*京都へ*


 ランチタイムのピークが過ぎた頃に、ふたりは昼食を取るために、料理屋に入った。

 出汁を重視した、繊細な京料理を食べることにする。

 どの料理も出汁が効いた上品な味で、美味しかった。

「美味しいですね。京都に来たと実感出来るお味ですね」

 ゆきは美味しいものを食べて、京都風に言うなれば、ほっこりとした笑顔になった。

「本当に食べている時は良い笑顔になるね。君は」

「はい、美味しい食べ物は素敵な気持ちにさせてくれます。幸せな気分ですよ」

 ゆきは小松につい、とっておきの笑みを浮かべた。

「食事と甘いもの別物のようだね」

「はい」

「……まあ、かろりぃというものは、私がしっかりと消費させてあげるから、そのつもりで……」

 小松が溢れる艶を滲ませながら呟く。

「はい、沢山歩いて、消費します!」

 ゆきが元気よく宣言をすると、小松は少し苦笑いを浮かべた。

「錦市場に行って、色々と見に行きましょうね」

「君のメインは食い気だね」

「そ、そんなことはないですよ。ちゃんと、京を感じに来ました」

 ゆきは若干顔を真っ赤にさせながら、拗ねるように小松の顔色を伺った。

「まあ、私が君が太らないようにすれば良いということなんだろうけれど……」

 ちらりと意味ありげな視線を、小松に向けられる。更にしっかりと歩かなければならないということだろう。

 京都は、歩いても楽しいので、ゆきはいくら歩いても平気だと思った。

「この卵とか、本当に美味しいですね。白味噌の味噌汁も美味しい……」

 ゆきは、すっかり京都の味が気に入った。

 

 食事の後、小松とふたりで、錦市場方面へと足を伸ばす。

 目的は、おつけもの。

 東京のデパートで買えるものではなくて、京都ならではの店を探す。

「クール宅急便で後から送れば良いですから、荷物にはならないですよね。あ、この飯どろぼうって美味しそう!」

「はい、はい。君は京都の美しい工芸品よりも、食べ物が良いんだね。これぞ、“花より団子”だね」

 小松はクスリと笑うと、ゆきをからかうように眺めてくる。

 恥ずかしい。食べ物のことしか考えていないように思われてしまうのは、女子としてほんのりとした羞恥を感じた。

「ちゃ、ちゃんと綺麗な工芸品も見てますよっ!」

「はい、はい」

 まるで子供のようにあしらわれて、ゆきは顔から火が出るぐらいに、真っ赤にさせた。

「さ。買い物も終わった。ゆき、このあたりは壬生寺が近いけれど、行ってみる? 新撰組の屯所があった場所だからね」

「はい、行ってみます」

 沖田の面影が見つけられるだろうか。

 そう思わずにはいられなかった。

 

 錦市場から壬生寺までは、少し距離があるため、短い距離ではあるが、電車を利用した。独特の小豆色の車体が何処か可愛い電車だった。

 大宮から歩いて壬生寺へと向かう。

 壬生寺に着くと、そこだけが時間の流れに取り残されているように思えるほどに、あの頃の雰囲気を思い起こさせた。

「静かですね……」

「そうだね。私の世界でも、ここで粛清が行われたと、噂を聞いた。それは同じようだね……。粛清の噂や、人斬り集団だという噂がひとり歩きをして、“壬生浪(みぶろ)”と呼ばれて、京の人からは、一方的に蔑まされていたんだろうね……。下らない……」

 小松は、噂だけでひとを判断するのを誰よりも嫌っているせいか、斬って棄てるように呟いた。

 そのひとの能力と人柄を直接、見て、判断すべきだと、小松は常に考えていたからだろう。

「この時空は、随分とひとを能力で見るようになったけれども、それでも、やっぱり、何処かで家柄や家族、様々な枷で、本人の能力とは関係のないところで、ひとを判断しているところはあるからね……」

 小松は、切なさと悔しさを声と視線に滲ませながら、壬生寺を見据える。

「……少なくとも、私は本人を直接見て、その人となりや能力を判断しようと努めてはいるけれどね……」

 小松の声はとても力強くて、決意が秘められている。

 こんなひとの下で働ける人たちはなんて幸せなのだろうか。

 そして、一番近い場所でずっと見ていられる自分は、なんて幸せなのだろうかと、ゆきは感じた。

 八木家を見学した後、ふたりで和菓子を頂くことにする。

 抹茶と屯所餅を頼んで、ゆっくりと周りを眺める。

「沖田さんはここで、かくれんぼや鬼ごっこをしていたんでしょうね」

「そうだね……。ここだけ見ているとのんびりしているからね。時代の激流なんて関係なしに……」

 小松はしみじみと言いながら、紅に染まり始めた蒼空を見上げた。

「芹澤鴨がここで粛清されたのを聞いた時に、私は当然だと思ったね。まあ、良くない噂を聞いていたから」

 小松はポツリと呟くと、屯所餅を見た。

「美味しい?ゆき」

「はい」

「だったら私のものも食べなさい」

 小松に差し出された屯所餅を、ゆきはしみじみとした気分で食べた。

「ゆき、今日の観光はこれでおしまい。タクシーで宿まで行くよ。今日は貴船の温泉に行くよ」

「はい」

 小松はゆきの手を引いてくれ、ゆっくりと壬生寺を後にした。

 

 タクシーで貴船にある宿へと向かう。

 夕暮れの京を走り抜けるタクシーは、切ないロマンティックを感じる。

 小松が然り気無く手を握りしめてくれる。

 ドキドキしながらも、華やいだ気持ちになった。

「宿に着いたらゆっくりするよ。今日はよく歩いたからね」

「はい」

 今夜は小松とゆっくりと過ごしたい。

 あの京を思い起こす場所で。

 ゆきは強く思う。

 ふたりで感傷的で甘い時間を大切に共有したいと、望まずにはいられなかった。

 

 京都らしい温泉旅館にチェックインする時に、ゆきは初めて意識をする。

 今夜は小松としとねを共にするのだ。

 そう思うなり、ゆきは顔から火が出るほどに、恥ずかしくなる。

 ドキドキし過ぎて、急に無言になってしまう。

 緊張で倒れてしまいそうになった。

 仲居さんに部屋まで案内されながら、ゆきはついつい恥ずかしくてうつ向いてしまう。

「どうしたの?」

「ど、どうもしないですけど」

「まあ、構わないけれど」

 小松は、総てを悟ったように言うと、ゆきの手と自分の手を、しっかりと絡めた。

 この先のことが、想像出来るように情熱的に。

 小松の手はそれぐらい暖かかった。

「こちらでございます。部屋のお風呂も温泉を引いておりますので」

「有り難うございます」

 仲居は部屋に静かに案内してくれ、「こちらでございます。ごゆっくりお過ごし下さいませ」と、一礼して立ち去る。

 二人きりになった瞬間、耳が痛くなるぐらいに、ゆきの鼓動が高まった。



マエ モドル ツギ