*愛人契約*

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 家に帰りたい。

 小松のそばを離れなければ、切なさで心が壊れてしまうのではないかと思った。

 苦しくてたまらない。

 ゆきにとっては初めての苦しみだ。

 だが、小松がそれを許してくれるとは、思わなかった。

 小松にも会えなくて、謹慎のような状態で、ゆきは胸が張り裂けて、このまま潰れてしまうのではないかと、本当に思った。

 仲良くなった秘書を通じて、帰りたいとも伝えたが、それは受け入れられなかった。

 愛人契約をしているからだ。

 だが、今は、そんな形だけのものなど、要らないのではないかと、ゆきは思う。

 実際は、小松のもとで、経済人として困らないための修業をしているようなものだったからだ。

 ゆきは、家でも小松に会うことなく、ひたすら淡々と生活をすることにした。

 勉強にとにかく打ち込む。落ち込んでなんか、いられないからだ。

 それに、経済の勉強をすれば、小松に打ち勝てるかもしれない。

 いつか、父親の事業を再生させることも出来るかもしれない。

 それを目標に、ゆきはひたすら勉強をする。

 小松に頼らなくても大丈夫なように。

 小松に恋する気持ちを少しでも少なくなるように。

 本当にそれだけだ。

 生木が裂かれるような小松への気持ち。

 これが、愛か恋かは解らない。

 そもそも、愛や恋というものがどのようなものかを、ゆきは分からなかった。

 小松のことを気にすることはないように、ひたすら勉強のことしか考えないようにする。

 そうして、この一週は何とか乗り切ることが出来た。

 小松がゆきを遠ざけた理由は解らないままだったが。

 恐らくは、財界のパーティが原因なのではないかと、ゆきは推測はしていた。

 粗相をしたつもりはなかったが、小松にはそう映ったのかもしれない

 個人秘書としては、相応しくはないと思ったのかもしれない。

 それはしょうがないと思いながらも、ゆきにとっては辛いことだった。

 

 勉強に逃避をするようになり、ペースがそちらメインになったところで、小松からの謹慎が明けようとしていた。

 だが、勉強を頑張りすぎたのと、心労からか、ゆきは体調を崩してしまった。

 風邪を拗らせたのだろうとは思う。

 熱も出てきたこともあり、週末は眠って過ごすことにする。

 小松も帰ってはきていないので、ゆきらひとり心細く、休養することにした。

 そこに小松がいたらと、つい甘えた気持ちを持ってしまう。

 だが、そんなことを抱いていたら、余計に苦しくなると、ゆきは何とか自制をしようとしていた。

 寒気もするから、布団にくるまってじっとしている。

 熱でついぼんやりとしてしまう。

 視界も歪んで見えるほどだった。

 朦朧と、現実と夢の世界をいったりきたりしているような気分だった。

 不意に、額に冷たいものを感じる。

 誰かが熱い額を冷やしてくれている。

 それは誰かがゆきには解らない。

 ただ、触れられるだけで、安心して心地がよかった。

 まるで、誰かに守られて、癒されているようだ。

 うっとりするぐらいに素晴らしかった。

 このままじっとしていたい。

 そんなことすら思ってしまう。

 ぼんやりとし過ぎて、上手く思考が出来ないが、それでも誰かに見守られているのが、ゆきには心地が良くてしょうがなかった。

 うとうとと夢うつつになっていると、冷たい感覚を唇に感じる。

 とても幸せだ。

 熱い部分を冷やして貰っているから、とても心地が良かった。

 だが、背中は震えを覚える。

 熱くて寒い、余り良くない状況だと思った。

「……寒い……、けれど……、熱い……」

 つい小さな子供のように、ゆきは譫言を呟く。

 すると、ふわりと温かい感覚が心に下りてくる。

 幸せだ。

 ゆっくりと眠れる。

 ゆきはそのままゆっくりと目を閉じた。

 

 幸せな夢を見た。

 小松と対等なパートナーになって、手を繋いで、柔らかで幸せな陽の光に包まれている夢だ。

 本当に幸せな夢。

 これ以上ないのではないかと思うほどに幸せだった。

 望んでいること。

 それは、小松が驚くような経済人になるのではなくて、本当は、対等なパートナーになることを望んでいる。

 ずっと一緒にいられるような、そんなパートナーになりたいと。

 夢を見て感じる。

 ずっと小松のそばにいる資格があるのだろうか。

 それがゆきを切なくさせる。

 切なさが再び下りてきて、ゆきは泣きそうになった。

 

 あれからは夢を見ることなく、ぐっすりと休むことが出来た。

 ゆきは、身体がずいぶんと楽になっていることに、ホッとしていた。

 幸せな束縛を感じる。

 ゆきはゆっくりと目を開けた。

「……あ……」

 小松の美しい寝顔がすぐ近くにあり、ゆきは目を開けて驚いてしまった。

 つい、息を飲まずにはいられない。

 昨晩は、小松がそばにいてくれたのだ。

 熱が出て、体調が芳しくないゆきのそばに、小松がいてくれたのだ。

 恐らくは、譫言と、「寒い」などと言ったからだろう。

 小松はゆきを温めるために、一緒にいてくれたのだ。

 それが嬉しくてしょうがなかった。

 ゆきは幸せを噛み締めながら、そっと小松に甘えるように、その胸に顔を埋める。

 こうしているだけで、世界で一番幸せな女の子のような気持ちになった。

 ゆきが目を開けたのに気づいたのか、小松がゆっくりと目を開ける。

 ゆきはまさか起きるとは思ってはいなくて、慌てて甘えるのを止めようとする。

 だが、小松の腕が、それを全力で阻止しようとする。

「あ、あ、あのっ、小松さんっ!?」

「ダーメ。君はまだ、私が温めなければダメなんでしょ?そんなこと、解らない?」

 小松はそれだけを言うと、ゆきを更に抱きすくめてくる。

 甘い抱擁に、ゆきは息が出来なくなる。

 それがまた嫌ではないから始末におえないのだ。

「あ、あのっ、こ、小松さんっ、お、お仕事はっ!?」

「今日は土曜日だから休みだ。休日出勤しないように、この一週間は頑張ったからね……」

 小松はくすりと微笑むと、ゆきを見る。

 小松が近すぎて、ゆきは顔に全身の血液が集中するのを感じる。

 小松の唇が近づいてくる。

 逃げられない。

 ゆきは自覚するしかなかった。

 小松の唇が重なる。

 キスをされた瞬間、これをずっと待っていたことを、ゆきは自覚せずにはいられない。

 小松の抱擁とキス。

 それ以外に、今、ゆきが欲しいものはなかった。



マエ モドル ツギ