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約束は破られる為にある。 自分で言っておきながら、それは真実を突いていると、小松は思う。 約束は、駆け引きの道具をされるのが常で、小松もそのような世界で生きてきた。 だが、ゆきとの約束は、守られるためにあるのではないかと思う。 ゆきとの約束は、どうしても守らなければならないと、小松は強く感じていた。 ゆきとの約束は、何よりも守らなければならないという気持ちにさせられる。 これは、ゆきには嘘を吐きたくないという気持ちが、小松にこのような気持ちを抱かせる。 これが何を意味しているのか、小松はいつものようにもう気がついていた。 恋情に裏打ちされているのだろう。 そこまで分かっていながらも、小松は決して口には出来なかった。 この想いを、感情を。 自分が一方的に抱く感情であることは、分かっていた。 自分の感情を、一方的に押し付けるなんてことは、小松には到底、出来なかった。 「……本当は分かっているんだけれどね……」 見守ることしか出来ない恋なのだ。 見守ることで、ずっとそばにいられる恋なのだ。 それが分かりきっているからこそ、小松は見守る視点でしか、ゆきに恋心を表すことが出来なかった。 だからこそ突き放す。 だが、ゆきはそれを嫌ってか、小松にどんどん近付いてくる。 それがジレンマで、小松をひどく悩ませていた。 あの華奢な身体を抱き締められたら、こんなにも幸せなことはないのにと、小松は思わずにはいられなかった。 小松はあくまで、ゆきを見守るスタンスを崩さない。 ずっと大人の男としての態度を崩さないのだ。 ゆきにはそれが辛かった。 小松は、ゆきのことを、やはりただの女の子としてしか、見てはいないのだろうか。 ひとりの女性としてまともに見てはくれていないと、ゆきはひしひしと感じていた。 いつも、あくまで少し引いたところで見守ってくれている。 それがとても心地が良いから、ゆきは前を向ける。だが、同時に甘い恋心を否定されているような側面も持っている。 だからこそ苦しい。 このことを、小松は分かっているのだろうかと、心苦しかった。 今日も怨霊の封印に奔走する。 いつもよりも身体が重くて、封印する度に、ゆきの身体の疲労はひどくなる一方だった。 くらくらして、めまいがする。 だが、やらなければならない。 怨霊の封印が出来るのは自分だけなのだから。 ゆきは必死になって、怨霊を何とか封印する。 疲労が蓄積をされてかなり辛い。 だが、やらなければならない。 今日やるべきの封印はあとひとつのところで、小松に声をかけられた。 「ゆきくん、君は相当、疲れているんじゃないの? 今日はもう止めてしまったら?」 小松は何処か突き放したように言うが、そこには小松らしい優しさがあることを、ゆきは感じ取った。 出来たら甘えたい。 だが、そんなことが出来ない自分がいる。 神子としての責任を放り出してしまいそうな気がして、ゆきはあえて、首を縦には振れなかった。 「大丈夫ですよ」 笑顔で小松に言うと、溜め息を吐かれてしまった。 「君は相当頑固だね。本当にびっくりするぐらいに」 小松は呆れ果てるように溜め息を吐いたあと、薄く笑った。 「しょうがないね。神子殿は責任感が強いから。それでこそ、私たちの神子殿なのだろうけれどね。私も助けるから、なるべく体力は温存しないといけないよ」 小松は結局、薄く笑って、認めてくれた。 ゆきの気持ちをきちんと理解してくれる。それは、小松が責任を持った家老だからかもしれない。 「とにかく、私が君を何とか助けるからから」 「有り難うございます」 ゆきは噛み締めるように言うと、小松を真っ直ぐ見つめた。 いよいよ本日、最後の怨霊封印だ。 さすがにこれ以上封印を続けると、当分の間、起き上がれなくなる。だからこそ、ギリギリのラインでの封印だった。 これが終われば休める。 それに、小松が見守ってくれている。 だから大丈夫。 絶対に大丈夫。 ゆきは自分に強く言い聞かせて、怨霊の封印を終えた。 その瞬間、身体から力が抜けて行く。 「ゆきくん……!」 小松の声がする。 見守ってくれているから、総てを託しても大丈夫。 ゆきはそう思いながら、ゆっくりと闇に堕ちていった。 ゆきが倒れるのは、最初から分かっていた。だからこそ、すぐ近くに場所を取り、闘っていたのだ。 最後まで神子の闘いを見届ける。 それが自分の使命だと、小松は思った。 倒れるゆきを直ぐに抱き止めて、小松は目を閉じた。 こうなることは想定していたから、駕籠の準備もしていた。 直ぐに宿屋に連れて帰ることが出来るだろう。 予想出来たことではあるが、やはりゆきが倒れるというのは、余り良い気持ちはしなかった。 ゆきを救いたいと思う心と、恋心が強かったからだ。 都に付き添って貰い、ゆきを駕籠に乗せる。 小松は見守るしか出来ない自分が、とても歯痒かった。 気が付くと、ゆきは宿屋の寝具に寝かされていた。 ギリギリまで頑張った報いだ。しょうがないとゆきは思う。 切なくて厳しいほどに重い気分だ。 最初に視界に入ったのが小松だったから、ゆきはほっとした。 「ゆきくん、余り無理をしないようにね。いつも、いつも、駕籠を準備できないから」 小松の厳しい声が響く。 「はい、有り難うございました、小松さん」 ゆきは柔らかな笑顔で、小松に礼を伝えた。 「無理をしてはいけないよ」 「小松さんが、ずっと見守って下さっているから安心なんです」 ゆきの言葉に、小松は驚いたように目を見開いた。 「小松さんが、見ていて下さるので、私は安心なんです」 本当にそう思っていたからこそ、ゆきは口にした。 「……君って子は、本当にどうしようもない子だ……」 魂の底からうち震えるような声が聞こえたかと思うと、いきなり小松に抱き締められた。 息が出来ないぐらいに強く抱き締められる。 ゆきは甘い苦しみに、初めて感じる種類の幸福を覚えた。 この幸せは小松からでないと、感じられない。 ゆきは本能でそう感じた。 離れられない。 お互いにそれを強く感じていることを、ふたりは知った。 ゆきは、戸惑うことなく、小松を強く抱き締める。 こうしなければ、小松が離れてゆくかもしれないと、強く思った。 お互いにお互いを捕まえるように、ふたりは暫く抱き合っていた。 |