*愛人契約*

13


 ゆきは小松のものだとキッパリと宣言されてしまった。

 確かに今や心は完全に小松に支配されてしまっている。

 小松のことを考えない日などないのではたいかと、ゆきは思わずにはいられない。

 それぐらいに小松帯刀の占拠率は高いと言っても良かった。

 ゆきは確かに小松のものだ。

 だが、小松はいつゆきのものになってくれるのだろうか。

 そんなことばかりをぐるぐると考えてしまった。

「ね、ゆき、気分転換をしない?」

「気分転換ですか?」

「そう、気分転換……。気分転換に出かけない?」

 小松からの思いがけないデートの誘いに、ゆきは満面の笑顔になった。

「嬉しいです!小松さんとふたりでお出掛けが出来るのが、とても楽しみです」

 ゆきは、心が弾んで、つい明るい笑顔で話してしまう。

「そう。それは良かった。次の休みの日に行こうか。ゆき、次は風邪を引かないようにね。風邪を引くと大変でしょ?看病も良いけれど、やっぱり、元気に過ごすのが一番でしょ?」

「そうですね」

「だったら、風邪を引かないように、健康管か理はきちんとしなさい」

「はい、小松さん」

「良い返事だね。良い子だ」

 くすりと小松は笑うと、ゆきの手を柔らかく握りしめてくれた。

 いつもこうだったら、素直に明るく返事が出来るのにと、ゆきは思う。

「今週末のことを考えたら、それだけで楽しく仕事が出来るでしょ?」

 小松はくすりと笑いながらも、何処かクールに呟いた。

「何だか、ニンジンをぶら下げられた気分です」

 ゆきは楽しみでしょうがなくて、ついくすくすと笑ってしまう。

「ニンジンをぶら下げられているのは、私の方だよ」

「え……?」

 ゆきが目を見開いたままで小松を見つめると、フッと甘く笑われてしまった。

「とにかく、週末を楽しみにしているよ。うちに帰ろうか」

「はい」

 ゆきは嬉しくて、いつまでも表情を綻ばせたままだった。

 

 いよいよ明日は週末。

 時間をとるために、小松はかなり精力的に仕事をしていた。

 勿論、ゆきも、個人秘書として、小松をサポートする。

 金曜日の夜は出前を取り、ふたりで黙々と仕事をする。

 かなりの量の仕事だったが、ゆきは楽しんで仕事をすることが出来た。

 きっと目の前に、極上のニンジンがぶら下げられているからだ。

 だからこそ、疲れ知らずに頑張ることが出来た。

「ゆきくん、ご苦労様。これで片付けなければならない案件は総て片付いたよ」

「はい」

 小松と協力をして、ひとつのことをなし終えたことは大きいと、ゆきは思った。

 これだけでかなりの満足感がある。

「さあ、帰ろうか。うちに帰ったら、明日の支度をして。明日は9時には出発するから。それまでに、一泊の準備ぐらいは出来るでしょ?」

「え……?」

 ゆきは心臓が跳ね上がるほどドキリとした。

「お、と、ま、り、ですか……」

 自分で口にして、ゆきは緊張する。

「そうだよ。何、恥ずかしがっているの?今更でしょ?だって、私たちは一緒に暮らしているんだから」

 小松が何ともないとばかりに平然と言うものだから、ゆきは益々緊張してしまった。

 ゆきは真っ赤になってしまい、どうして良いのかが分からない。

「ゆき、そんなに真っ赤になっているということは、私をそれだけ意識をしてくれているということかな?」

 小松にからかうように言われて、ゆきは更に恥ずかしくなる。

「とにかく。泊まる準備をしていて。君もゆっくりのんびりしたいでしょ?」

「あ、有り難うございます……」

 ゆきはドキドキが止まらないのを感じながら、頷く。

「しっかりと疲れを取って、のんびりするには、やはり、泊まりで近場。これが一番」

「はい」

 返事をしながらも、ゆきの鼓動は甘いときめきのリズムを刻まずにはいられない。

「さあ、支度したら、早くお風呂に入って寝てしまおう」

「はい」

 ぎこちなく返事をしながら、ゆきは甘い緊張で眠れそうにないと思った。

 

 翌日、9時に車で家を出た。

 小松がハイブリットカーで、何処かへ連れていってくれる。

「小松さん、どちらに?」

「のんびり出来るところだよ」

 小松はいたずらっ子のように微笑むと、ゆきをちらりと見た。

 まるでマジカルミステリーツアーだ。

 小松が何処に連れていってくれるのか。

 ゆきにとっては、最も楽しみな出来事のひとつだ。

「どちらに向かっているんですか?そろそろ、教えて下さい」

「ダーメ。楽しみは後から取っておいたほうが良いでしょ?まあ、ヒントは解放感があって、気持ちが良いことかな?」

「それだけだと、分からないですよ」

「車の進む方角を考えると分かるよ」

 小松はまたくすりと笑う。

 仕事の時はこんなにも、笑うことはない人だが、こうしてよく笑ってくれることが、ゆきは嬉しかった。

 車は海辺の温泉地に向かっていることを、ゆきは直前になって分かった。

 ゆきが小松にそのことを伝えると、「今ごろ分かったの?」とからかわれてしまった。

「ゆき、先ずはホテルにチェックインしてから近くを観光するよ」

「はい」

 リラックスする場所だろうと推測して、カジュアルなワンピースを着ていて良かった。

 チェックインをして、荷物を預けた後、小松と観光をする。

 車よりものんびりと歩いて観光をしたい。

 その想いに気付いたのか、小松はゆきの手をしっかりと握りしめて、ホテルから出た。

 しっかりと手を繋ぎながら、海辺の町を散歩する。

 潮風がロマンティックで、ゆきは思わず笑顔になった。

 こうしていると本格的なデートをしているようで、ゆきは嬉しい。

 のんびりと歩くだけでも、リラックスすることが出来た。

「こうしているだけで楽しいです。潮風が良いですね。本当に、日常ではない世界にやってきたみたいで、とても楽しいです」

「良い気分転換になったみたいだね。良かった」

 小松は眩しげに目を細めると、空を見上げた。

「ね、ゆき。あの木陰に入ろうか?」

「はい」

 手を繋いだまま、何故か走りながら木陰に入る。

 それだけで楽しい。

 木陰に入り、笑顔でいると、ふと小松に頬を撫でられる。

 そのまま、両手で頬を包まれて、キスをした。

 ゆきの恋心が最高潮に沸騰して行く。

 もっともっとドキドキしたい。

 もっともっと甘いときめきが欲しい。

 その想いに応えるように、小松は何度も軽いタッチでキスをくれる。

 日向と汐の香りがするキスだった。



マエ モドル ツギ