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これはただの偽り。 なのに、最高潮にときめいてしまう。 花嫁のように美しく着飾って貰い、小松とこうして手を引かれて歩く。 これが本物であれば良いのにと、ゆきは感じずにはいられない。 ちらりと横にいる小松を見つめると、いつもと同じクールなままだ。 小松が何を考えているかを、ゆきは上手く読み取れないままで、ただ静かについて行く。 立派な大広間に続く襖の前で、小松が立ち止まる。 「ゆき、この奥に殿がいらっしゃる。きちんとお迎えをするよ。粗相がないように」 小松は落ち着いた声で言うと、静かにそして堂々と三つ指をついて正座をする。 ゆきもそれに倣う。 まるで時代劇の中に入り込んだような気持ちになった。 気持ちが引き締まる。 襖の横にいた薩摩藩の武士が、小松に目配せをする。 小松も静かに頷いて頭を下げた。 小松がへりくだる数少ない相手だ。 「殿、小松帯刀でございます」 「入れ」 「はっ」 小松の返事と同時に、襖が開かれる。 すると薩摩藩主島津茂久が、堂々と姿を現した。 「帯刀、苦しゅうない。面を上げてくれ。横の者も」 島津茂久の声に導かれるように、ゆきは顔を上げた。 そこには威風堂々とした島津茂久が君臨している。 やはり、この国を牽引している薩摩藩主だけある佇まいだった。 「この者が、そちが選んだ奥方か?」 島津茂久は、ゆきを値踏みするように見つめてくる。ゆきは緊張しながら、ぎこちなく視線を受け止めることしか出来なかった。 「はい、殿。私が選んだ者でこざいます。こちらは蓮水ゆき、龍神の神子でございます」 「ほお……、龍神の神子殿とな。龍神の神子殿を奥方にするのは、帯刀しか出来ぬことか」 島津茂久は興味深く呟いた後、満足したとばかりに微笑みながらしっかりと頷く。 「結構!これは目出度い。帯刀自ら奥方を選ぶとはな。亡き殿もお慶びになるだろう。この婚姻認めるぞ!」 本当に楽しそうに言う島津茂久に、ゆきはほっとする。 これで上手く役割を果たすことが出来たと安堵する。 「有り難き幸せにございます」 小松が恭しく言うと、深々と頭を下げる。ゆきもそれに倣った。 「祝言は盛大に薩摩で行うか。ただ、そちはかなり忙しい身だ。この京屋敷か、江戸屋敷で行うのも良かろう」 島津茂久はすっかりその気になってしまい、笑顔で何度も頷いた 「そのつもりでおります。先ずは殿に真っ先にご報告をした後に、仮祝言をと思っております」 小松は淡々と恭しく言っているが、聞いているゆきは、内心、ドキドキが止まらなくて、どうして良いのかが、よく分からなかった。 これは偽り。 あくまで、島津茂久公に納得してもらう為のものであるのに。なのにどうしてこんなにも幸せな期待をしてしまうのだろうか。 「そうか! だったら、私の立ち会いの下で、今から仮祝言を挙げてはどうか。簡単なものならば、直ぐに準備が出来るであろう。どうだ、帯刀、神子殿」 いきなり、島津茂久の前で仮祝言を挙げるなんて、あり得ない。 ゆきはそう思いながら、小松をちらりと見る。 島津茂久の前で、仮祝言を挙げてしまえば、それは既成事実になってしまうのだろう。 自分はともかく、小松はどう思っているのだろうか。 ゆきは不安な気持ちで、小松をちらりと見た。 「……はい。有り難き幸せにございます」 いきなりの展開に、ゆきは開いた口が塞がらない気持ちだった。 「では、さっそく、盃だけでも酌み交わしてしまおう。さ、準備を」 茂久の命を受け、小松が横にいた武士に指示をし、すぐに準備に取り掛かられる。 「帯刀さん、そ、それは」 「君は嫌なの?」 「い、嫌ではないですけれど……」 「だったら、戸惑わずに黙ってなさい」 小松はピシャリといい放つと、真っ直ぐ島津茂久に視線を向けた。 「神子殿と帯刀は、本当に仲睦まじいようで、嬉しい限りだ。末永く幸せにな」 「有り難き幸せにございます」 小松は落ち着いて話をしながらも、何処か幸せそうに見える。 本当にゆきと婚礼をして良いと思ってくれているのであれば、それもまた幸せで嬉しいことだと、思った。 ゆきは華やいだドキドキに、胸が満たされていっぱいになる。 幸せな気持ちと、一抹の不安を感じずにはいられない。 「神子殿も、そんなに緊張されなくても構わない。目出度い席なのだから」 「有り難うございます」 答える声が震えてしまい、ゆきはかなり緊張していることを肌でひしひしと感じていた。 準備は、薩摩藩京屋敷の力か素早く終わった。 ゆきと小松は、島津茂久と向かい合い、近いの杯を交わす。 「祝言は盛大に執り行うからそのつもりで。今日は、仮だから大したことが出来ずに申し訳がないが」 島津茂久は、本当に嬉しそうにしてくれ、心から祝福してくれている。 ゆきはそれがとても嬉しい。 三三九度の真似事をして、盃を交わす。 本当に小松と結ばれている。 そんな気持ちになり、ゆきは幸せで満たされた気分になる。 横にいる小松をちらりと見る。すると、凛とした姿で盃を交わしていた。 「帯刀、世継ぎを楽しみにしておるぞ」 世継ぎ。 その言葉を聞くだけで、本当に結婚が現実性を増し、ゆきはドキドキしてしまいしょうがなかった。 「はい」 小松はといはえば平然と頭を下げている。 大人の余裕なのだろうか。 ほんのすこしだけ、それが悔しい。 「……ゆき」 「はいっ」 小松に促されるように、ゆきもまた頭を下げた。 「龍神の神子殿、帯刀を幸せにして下され。頼みましたぞ」 島津茂久の優しい眼差しと言葉が、ゆきの心に染み透る。 自分に出来るのならば、小松が幸せになるために手を貸せたらと思わずにはいられない。 その立場になれたら良いのにと、強く思っていた。 「はい!」 ゆきは自分の想いを込めて、力強く返事をする。 「安心しましたぞ。神子殿。あなたにしか、帯刀を幸せにすることは、できませぬからな」 島津茂久は、ゆきに優しく微笑んで頷いてくれた。 「お殿様、有り難うございます」 「こちらこそ、宜しく頼みますぞ。それでは、これにて」 「はい」 ゆきは小松とふたりで、島津茂久を見送る。 とても嬉しくて、笑顔になってしまう。 「素敵なお殿様ですね」 「殿だからこそ、私は家老でいられるんだよ」 小松は尊敬と友愛の念を込めて微笑んでいる。 ゆきは、ふたりの関係がなんて素敵なのだろうかと、思わずにはいられなかった。 小松が再び手を引いてくれて、ゆきは元の部屋へと戻っていく。 「ゆきくん、分かっている?君と私は殿の前で、婚姻すると誓ったんだよ。ということは、君はもう逃げられないということだよ……」 小松は艶のある声で微笑みながら呟く。 大人の男の色香に、ゆきはときめかずにはいられない。 ドキドキし過ぎて、上手く答えられないでいると、いきなり抱き締められる。 「……あ……」 ゆきはただ甘い吐息を溢すことしか出来なかった。 |