後編
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祗園社は、流石に土地がらからか、美しさを司る神様を奉っている。 ゆきはそれが嬉しいらしく、かなり明るくはしゃいでいた。 ゆきは、少しでもきれいになりたいと、笑顔でお参りをしている。 このままでも純粋な美しさを持っていると、小松は思う。 熱心に祈るゆきの姿に、小松はおもわず見惚れていた。 自分で守りたい。同時に手折りたいたいとも思う。 ゆきが小松にとっては、かけがえのない華になりつつあるのは、認めなければならないと思っていた。 「随分と熱心に祈っていたね?」 「そ、それは、やっぱり、女の子なら、誰だってきれいになりたいと、思うものですよ」 「そういうものかな?」 「そういうものですよ」 ゆきはキッパリと言い切った。それがかえって、小松にはとても好ましく映った。 「いもぼうがあるけど食べて行く?」 「はい!」 やはり、ゆきは食べるものには目がないらしく、嬉しそうに笑った。 「だったら、茶屋で休憩してから、清水方面に出かけようか」 「はい」 ふたりで茶屋に入り、名物のいもぼうを食べる。 ゆきは本当に嬉しそうで、やはり年頃の華なのだと、小松は実感した。 どのような贈り物よりも、この時間が貴重だと、小松は思う。 物と違って、時間は消えてしまうが、それでもかけがえのない想いはそのまま残る。それが、小松には嬉しいことだった。 いもぼうの後は、清水に向かって歩く。 途中で八坂の塔も眺めた。 「八坂の塔って風情があって良いですね」 「そうだね……。これもまた趣があって良いんだろうね。私は、このような特有のものも好きだし、海の向こうにあるものも素晴らしいと思うよ。私としては、どちらも素晴らしいと思っている」 「私もです。八坂の塔や神社仏閣、お城、いっぱい良い建物があって、見ているだけでも飽きないです」 「それは良かった。やはり積年の美は素晴らしいからね」 「はい。生まれた世界では見られなかったものを、間近で見られるのは、やはり嬉しいです」 「それは良かった」 小松は、ゆきが幸せそうに笑っているのが、何よりも嬉しいと思う。 ずっとそばで、ゆきの笑顔を見ていたいと思う。 いつかは生まれた世界に帰るだろう異世界の神子。 ゆきが異世界に帰った時、自分はどう思うだろうか。 誰とも結ばれることはないだろうと思うだろうか。 誰かと結婚し、子供を得ても尚、ゆきへの思慕を止めないだろうか。 それとも。 ゆきと一緒に、異世界へと旅立つだろうか。 小松は思案する。 異世界に旅立つならば、根回しをしておかなければならない。それは絶対だ。 後を任せるのは、西郷と大久保だと決めている。あのふたりなら、薩摩を、日本を上手く導いて行くだろう。だが、ふたりの間に、軋轢が発生するかもしれない。それだけを小松は苦慮していた。 ゆきとふたりで三寧坂を上がって行く。 やはり坂であるから急であることは間違いなく、ゆきは少し息を弾ませる。 小松はゆきの手を取ると、そのまま引っ張ってゆく。 ゆきははにかむように頬を紅くするが、それが可愛くてしょうがなかった。 「有り難うございます。小松さん」 「華を助けるのは当然でしょ?」 小松がさらりと言うと、ゆきは切なそうな表情をした。 「どうしたの? ゆきくん」 「何でもないです。ただ、私は華と呼ばれるのが余り好きではありません」 ゆきの凛とした態度に、小松は少しだけ驚く。だが、ゆきらしいとも思った。ゆきだからこそこんなことを言うのだろう。小松は、やはり好ましい娘だと思った。 「どうして、余り好きではないの?」 「華って、なんだか響きが切ないというか。十把一絡げに聴こえるから……」 そこでゆきは真っ赤になる。恐らくは、十把一絡げに見られるのが嫌なのだろう。 小松は益々好ましいと思った。 「では、これからは君の意思を尊重して、言わないようにするよ」 「はい、有り難うございます」 ゆきはホッとしたように身体から力を抜いた。 坂を上りきって、清水寺に向かう。 「ここから見る京は、また違って見えるよ。良い意味でね」 「はい」 怨霊がいて、政情が不安定な京。 ゆきは、真摯な眼差しで、じっと京の町を見つめている。その横顔は、龍神の神子に相応しい。世の中を憂いでいる顔だ。 ゆきの横顔は驚くほどに綺麗だった。じっと見つめていたいと思うほどに綺麗だった。 「京の町が早く浄化されて、きれいになれば良いですね」 「そうだね。それには世を変えなければならないだろうね」 「はい。そのために私たちは、頑張らなければならないですけれど……」 ゆきは前を向いて揺るぎなく明日を見ている。その視線は、幸せなこちらの時空を見つめているようだ。 「そのために全力を尽くそう。私たちも」 「はい、小松さん」 ゆきは絶対に、世界を清浄にしてみせるとばかりに、明るく真っ直ぐな瞳を向ける。 この瞳の横で、ずっと一緒にいたいと思う。 「さあ、そろそろ行こうか」 「はい」 ゆきは名残惜しげに返事をすると、小松を切ない笑顔で見た。 「また、来よう。ふたりでね」 「はい」 小松はさりげなくゆきの手を握りしめると、そのままゆっくりと歩いてゆく。 このままこの手を離したくはなかった。 ゆきが贈ってくれた時間は本当にあっという間で、瞬く間に終わってしまった。 「今日は本当に楽しかったです。有り難うございます」 ゆきは機嫌よく笑ってくれる。 「また、行こう」 「はい!」 約束。 そのためにはまだまだ生きなければならないと、小松は思った。 ふたりで手を繋ぎながら、のんびりと家路を辿る。 ゆきははにかみながらも、小松の手を一所懸命握りしめている。それがまた可愛い。 小松はおもわず目を細めて見つめてしまう。 それほど温かな気分だった。 願わくは。 ずっとこのような時間を重ねてゆきたかった。 ゆきとふたりで、ずっと一緒にいたい。 小松は、そのために準備をしなければならないと、思った。 生まれた世界から出なければならないだろう。 その覚悟はできた。 ゆきと共に生きたい。 小松には最早それしかないと、思った。 何があっても、何が起こっても、ゆきと一緒ならば、後悔はしない。 ゆきと過ごしたかけがえのない時間を重ねて、小松は想いを育てていった。 |