*たとえ逢えなくなっても*


 ゆきが日に日に弱くなっている。

 それを気づかない小松ではない。

 儚げに消えそうになっているゆきをこのまま見続けるのは、もう耐えられなかった。

 ゆきが消えるのを防ぎたい。

 ゆきを守りたい。 

 小松は強く想う。

 もう予断が許されない状況だということは、小松が一番よく解っているつもりだ。

 ゆきを消さない。

 自分に黙って、ひとりで耐えて消えるなんて、許さない。

 許されない。

 一度は断られたものの、小松は、早急に、ゆきを保護しなければならないと、考えていた。

 

 今日もリンドウの邸に向かう。

 ゆきにはしっかりと同行して、守るつもりだ。

 薩摩藩家老としてやらなければならないことは山ほどあるし、それを疎かにすることは許されない。

 だが、ゆきは何にも代えても守りたい。

 誰よりも愛する者の幸福を守りたい。

 その為ならば、どのようなことも受け入れる覚悟が小松には出来ていた。

 

 リンドウ邸に入り、小松は、挨拶もそこそこに、ゆきのところに行く。

 内心で桜智のことは笑えないと思ってしまう。

 ゆきの顔を真っ先に見たいと、思ってしまうからだ。

 八葉たちが集まる広間に入ると、ゆきが誰よりも早く小松の存在に気づいてくれた。

 花のような笑顔を向けられて、小松の心は甘く乱される。

 愛しい。

 このまま抱き締めたくなるぐらいに、愛しくてしょうがない。

「おはようございます、小松さん」

 ゆきは直ぐに声をかけてくれる。

 その笑顔がとても可愛くてたまらない。

「おはよう、ゆきくん」

「今日も宜しくお願いします。怨霊を沢山浄化しないといけないですから!」

 あくまでゆきは明るく振る舞う。それが、小松には痛々しく感じた。

 ゆきが怨霊を浄化する度に、命が削られているのは解っている。

 だからこそ、最近は、ゆきに怨霊浄化を推奨出来ない。それは個人の想いであり、薩摩藩家老としては、怨霊浄化を推奨しなければならない。

 なんてことなのだろうかと、思わずにはいられなかった。

 それならば、疲れさせないように、命を削る量を少なくする為にも、様子を見て、ほどよい所で、止めさせるしかないのだ。

 小松は強く思う。

「ゆきくん、行こうか」

「はい、お願いします」

 浄化をする為に向かうまで、八葉の誰もがゆきを心から守るように見つめている。

 誰もがゆきを気遣っているのだろう。

 小松だけではない。

 それだけゆきは愛されているのだろう。

 町の住人に白い目で見られ、陰口を叩かれるなかでも、ゆきは今にも消え去りそうな身体で、怨霊を浄化をしている。

 痛々しい。

 もう浄化なんてしなくても良いと、言いたくなる。

 だが、それはゆきが今までしていたことも、ゆきの想いすらも否定してしまうことになる。

 それだけは避けたかった。

 小松は、ゆきになるべく負担がかからないように、怨霊を薙ぎ倒してゆく。

 闘う力を削らせてしまいたくなかった。

 

 数体の怨霊は浄化した後、ゆきの顔色が冴えなくなっているのを、小松は見逃さなかった。

 この近くには、薩摩藩邸の上屋敷がある。

「ゆきくん、薩摩藩邸で少し休まない? 平田殿も待っているよ」

「平田さん! はい、喜んで!」

 子猫が大好きなゆきは、直ぐに描かになる。

 子猫にゆきの行為が奪われるなんて、小松は何だか悔しくなった。

「じゃあ、皆、ゆきくんを薩摩藩邸で預かるよ。責任を持って送るから」

 小松がキッパリと言うと、八葉たちは、渋々ではあるが納得しているようだった。

「じゃあ、ゆきくん、おいで」

「はい。では、皆、後でね」

 ゆきは無邪気な笑顔を小松に向けてやってくる。

 本当に可愛い笑顔で、小松は思わず柔らかく微笑んだ。

 邸に入ると、藩邸で働く者たちが色めき立つのが解る。

 ゆきと小松の姿を見て、嬉しいのだろう。

 世継ぎの誕生が近いと、強く思っているのだろう。

「ゆきくん、平田殿とゆっくりと遊ぶと良いよ。平田殿は、君に会うのを楽しみにしているから」

「はい。私も楽しみですよ」 

 ゆきを部屋に案内すると、平田殿は直ぐに起き上がって、ゆきに向かって突進してきた。

「平田さん!」

 ゆきは直ぐに平田殿を抱き上げる。

「私は少し仕事があるからね。たっぷりと遊んで行きなさい」

「有り難うございます」

 ゆきは、蕩けるような笑顔を小松に向けてくる。

 眩しい程の笑顔。

 この笑顔を守りたい。

 小松は強く思った。

 

 小松は執務を素早く済ませる。

 それほどまでして、小松はゆきの傍にいたいと思ってしまう。

 我ながら、どこまでゆきが愛しいのだろうかと思ってしまう。

 小松が執務を終えると、ちょうど頼んでおいた団子と抹茶が届いた。

 ゆきとお茶の時間を持つのも悪くないだろう。

「サトウくんの影響を受けているのかもしれないね」

 小松は苦笑いを浮かべながら、自室に戻った。

 すると、ゆきと平田殿が遊び疲れて眠っていた。

 あどけなく眠るゆきを見つめながら、小松は目の下にクマがくっきりと出ているのを見つけた。

「……相当疲れているんだね……。君は……。それ以上、君は自分を傷付ける必要はないよ。君は君の幸せを求めなさい。その為ならば、私はどのようなこともいとわないよ……」

 小松は優しく低いトーンで、ゆきに語りかける。

 柔らかな頬にそっと触れる。

 何もかも忘れて、自分だけを見つめて欲しい。

 そうすれば、何の不自由をかけないというのに。

「だけど、そんなことをしたら、君は哀しむね……。だから、私には出来ない……」

 小松は静かに語りかけると、ゆきの寝顔を見つめる。

 ならば、今、出来る限りのことをしてやりたい。

 ゆきを、薩摩藩邸で保護をすれば、身体も気持ちも、最大限に気遣ってやれる。

「……少しの間、君はうちの子になりなさい……。本当は、ずっとそうして貰いたいんだけれどね……」

 小松がゆきの頬をもう一度撫でると、ゆきの瞼が動く。

「……ん……」

 ゆきの瞼がゆっくりと開かれる。

 何度か瞬きをした後、旧に目が大きく開かれる。驚いたように、ゆきは飛び起きた。

「こ、小松さんっ!」

 ゆきは背筋を糺すと、小松を大きな瞳で見つめる。

「随分と疲れているんだね」

 小松がピシャリと言うと、ゆきは黙り込む。

 小松は、俯くゆきを、いきなり抱き寄せた。

「……あっ……!」

 か細い。

 このままでは折れてしまいそうだ。

「ゆきくん、以前にも言ったけれど、江戸にいる間はここで暮らしなさい。このままでは君が……」

 消えてしまうと言いかけて、押し黙ってしまった。

「……小松さん……」

 ゆきのか細い声が、小松の心を打った。




マエ モクジ ツギ