはいえ、主婦もやることが多くて、忙しくはあるのだが。 一度社会に出てみたいというのはあったのだが、それはないままこうしている。 小松の忙しさと言えば、相変わらずだ。 毎日、遅い小松を待っている。 ひとりのことも多いので、何だか寂しくなる。かといって小松を困らせるようなワガママは言いたくはないと思ってはいる。 夕食を作った後、ゆきは少しだけ気分が悪くなった。 気分が少しでも悪いなんて言ってしまったら、過保護過ぎる小松に、色々と心配させてしまう。 それだけは避けたかった。 気分が悪いのは、自分が不節制しているだけだと、ゆきは思ってしまう。 なるべく顔色がよく見えるように、ゆきはメイクをし直しておいた。 玄関のインターフォンが鳴り響き、ゆきは画像で小松であることを確認してから、ドアを解錠する。 「おかえりなさい、帯刀さん」 「ただいま、ゆき」 小松はゆきの頬にそっと手を当てる。とても気持ちが良くて、ゆきは思わず目を閉じた。 ゆきが気持ちが良いと思っているのを尻目に、小松は一瞬、怪訝そうに目をスッと細めた。 「ゆき、具合が悪いということはないの?」 小松に鋭く指摘をされてしまい、ゆきは飛び上がってしまうような気持ちになる。 「大丈夫です。御飯の支度をしましたから、一緒に食べましょう」 ゆきがわざと笑顔で言うと、小松は怪訝そうな厳しい眼差しを引っ込めた。 「そ。じゃあ食事をする支度をしてくるよ」 「はい」 小松が自室に行くのを見届けてから、ゆきは食事の準備を手早く行う。 気分が悪いことが、小松にはばれませんように。そればかりを考えてしまう。 ゆきが食卓に食事を総て並べ終わる頃、小松はダイニングにやってきた。 「有り難う」 小松とふたりで手をしっかりと合わせて、“いただきます”をしてから、ゆきは食事に手をつける。 だが、今夜は気分が優れなくて、余り食べたくない。 ゆきがゆっくりと箸を動かしていると、小松はその様子に気付いたのか、厳しい眼差しを向ける。 先程よりも鋭くて、身体に刺さるとかなり痛い。 チクチクしてしまい、ゆきは緊張してしまう。 小松は更に厳しい眼差しをゆきに向けてきた。 「ゆき、君、かなり気分が悪いでしょ?」 小松はストレートに言ってくるから、ゆきはもう嘘は吐けないと思った。 無理だ。 ゆきはしょんぼりと箸を置いた。 「帯刀さんは何もかもお見通しですね……」 「当然でしょ?私は君の夫なんだからね」 「はい……」 小松と話をしていると、ゆきは再び気分が悪くなってしまった。 ゆきは慌てて立ち上がると、洗面所に向かう。 「ゆき!?」 吐き気がして、ゆきはどうしようもなくなった。 洗面所に駆け込むと、ゆきは食べたものを総て戻してしまった。 ゆきは震えながら、何度か深呼吸をすると、背中を優しく撫でられた。 「ゆき、大丈夫なの?しっかり」 「はい……」 気持ちが悪くて、ゆきは身体と声を震わせる。 「ベッドに行って休んだ方が、良いよ」 「ありがとうございます」 小松はゆきを抱き上げると、直ぐにベッドルームに運んでくれる。 「ありがとうございます……。帯刀さん……」 ベッドに寝かされて、小松は直ぐに温かなタオルを用意して、それを胸元に宛がってくれた。 とても気持ち良い。 「少し、このままで休みなさい……。後片付けは私がするから」 「有り難うございます」 ゆきはほっとして、目を閉じた。 「今は休みなさい。今の君には休養がいると、私は思っているよ」 「はい」 ゆきは小松に総てを委ねるように目を閉じた。 「……全く……。しょうがないよ、君は。無理ばかりをするんだからね」 小松はとりあえず、ダイニングに戻り、食事を取って、後片付けをする。 先ほどのゆきは、本当に気分が悪そうだった。 早くこの苦痛を取ってあげたかった。 小松が片付けをして戻ると、ゆきは随分と調子を取り戻しているようだった。 小松が部屋に入ると、ゆきがゆっくりと目を開ける。 その瞳は本当に美しくて、小松はかえってドキリとした。 「寝ていなさい」 「大丈夫です。今は、少しだるかっただけですから」 「その少しがダメな場合もあるからね。油断はしないほうが良い」 小松はゆきの頬を優しく撫でてくれる。こうしているだけで、ゆきは心がほっこりとしたように笑ってくれる。 とても気分が良いのか、微笑んでいる。 「帯刀さん、もう大丈夫みたいです。食べ物の臭いを嗅がなければ、ましですし。本当に。少しダルくて眠いぐらいなので、寝る準備をするぐらいの気力はありますよ」 ゆきはクスリと笑うと、ベッドから起き上がる。 食べ物の臭いで気分が悪くなることと、眠気と、だるさ。 ひとつのことが思い浮かぶ。 小松は思わず浮かれそうになってしまったが、まだ、判断は出来ない。 冷静に考えたい。 いつもならばかなり理路整然と考えることが出来るのだが、ゆきが絡むとそれが難しい。 なるべく冷静に考えて、小松はひとつの結論が出る。 間違いはないだろう。 「帯刀さん?」 考え込む小松に、ゆきが声をかけてきた。 「……ゆき。君、お腹に子供がいるんじゃないの?」 小松はついストレートに言ってしまう。 だが、思い当たる兆候があるのか、ゆきは息を呑んだ。 「!!!」 その後、冷静になるように、深呼吸をするとゆきは小松を見つめた。 「……そうかもしれません……」 「だったら、明日、病院に行こうか」 「はい」 小松は内心期待で緊張しながら、ゆきをしっかりと抱き締めた。
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