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小松と一生、一緒にいられる。 ゆきにとっては、それが一番の幸せであることを、改めて感じた。 本当に幸せだ。 小松と供にいる日々は、なんて素敵なのだろうかと思う。 ゆきは、邸の者たちから色々と学ぶ花嫁修行に入っていた。 先ず、最初に覚えたのは、糠漬け。 小松が好きだからと、ゆきは覚え始めた。 確かに、小松は甘いものが苦手だから、お茶請けには糠漬けがちょうど良いのだろう。 小松らしいと思う。 糠漬けは毎日掻き回して空気を入れなければいけないから大変だが、それでも小松が喜ぶ表情を思い浮かべると嬉しくなる。 小松が執務の小休憩を取る合間に、ゆきはお茶と糠漬けを出す。 「小松さん、どうぞ」 「有り難う。ゆき、着物が出来上がったと、先ほど連絡があったそうだよ。祝言用のものも一緒だよ」 「有り難うございます」 着物は余り華美ではないものを選んだ。 武家の妻らしいものを選んだつもりだが、もう、そんな体裁は気にすることはないのかもしれない。 「明日から着替えなさい。その着物も好きだけれど、やはり私は君に花らしくしてもらいたいと思っているから」 「はい」 この世界にふさわしい格好をする。 神子ではなく、ひとりの女の子として。 いや、もう“女の子”なんて言葉自体が相応しくなくなるのかもしれない。 もうすぐ小松と結婚する。 二度と離れない契りを交わすのだ。 甘い緊張は感じるけれども、同時に充実感も味わう。 本当に幸せだとゆきは思う。 こんなにも幸せを感じる日々は他にないのではないかと思った。 「ゆき、着物に着替えて見せてくれる?明日よりも、今、見たくなってしまったよ。私は」 小松に頬を撫でられると、ゆきは恥ずかしくて堪らなくなる。 「奥邸に、手伝いを向かわせるから」 「はい」 ゆきは小松に軽く頷くと、真っ赤になりながら、部屋を出た。 恥ずかしくて、顔が熱い。 小松は気に入ってくれるだろうか。 それだけが気にかかる。 小松の上掛けで良いと思っていたが、それでは困るとばかりに言われたので、一緒に反物を選んで貰ったのだ。 小松と一緒に選んだものだからこそ、似合うかどうかドキドキしてしまうのだ。 奥邸の自室に入る。 この場所を与えられるということは、小松の正式な妻であるということなのだ。 「奥方様。お手伝いに参りましたよ」 小松が着付けの手伝いの女性を寄越してくれたのは、本当に助かる。 やはり、ゆきの世界では、着物は日常着ではないから、上手く着ることが出来ないのだ。 「奥方様、きっとお似合いですわよ。御家老様が選ばれた反物が使われているのですからね」 「何だかドキドキします」 「……ドキドキで、ございますか?」 「はい、似合っていなかったらと思うと……」 「大丈夫でございますよ」 手伝いの女性は太鼓判を押すように笑ってくれる。それが、ゆきには嬉しかった。 女性は手早く着物を着付けてくれる。 その手つきを見つめながら、ゆきは一所懸命に覚えていった。 「まあ、神子様、本当にお綺麗ですわ」 着付けが終わると、女性は感嘆の声をあげる。 「きっと御家老様もお喜びになりますよ」 女性はしっかりと頷くと、ゆきに笑いかけた。 「きっと御家老様は、奥方様がどのように着物を着こなされるか、楽しみにしていらっしゃいますよ」 女性は自信ありげに言うと、ゆきの手を取った。 「では、参りましょうか、奥方様」 ゆきは、小松の執務をする部屋に、堂々と連れて行かれた。 小松は本当にこの姿を気に入ってくれるだろうか。 それだけが、気がかりだ。 「御家老様、奥方様をお連れ致しました」 「入って」 小松の声に、ゆきは緊張しながら部屋に入ってゆく。 「お待たせ致しました」 ゆきが部屋に入ると、小松は柔らかく振り返る。 ほんの一瞬ではあるが、小松はじっとゆきを見つめてくれる。 クールなのにとても熱い眼差しに、ゆきはドキドキせずにはいられない。 「有り難う、君は下がっても構わないよ」 「有り難うございます」 女性が部屋から出てしまい、ゆきの緊張は最高潮に達する。 小松はこの姿を気に入ってくれるだろうか。 ふたりで選んだ反物だからだ。 じっと小松に見つめられると、ゆきはいたたまれなくなる。 本当に小松が気に入ってくれるのかが、不安になった。 小松はじっと見つめたままで、黙ってしまっている。 ゆきは不安になり、小松を見つめた。 するといきなり抱き締められてしまう。 こんなにも強く抱き締められるとは思ってもみなくて、ゆきは思わず目を見開いてしまう。 「ゆき、とても綺麗だよ……。誰にも見せたくはないぐらいにね……。よく、似合ってるよ。流石は私の君だ」 小松に艶やかな声で囁かれると、ゆきはいてもたってもいられなくなってしまう。 ドキドキし過ぎて、息が出来ない。 「その反物を選んだのは正解だったようだね。だけど……、君をいち早く私のものにしたくなってしまったよ……」 小松の甘い声に、ゆきの全身は華やかに震えてしまう。 ドキドキして、心が震えてどうしようもなくなる。 緊張の余りに、心臓がひとりでに走り出してしまうのではないかと、ゆきは思った。 緊張に震えているくせに、ゆきはこのままずっと抱き締めていて欲しいと思う。 「……私は、もう小松さんのものです……」 恥ずかしさの余りに、ゆきは消え入るような声で呟いた。 すると、小松は官能的にフッと笑う。 「……本当の意味でだよ、ゆきくん……」 本当の意味。 ゆきは、その言葉の意味を理解して、瞬時に真っ赤になる。 「……私は、君を本当の意味で妻にする。今すぐにでも。祝言はあくまで儀式だからね……。私は、もう待てないよ、ゆき……」 小松の甘い声に、ゆきは逃げられないと悟る。 逃げる気もないのだが。 小松はゆきに唇を重ねる。 しっとりとしていて、情熱的なキスに、ゆきは溺れてゆく。 小松とキスをするだけで、幸せに充たされる。 唇が離れると、小松はゆきを真っ直ぐ迷いない瞳で見つめた。 「ゆき、今夜から私は君と同じ奥邸で寝起きをするよ。君を離したくはないからね」 「……小松さん……」 「こら、名前で呼んでと言っているでしょ?」 小松はフッと笑うと、ゆきに自分の額を密着させる。 「……帯刀さん……」 なかなか呼べなくて、ゆきは真っ赤になりながら、小さな声で呟いた。 「ゆき、今夜から、君を離さないから、そのつもりで。小松さんとは、もう呼ばせないからね」 小松の言葉に、ゆきは息が出来ないぐらいの熱を感じた。
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