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解っている。力を使いすぎたのだ。 だが、後悔なんてない。 愛するひとの世界を守るために使った力なのだから。 ゆきは一片の後悔なんてしないと、強く思う。 ゆきは身体をゆっくりと起こした。 そろそろ起きなければ、八葉たちに気付かれてしまう。 間もなく、小松もやってくる時間だ。 もたもたなんてしていられないのだ。 ゆきは、身体の強張りを感じながら、少しずつうごかしてゆく。 こうしておくと、身体が少しずつではあるが、楽になってゆくのだ。 ゆきは深呼吸をしながら、起きる準備を進める。 誰に何を言われようが、怨霊の浄化を進めていかなければならないのだから。 ゆきにしか出来ないこと。 同時に、今、出来ること。 なのだから。 ゆきはようやく起き上がると、皆が待つ、食堂へと向かった。 「うん、有り難う」 ゆきは、都が残してくれていた朝食を少しずつ食べる。 ご飯を食べていると、不思議と元気になる。 きっと、八葉の皆がいてくれるからだろう。 それはかなり大きいとゆきは思った。 ゆきが食事をしていると、小松がやってきた。 「おはよう。ゆきくん、君はまだ朝餉を食べているの?」 「おはようございます、帯刀さん。少し寝坊をしてしまって、今、ようやく食事をしているところですよ」 「そう……」 小松は軽くあしらうかのように返事をすると、ゆきをじっと見つめた。 「ゆきくん、君、今日は怨霊の浄化を止めなさい」 小松にキッパリと言われてしまい、ゆきは目を見開いた。 身体の調子が余りよくないことが、小松にバレてしまっている。 最近は誰よりもゆきを気遣ってくれているから、ゆきの体調変化を誰よりも感じやすいのかもしれない。 だからこそ、ゆきは切ない気持ちになる。 小松には、いつでも前向きで負けない神子として、見つめて貰いたい。 弱々しい神子だとは、決して思われたくはなかった。 「大丈夫ですよ。ご飯だっていっぱい食べていますから」 ゆきはわざと明るい声で言ったが、切れ者である小松を誤魔化すことなど、出来る筈はなかった。 「ゆきくん、君は相当無理をしているよね?体調の良い若い花が、こうやって目の周りにクマなんて作る筈がないでしょ?」 小松は冷たい声で、淡々と言う。その声には厳しさが滲んでいた。 「だけと、怨霊を浄化しないと」 「君ね……、怨霊を浄化するのも、体調次第だということが分からないの?だったらこうしなさい。今から一ヵ所だけ怨霊の浄化に行く。そして、それからは薩摩藩邸で夜まで休息を取る。平田殿も、待っていることだしね」 平田殿。 ゆきの大好きな小松の飼い猫の誘惑には、やはり弱い。それに何よりも小松の傍にいられることは、ゆきにとっては何よりも大きかった。 「分かりました。小松さんの仰る通りにします……」 「良い子だ……」 小松は、小さな子供にするかのように、ゆきの頭を撫でつけてくれる。 何だかほわほわとして温かい。 ゆきは心が随分と解れていくのを感じていた。 怨霊の浄化を終えて、ゆきは小松と共に、薩摩藩邸へと向かう。 途中で茶屋に寄り、美味しいお団子を買って帰る。 「お団子を食べるのも、平田さんに会うのも楽しみですよ」 ゆきは楽しい気分で歩く。 「……甘味と仔猫に負けてしまうとはね……」 「小松さん、何か仰いましたか?」 ゆきがきょとんとしていると、小松は益々ため息を吐いた。 「何でもないよ、神子殿。さあ行くよ、ゆきくん」 「あ、はいっ」 ゆきは小松の後について駆けていった。 薩摩藩邸に入ると、藩邸の武士や下働きの女性たちが、それは嬉しそうに出迎えてくれる。 小松がようやく、結婚する気になったと思って、喜んでくれているのだろう。 そう思うと、ゆきは恥ずかしくて堪らなくなる。 だが、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。 小松の部屋に入ると、平田殿が嬉しそうに出迎えてくれる。 飛ぶように走ってくる姿が可愛くて堪らなかった。 「平田さん!」 ゆきは思わず抱き上げて頭を撫でる。すると平田殿は、喉をゴロゴロと鳴らしながら、ゆきの顔を舐めてくれる。 可愛くてしょうがない。 「平田さん、私も会いたかったんだよ。平田さんと一緒に遊びたかったんだ。今日はいつもよりも長く一緒にいられるからね」 ゆきが明るい声で言うと、平田殿は興奮ぎみに更に喉をゴロゴロと鳴らした。 「可愛いね、平田さんは」 平田殿を抱いているだけで、ゆきはほわほわとした幸せを感じずにはいられない。 なんて素敵な抱き心地なのだろうか。 将来は猫を飼って暮らしたい。 愛するひとと一緒に。 ここまで思ったところで、ゆきは真っ赤になってしまう。 思い浮かんだのは小松だったから。 むしろ、小松以外は考えられない。 「全く……。平田殿には妬けるね。この私が、猫に負けてしまうとはね」 小松がわざと溜め息を吐きながら呟いた。 見つめられて、ゆきは真っ赤になってしまう。 小松とふたりで平田殿と一緒に暮らしたいだなんて、そんなことを思ってしまったから。 「どうしたの?そんなに赤くなって」 艶やかに囁く小松は、ゆきをからかうように見つめている。このような瞳で見つめられてしまうと、ゆきは恥ずかしくてしょうがない。 「……知りませんっ」 ゆきが拗ねて小松に背中を向けると、益々からかうように笑う。 「ゆきくん、君は本当に可愛いね」 小松は甘さが含んだ声で囁くと、ゆきをいきなり抱き寄せてきた。 「……!!!」 いきなりのことで、ゆきは戸惑わずにはいられない。 「……ゆき」 名前を呼び捨てにされて、ゆきは益々落ち着かなくなる。胸の鼓動がどうしようもないぐらいに高まってゆく。 「無理をしないで、そのままの君でいて……。私が、君を支えていることを忘れないで。君を、保護したい。いや、君を私の傍に置きたい。薩摩藩邸にいれば、君は気晴らしも出来るし、落ち着くことも出来る。ここに来なさい」 小松の優しさや想いが温もりを通して伝わってくる。 ゆきは泣きそうになりながら、その温もりに甘えてしまいたくなる。 だが、神子なのだ。 ふたつの世界でただひとりの神子なのだ。 ここで甘えることなんて出来ない。 以前のゆきならば、直ぐに甘えていたかもしれない。 だが、今は違う。 「有り難うございます、小松さん。だけど、私……」 ゆきが真っ直ぐ小松を見つめ、真摯に呟くと、小松はふと、解っているとばかりに寂しい笑みを浮かべた。 「解っているよ。君はまだ私に甘えられないことは。だけど、これだけは覚えておいて。いつでも私に甘えてくれて構わないから」 小松は優しく言うと、ゆきの頬を柔らかく撫でてくれる。 小松が愛しくてしょうがない。 守りたい。 愛するひとが大切な世界を。 そのためにはどのようなこともいとわない。 そのために、この命が露と消えても構わないから。 愛するひとと世界を守る。 ゆきは強く心に誓った。 |