*愛人契約*

11


 小松が看病してくれた優しさに、ゆきは泣きそうになる。

 その優しさが、唇から伝わってくる。

 小松は、まるで餓えていたかのように、ゆきの唇をむさぼり尽くしていった。

 以前、された甘いキスよりもずっと激しくて情熱的だ。

 ゆきは、小松のキスで一気に意識が飛ばされてゆくのを感じた。

 舌でじっとりと口腔内を愛撫される。

 背筋がぞわりとするぐらいに気持ちが良かった。

 つい小松をしっかりと抱き締めてしまう。

 それぐらいに小松がくれるキスは素晴らしかった。

 こんなにも甘いキスは、他にはないと思う。それぐらいに素晴らしいと思わずにはいられなかった。

 唾液でベトベトになるぐらいに激しいキスを受ける。

 キスが終わる頃には、ゆきはすっかり蕩けてしまいそうだった。

 キスのあと、小松はゆきを柔らかく抱き締めてくれる。

 幸せすぎて、ゆきはその胸に顔を埋める。

「小松さん、有り難うございます」

「何を?」

「看病して下さいまして」

「看病らしいことはなにもしていないよ」

 小松はしれっとクールに呟く。それがいかにも小松らしい。

 ゆきは、あれほど否定された気分だったのに、今はとても満たされた気分だ。

 小松にキスをされて、こうして抱き締められているのだから。

「今日はお互いに休みだからね。自由に時間は使えるけれど、今日は流石に寝ていなさい。明日からまた学校でしょ?」

「そうですね……。体調はそれほど悪くはないですが、念のため大人しくしておきます」

 ゆきは小松に微笑みかけたあと、ふと、不安になる。

「明日からも私は謹慎のままですか?」

 また、小松と会えない日々が続くのだろうか。

 また胸が痛い日々が続くのだろうか。

「謹慎? 私はそんなことを言った覚えはないけれどね」

 小松は奇妙な表情をしながらゆきを見た。

「……だって……、一週間、来なくても良いと……」

「ああ、あれは謹慎でも何でもないよ。私が、社にいなかっただけだよ。出張だとかでね。だから、君は私個人の秘書だから、私がいなければ仕事がない。ただそれだけのことだよ」

 小松はさらりと何でもないことのように言うと、ゆきを強く抱き締めてくる。

「……ね、それとも、私がいなくて寂しかったの?」

 図星のことを囁かれて、ゆきは身体中総ての熱が集まったぐらいに、真っ赤になった。

「そんなに真っ赤になるということは、帰りたいというのは、嘘?」

 小松は一瞬、傷ついたような表情になる。

「……嘘ではありませんが、小松さんに嫌われたのではないかと思って、帰ったほうが良いのではないかと思って……」

 ゆきが素直に気持ちを伝えると、小松はいきなり強く抱き締めてくる。

「……だったら、戻らないと思って良いんだね?」

 小松の言葉に、ゆきは頷く。

 すると小松は何処かホッとしたような表情になった。

「はい」

「そう、だったら構わない」

 小松はゆきを腕のなかに閉じこめたあと、唇を重ねてきた。

 こうして小松とキスが出来るだけで、ゆきの気持ちは満たされていく。

 何度も浅いキスをする。

 だが、こんなにもキスをして、小松に風邪が移らないだろうか。

「小松さん、あ、あの……」

 ゆきが慎重に声をかけると、少し不快そうな表情になる。

「どうしたの?」

「風邪が移らないかと思って…」

「風邪? ああ。そんなことを気にしていたの?風邪は移らないから、心配しないで」

 小松は艶やかな笑みを浮かべると、ゆきに再びキスをする。

 何度もくすぐったいキスを繰り返す。

 ゆきは、小松の甘い甘いキスについ夢中になってしまった。

「おしまい。これ以上すると大変なことになってしまうからね」

 小松は艶やかな苦笑いを浮かべると、ゆきからそっと離れた。

「ゆきくん、今日はゆっくり休みなさい。私は家にいるから、何かあれば呼んで」

「はい、有り難うございます……」

 小松は部屋から出ていってしまう。

 ゆきはその後ろ姿を見つめながら、心が甘く満たされると同時に、離れがたい切なさを感じた。

 

 翌日から、ゆきは再び小松の個人秘書として働き始めた。

 小松のそばで、学びながら働くことが出来るのは嬉しい。

 大学で学ぶことも大切だけれども、それ以上に小松のそばにいるのは勉強になる。

 ゆきには大切で貴重な時間だった。

「ゆきくん、そろそろ、就職活動が始まるんじゃないの?」

「はい。エントリー用紙などを記入しています」

「止めなさい」

 小松はキッパリと言い切ると、ゆきを半ば責めるような眼差しを向けてきた。

「……は?」

「君は就職活動をしなくても良いから」

「それは……」

「うちで働けば良い。必ずしも私の秘書にというわけにはいかないかもしれないけれど、とにかく、良いから」

「はい」

 薩摩グループは、学生にも人気企業で、グローバルな採用を行うから、競争力は高くて、成績よりも柔軟性や、個性、どれだけ仕事をすることが出来るかが計られると聞いている。

 有名一流大学の成績優秀な者も、容赦なく落とされていると聞いている。

「あの、薩摩グループにはちゃんとエントリーしようかと思っていますが……」

「そんなのは必要ない。君はうちに向いているよ」

 小松はひいきめではないとばかりに、厳しいビジネスライクな目で、ゆきを見つめる。

 その眼差しを受け止めるだけで、かなり緊張してしまう。

「ゆきくん、私は君をそばに置いているから言っているんじゃないよ。それだけは、解って」

「は、はいっ」

 小松にそれだけ評価をして貰えているのが、ゆきは嬉しかった。

 小松の評価が高いのは、ゆきには嬉しいことだった。

 まるで踊ってしまいたくなるぐらいに、ゆきは嬉しくなる。

 幸せでついにんまりとしてしまった。

 より仕事にも力が入る。

 もっと小松の役に立ちたいと思わずにはいられない。

 ゆきが幸せでふわふわしている気分でいるのに、水を差すように、一本の電話が鳴り響く。

「はい、小松です。ああ、君。そんなにワガママは言わないの。明日なら時間が取れるけれども……」

 小松は華やいだ声で呟話している。

 何となくわかる。

 恋人だ。

 ゆきは、華やいだ気分が一気に堕ちて、暗闇に吸い込まれるような気持ちになった。

 こんなにも素敵な小松に、恋人がいないはずはないのだ。

 それを考えるだけで、ゆきはますます暗くなる。

 このまま、闇よりも深い部分に堕ちてゆくのは、明白だった。



マエ モドル ツギ