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いつも見てくれているから、頑張れる。 小松に淡い想いを抱きながら見つめているうちに、ゆきは気付いたことがあった。 小松はいつも自分が前面に出ない。 いつも誰かを前に出す。それも、明らかに自分よりも力がない者を。そして、でしゃばることはなく、その人を全力で支えているのだ。 これにはゆきは流石に凄いと思わずにはいられなかった。 そして、どうしても手詰まり感がある時にだけ、自分がさりげなく出るのだ。 本当に凄いと思う。 考えるのは全体のことだけで、自分のことは考えることはない。 なんて人なのだろうかと思った。 常に、さりげなく、ナンバー2なのだ。 このようなひとがいなければ、新しい世の中は成し遂げられないのだろうと、ゆかは思った。 ゆきにも、ゆきが一番良い方法で前へとサポートしてくれるのだ。 ゆきは、小松を見れば、見るほど、接すれば、接するほどに、好きになってゆく自分に気づいていた。 もっとこのひとのことが知りたい。 もっとこのひとのそばにいたい。 ゆきは小松への想いを日に日に募らせてゆく。 小松の働きぶりを見るにつけ、ゆきは尊敬にも似た感情を抱いていた。 このひとがいつも見守ってくれているから、ゆきは先に進める。 だからこそ、大きな試練に向けて、頑張ることが出来るのだと、ゆきは思わなかった。 今日も怨霊の封印に力を尽くした。自分の力を最大限使って封印をするせいか、夜にはくたくたになっていた。 くたくた過ぎて、溜め息を吐いてしまいたくなるぐらいにだ。 部屋で休んで、明日に向けて体力を温存しなければならないが、ふと庭に出たくなった。 頭を空っぽにして、ぼんやりと夜空を眺めたかった。そうすれば、リセット出来るような気がしたのだ。 ゆきが縁側に腰掛け、庭をぼんやりと見つめていると、ふと人影が見えた。 「どうしたの? ひとりでぼんやりして。今の君は何をすべきか分かっていると思うけれど」 小松はゆきを突き放すように、冷たく言う。だが、言葉とは裏腹な優しい眼差しを送ってきた。 「部屋に戻って休息するのも必要だと思いますが、今は星を見て、ぼんやりしたくて」 ゆきが空を見上げながら呟くと、小松は静かに横に腰を下ろした。 「確かに、たまにこうして夜空を見るのも良いものだけれどね」 「小松さんは気分転換ですか?」 ゆきが声を掛けると、小松はフッと薄く笑った。 「そうだね。確かに気分転換かな。気分転換は必要だからね」 小松はしみじみと云うと、視線を星からゆきに移した。 「小松さんは大変じゃないですか? 八葉としても力を貸して下さっていますが、薩摩藩の家老としても尽力されていますよね。新しい世の中の為にも。私よりも小松さんのほうがお疲れで頑張っていらっしゃるのに、私はふがいがないなあって思います」 「私には優秀な部下がいるからね。それだけだよ。だから、私は随分と楽をさせて貰っているよ。だから、八葉としての責務を果たせるし、そうする勝手をさせて貰っているからね」 小松の言葉に、ゆきは胸が熱くなる。 嘘だ。誰よりも小松が頑張っているのは、明白だ。これ以上はないぐらいに、頑張っている。 小松が誰よりも働いていることは、ゆきが一番わかっていた。 まるで小松が生き急いでいるようにすら見える。 この人は、志が為ったら消える気だ。 ゆきは敏感にそれを感じずにはいられなかった。 「小松さん、ちゃんと休んで下さいね。ちゃんと休まないと、本当に怒りますから!」 ゆきが厳しく言っても、小松は微笑むだけだ。 「君こそちゃんと休みなさい。良いね」 逆に小松に言われてしまい、ゆきはしゅんとするしかなかった。 「……小松さん、生き急いでいないですか?」 「私が? まさか」 小松は心外とばかりに呟く。それがわざとであることは、ゆきは本能でわかっていた。 「ただ、志を成したら、ゆっくりとしてみたい。世界を見て回りたいし、出来たら君の世界の本当の姿を見てみたい」 小松は空の向こうに広がる明るい未来を、ただ真っ直ぐ見つめている。 その眼差しは希望と、どこかほろ苦い切なさを滲ませていた。 「だから、君が心配するようなことは考えてはいないから」 小松は優しい眼差しをゆきに向ける。あまりに優しい眼差しだったから、ゆきは胸が痛くなる。こんなに優しい眼差しで小松に見つめられたことは、今までなかった。 だからこそ、ゆきは不安になる。 小松は、静かに消えることを望んでいるような気になってしまう。 「ゆきくん、君が思っているようなことは、本当に考えてはいないから。心配しないで」 「本当に?」 「本当」 「約束してください」 ゆきは小松に強い眼差しを向ける。すると、小松は苦笑いをする。 「約束は破られる為にあるんだよ。それでも良いの?」 小松はゆきをからかうようにクスクスと笑いながら呟いた。 本当にたちが悪い。 「それでもです!」 ゆきが頑なに云うと、小松はようやく微笑んだ。 「解ったよ、神子殿。だったら、約束しようか」 「はい」 ゆきが頷くと、小松はふわりと笑う。なんて魅力的な表情をするのだろうかと、ゆきは思った。 「小指と小指を絡めて、ゆびきりげんまんです」 ゆきが笑いながら言うと、小松は頷いて、指と指を絡めてくれる。 こうしていると、くすぐったいぐらいに甘くて幸せだった。 「ゆびきりげんまん、嘘ついたら、針千本飲ます。ゆび、きった」 小さな女の子がするようにゆきが言うと、小松はいつまでも笑っていた。 「明日からまた頑張ろうか。だから、今夜は早く眠りなさい」 小松はいつものように説教臭く呟く。 「はい」 「じゃあ、早く部屋に戻りなさい」 「はい」 ゆきは立ち上がると、一瞬、切ない不安にかられて、小松を見つめる。 「ほら、早くいきなさい。君が眠らないと私も眠れないから」 「はい」 後ろ髪を引かれる思いで、ゆきは部屋に戻った。 寝床についてからも、いつまで経っても、小松の”約束は破られる為にあるんだよ”という言葉が、脳裏について離れなかった。 小松のことを考えるだけで、甘く華やかなのに、何処か重い感情をもて余す。 ゆきは、何度も溜め息を吐いて、寝返りを打っていたが、いつのまにか眠りに落ちる。 深い眠りで、夢すらも見なかった。 |