*愛人契約*

14


  小松とふたりでもっとロマンティックな時間を過ごしたい。

 そんな甘い気分にさせてくれるキスだった。

 小松とずっとこうしていられたら良いのにと思わずにはいられないキスだった。

 本当にうっとりとしてしまうぐらいに幸せだと、ゆきは思う。

 このまま、総てを小松に任せても構わない。そんな気持ちにすらなるキスだった。

「私はただのんびりと散歩をしたいと思っているけれど、ゆき、君はどうなの?」

「あ、あの、のんびりゆっくりとしたいです」

 小松とただ手を繋いで歩けたらそれで良いとすら、ゆきは思っていた。

 本当にそれで良いと思う。

 ドキドキし過ぎて、本当の気持ちを上手く伝えられない。それが、ゆきにはもどかしいことだった。

「そう。だったらのんびりしようか。この辺りには、薩摩切子などを展示した、硝子の美術館があるようだしね」

「素敵ですね。行ってみたいです」

「そう……。じゃあ、行こうか」

「はい」

 小松と手をしっかりと繋いで、ゆきはのんびりと歩く。

 小松と手を繋ぐのならば、本当にのんびりと歩きたかった。

 少しでも長く小松と一緒にいたい。

 これがゆきの望みだ。

「さあ、こっちだよ」

 美術館に入ると、流石にとても涼しくて、ゆきはつい笑顔になった。

 こんなにもひんやりとしていて気持ちが良いとは思ってもみなかったからだ。

「涼しいですね」

「でしょ?だから、こうして手を繋ぐことがずっと出来るでしょ?」

 小松が艶やかに微笑むものだから、ゆきは喉がからからになるぐらいにドキドキした。

 こんなにもドキドキさせてくれるのは、小松しかいない。

 ゆきが耳まで真っ赤にさせていると、小松は微笑む。

「私に、こんなにもドキドキしてくれるなんて、嬉しい限りだけれどね」

 ゆきは益々ときめいてしまい、更に甘い緊張を抱かずにはいられなかった。

 手を繋ぎながら、美術館を巡るのはとてもロマンティックだ。

 展示されているのが硝子の美術品となると、余計にロマンティックになる。

「硝子で出来た首飾りもきれいですね。飾っているだけで、プリズムみたいです」

「そうだね。確かに君の言う通りかもしれないね。見事な美しさだね」

「はい。あ、こちらは香水の瓶ですよ!」

 ゆきは、繊細な香水の瓶に惹き付けられながら、小松を引っ張ってゆく。

 小松は苦笑いを浮かべながらも、ゆきに着いてきてくれた。

「本当に綺麗ですね……」

「そうだね」

 ゆきがうっとりと見つめていると、小松はいきなり背後から抱き締めてきた。

「……!!!」

 心臓が飛び出して走り出してしまうのではないかと思うぐらいに、ゆきはドキドキしてしまった。

 ドキドキし過ぎて、ゆきは落ち着かない。 

 小松は、ゆきの態度を楽しむかのように、くすくすと笑った。

「ゆきくん、君は本当に可愛いね」

「こ、こまつさん」

「私は、香水の瓶よりも、余程、君の方が綺麗だと思うけれど?」

 小松にさらりと言われてしまい、ゆきは益々ドキドキしてしまった。

 香水の瓶の前での思いがけない包容で、ゆきは緊張し過ぎてしまったからか、もう今日のヒットポイントはゼロに近いと思った。

 それぐらいに、小松の包容は破壊的だった。

「ゆきくん、ほら、薩摩切り子だよ」

「わあ!」

 薩摩切り子の繊細かつ大胆な作りに、ゆきは魅了されずにはいられない。

 ゆきはただじっと薩摩切り子を見つめる。

 こんなにも美しい硝子細工は見たことがないと、ゆきは思う。

「……妬けてしまうね。君をこんなにも夢中にさせてしまう、薩摩切り子に……」

 小松は穏やかで、何処か優しい笑みを浮かべる。

 こんなに甘い笑みはないと思うぐらいの、蕩けるような笑みだった。

「だけど、私も薩摩切り子は大好きだからね。君が気に入ってくれて、とても嬉しく思うよ」

 小松の言葉に、ゆきも笑顔になった。

 

 一通り見て回り、ふたりはミュージアムショップに入る。

 ゆきは薩摩切り子が欲しくて、つい、ディスプレイされている場所に向かった。

 そこには、薩摩切り子の夫婦グラスが飾ってある。

 二組あり、一組は両親のお土産にしたくなる。

 そして、もう一組は、小松と自分のために欲しくなってしまった。

「買うの?」

「はい。両親に」

 ゆきの言葉に、小松は優しく目を細めて微笑んだ。

「きっとお喜びになるよ」

「はい」

 ゆきはついにっこりと笑ってしまう。

 だが、もう一組も欲しい。

 小松とゆきの分を。

 だが、中々言い出せない。

「どうしたの?」

「も、もう一組……、買おうかと……」

 ゆきは緊張しながら、つい言葉を詰まらせるようにして言う。

 こんなにも緊張することは他にない。だが、嫌な緊張でないのは確かだ。

「ご両親にスペア?」

「……ではなくて……」

 小松に嫌がられるのではないだろうか。小松に笑われてしまうのではないか。そう思うと、なかなか言い出せない。

「だったら、何なの?」

 小松はくすりと笑いながら、まるでゆきをからかうように見つめてくる。

 そんな眼差しで見つめられてしまうと、ゆきは恥ずかしくなる。

「きちんと言って貰わないと、私は分からないけれど?」

 小松に意味深長に言われて、もう観念をして白状するしかなかった。

「……小松さんとのペアグラスが欲しい……です」

 ゆきが観念して素直に気持ちを告げると、小松は満足したように微笑んだ。

「解った。では、こちらは私が買うよ。自宅に置いておこう」

「はい。有り難うございます」

 小松が買う。

 それ自体に意味がある。

 小松も同じ気持ちでいてくれる証拠だから。それがゆきには嬉しい。

 つい満面の笑みで小松を見つめてしまう。すると小松も同じように微笑んでくれた。

 ふたりでレジに行き、ゆきは両親へのお土産に、小松はふたりで使うために、それぞれ薩摩切り子のペアグラスを買い求めた。

 ゆきは満足するあまりに、踊りだしてしまいたくなるぐらいに、幸せな気持ちになれた。

「ついでに、うちに帰って飲む、お酒を見に行こうか?」

「賛成です!」

「君も飲むから、口当たりは良いものにしなければならないね」

 ふたりは、近くの酒店に入り、お洒落な日本酒やワインを見る。

 ゆきは、ほんのり桜色のワインが気に入り、買う。まるで恋の色に染まっているように思えた。

 小松は、焼酎を買い求めていた。

 ふたりが買い物を終える頃、空が茜色に麗しく染まる。

 これぞ幸せな色だと、ゆきは思わずにはいられない。

 じっと見つめていると、小松がそっと抱き寄せてきた。

 幸せで息が出来ないぐらいに胸がいっぱいになる。

 ふたりはそのまま唇を重ねた。



マエ モドル ツギ