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ことばが、ゆきの中で大きくなり、驚かずにはいられない。 ドキドキし過ぎて、このまま心臓が暴れ過ぎて、突然、止まってしまうのではないかと、ゆきは思った。 何も言えないし、どう反応をして良いのかも、ゆきには分からなかった。 どうしようかと、うろうろとしてしまう始末だ。 「どうして、君は何も言えないの?」 「……何を言って良いのかが解らなくて……」 「嫌なの?」 「嫌ではありませんが……」 ゆきはゴニョゴニョと、正直な気持ちを呟く。 「そ。だったら、異論はない。ということで良いね」 小松はキッパリと言うと、ゆきに甘い笑みを送る。柔らかな笑みに、ゆきはつい夢中になって見つめてしまう。 とても素敵な笑みだ。 ドキュメントしながら、見つめずにはいられない。 「では、色打ち掛けを着て。君なら最も似合うと思うけれど」 「あ、ありがとうございます」 小松はあくまでクールだ。 『結婚する』なんて言葉が似合わないぐらいにクール過ぎて、ゆきは驚いてしまう。 本当にいつもの合理的で事務的な面が出てしまっている。 「小松さん……、どうして、私と結婚するなんてことを?」 何かあるとは思っている。 「花を手折って、早々に私のものにしたいと言ったら?」 小松は艶やかな眼差しを、一瞬だけ、ゆきに向ける。 ドキドキし過ぎて、ゆきは落ち着かなくなってしまう。 「……あ、あの、それは……」 ゆきは甘い緊張に、言葉を上手く発することが出来なくて、小松を見つめることしか出来なかった。 ゆきの余りにもの緊張ぶりに、小松はフッと微笑む。 「殿がお越しになるんだよ。私がいつまでも結婚しないことを心配しているのか、結婚を促したいと思っているようでね。それで、君にご登場願いたいというわけ。白龍の神子ならば、相手に不足はないからね。殿にご安心下さるには、ちょうど良いからね」 小松はあくまで事務的に淡々と呟く。 そういうカラクリなのかと、ゆきは妙に納得をしてしまうが、少し淋しいような気持ちにもなる。 小松に利用されてしまうから。 「私は、今、八葉としての職務にも集中しなければならないからね。だから、煩わしいことは、片付けてしまわなければならないからね」 煩わしいこと。 確かに小松にとっては、そうなのかもしれない。 煩わしいことなのかもしれない。 「……それでお役に立てるなら……」 ゆきは無意識に少しだけトーンを落としてしまう。 小松のためになりたいから、こうして受けるのだ。 そして、他の誰にもさせたくないという気持ちもあった。 「ゆき、君には悪いようにはしないから、心配をしなくても大丈夫だから……」 「有り難うございます……」 ゆきは、不安と複雑なキモチから、つい小松の手を強く握り締めた。 呼吸が上手く出来ない。 ゆきの気持ちが伝わったからか、小松が然り気無く手を強く握り返してくれた。 「さ、ここで着替えて。殿がお越しになるまでは、まだ、時間があるからね。しっかりと頑張って」 「はい、有り難うございます」 ゆきは不安と緊張で、喉がからからになるのを感じながら、別室へと案内された。 別室では、着付けと化粧をしてくれる方がいて、ゆきは人形のように、そこにいるだけで良かった。 あくまでこれはお芝居なのだ。 ゆきは強く思う。 ゆきは綺麗に着付けをされながら、どんどん淋しい気持ちになっている自分に気がついた。 これが本当のことならば、こんなにも嬉しいことはないのに。 きっと華やいだ気持ちでいっぱいになり、素敵な気持ちになっていることだろう。 『私の妻にする』 そんなことをストレートに言われたが、それがお芝居ではなくて、本当のことならば、これ以上に素敵なことはないと思うのに。 それが切ない。 ゆきは、どんどん自分が花嫁らしく変わってゆくのを見つめながら、同じ愛するひとの為に花嫁衣装になるのは変わらないが、それがもっと違う状況であったら良かったのにと、思わずにはいられなかった。 「本当に神子様はお美しいですわね。これだと、うちの殿も、薩摩様もご満足されますわ。神子様のお世話を直々に出来るようになることを、私たちもとても楽しみにしておりますわ」 「私もです……」 ゆきは、まさかこれが、小松が打っている芝居の一環だとは、どうしても言えなくて、曖昧に笑うだけで何も話すことが出来なかった。 「まあ!本当にお美しいですわ!こんなにも美しい花嫁様は初めてでございますわ!」 女性は心から言ってくれているのが分かり、ゆきは素直に嬉しかった。 これが本物であれば。 それ以外に考えられなかった。 ゆきは、ドキドキしながら、鏡を見つめる。 いつもの自分と違うようで、違わないような気がした。 「さあ、ご家老をお呼びしなければなりませんわ!行って参りますわ」 「はい」 ゆきは、女性を見送りながら、かなり不安になる。 ドキドキする。 小松が本当に気に入ってくれるのだろうか。 綺麗だと思ってくれるのだろうか。 そればかりが気になる。 花嫁としての適合よりも、小松に気に入って貰えるかどうか、綺麗だと思って貰えるかどうか、ばかりが気にかかる。 「入るよ、ゆきくん」 小松の凜とした声が聞こえたかと思うと、静かに部屋の中に入ってきた。 殿が見えるためか、きちんと裃をつけた正装をしている。 やはりよく似合っていて、素晴らしい。 ゆきは鼓動を高めながら、小松が部屋に入って来るのを、見つめる。 小松は鋭い眼差しを、ただ真っ直ぐゆきに向けてくる。 厳しさと艶めきが交差する眼差しに、ゆきは緊張せずにはいられない。 なんて華やかな眼差しなのだろうか。 同時にどこまでも冷静だ。 「ゆきくん、悪くないね。殿の前でも通用する」 「有り難うございます」 小松はあくまで仕事の一環だと思っているのか、とても整然としている。 小松に誉めて貰うことを期待するのは、駄目なのだろうか。 とても厳しい。 「さあ、行こうか、ゆきくん。殿をお迎えしなければいけないからね」 「はい」 小松はゆきの手をギュッと強く握りしめると、部屋から出ていく。 「私の手を良いと言うまでは、絶対に離してはいけないよ。良いね」 「はい」 小松が手を握りしめる強さと比例して、ゆきのときめきは盛り上がっていった。 |