*愛人契約*

20


 小松と同じ寝室を使う。

 それがどのようなことかは、ゆきには解っている。

 一緒に眠るということは、昨夜と同じようなことをするということなのだ。

 だが、小松の温もりに抱かれて眠るのは、幸せだ。

 あの温もりをずっと共有出来るのは、本当に幸せだと思う。

 ゆきは甘酸っぱい気持ちになる。

 それ以上に幸せなことなんてない。

「……どうするの?」

 小松はあくまでゆきに選択をさせてくれている。それはとても幸せなことだと思った。

「……小松さんと一緒に……、します……」

 言葉にするだけで恥ずかしい。

 すると小松はフッと微笑む。その微笑みは、どのようなスウィーツよりも甘い。

 ゆきの心を簡単に溶かしてしまう。

 息が出来ないぐらいにドキドキしながら、ゆきはうっとりとした眼差しを向けた。

「君は良い子だ……」

 小松はゆきを抱き締めると、額にキスをする。

「君は私のものだから……。それを忘れないようにね……」

 小松は念押しするように言うと、ゆきを軽々と抱き上げる。

「これからは毎日、一緒にいるからね」

「……はい」

 ゆきが素直に返事をすると、小松は唇をゆきの唇にそっと重ねた。

 甘い時間の始まりに、ゆきが身体を震わせたのは、言うまでも無かった。

 

 翌日から、ゆきは世界が変わっているような気がした。

 愛するひとの傍にいながら、そのサポートが出来る。

 これほど素晴らしいことはないのではないかと思う。

 小松に抱かれて、ゆきは思う。

 小松のことを心から愛して、求めていると、深く感じずにはいられない。

 ようやく、ひとを愛するということが、恋をすることがどのようなことかを、ゆきは解ったような気がする。

 今まで知らなかったことを、ようやく知ることが出来た。

 愛するひとのために、役立つことがしたい。

 ゆきはその一心で、仕事に対しても前向きに取り組む。

 愛する小松のために何か出来ることはないかとゆきは強く思った。

 そのためにも、小松の会社に入って働きたい。

 小松を支えたい。

 それだけのために、ゆきは一所懸命、エントリーシートを書くことにした。

 エントリーシートを心を込めて書く。

 ただ、小松のそばにいて、支えたい。それが、ゆきには一番の仕事のように思った。

 小松のために頑張る。

 それ以外に、ゆきがしたいことはないと思った。

 毎夜のように、小松の腕の中に抱かれて、毎日、夕方以降の仕事を支える。

 そんな生活に、ゆきは幸せを見出だしていた。

 

「ゆきくん、ちょっと来てくれる?」

 仕事が終わる頃、ゆきは小松に呼ばれた。

 ゆきが小松のそばに行くと、一通の書類が差し出される。

 それは、ゆきが、出したエントリーシートだった。

「これはどういう真似なの?」

「……あ……」

 小松の声は厳しく、何処かゆきを厳しく非難しているように思えた。

「……大学を卒業してからも、小松さんのそばにいたいと思って……」

 ゆきは、胸が痛くて、苦しさの余り、目眩がしそうになった。

「ゆきくん、私は君に、うちの会社にはエントリーしないようにと言った筈だけれど?」

 小松は冷徹に言うと、ゆきを睨み付けてきた。

 静かな怒りが滲んでいる。

 こんなに怒るなんて、ゆきは思ってもみないことだった。

「……これからもずっと、小松さんのそばにいたくて……」

 ゆきは話ながら、胸がおかしくなるぐらいにいっぱいになるのを感じた。

 ゆきは、小松を真っ直ぐ見つめながらも、唇を噛んだ。

「エントリーはご破算で良いね」

 小松は冷たく言い放つと、ゆきの目の前で、エントリーシートを破り捨てた。

「……!!!!」

 ゆきは、自分の総てをぐちゃぐちゃにされてしまったような、そんな気持ちになった。

 絶望しか感じない。

 ゆきは目の前が暗くなるのを感じた。

 だが、何とか、立っていなければならない。

「ゆきくん、勝手な真似はしないで。今日は帰りなさい。必要ないよ」

 キッパリと言い切られて、ゆきはもう、小松のそばにいられないと、悟った。

「……解りました……。帰ります……」

 ゆきは静かに言うと、小松に背中を向けた。

 先ず、小松の家に戻って、荷物を片付けよう。それが終わったら、小松家を出よう。

 両親には申し訳ないが、愛人契約はこれまでだろうから。

 ゆきは、今度は、薩摩グループに関係しないところにエントリーをしようと思う。

 ここでは大したことをしなかったが、今度はきちんとやろうと思った。

 ゆきが片付けをしている間、小松は仕事の電話を受けたようで、打ち合わせをしているようだった。

 ゆきは、自分が使っていた、マグカップなどをきれいに片付けた。

「小松さん、色々と有り難うございました。帰ります」

 ゆきは、礼を言うのはこれで最後だと思いながら、頭を下げると、部屋から出た。

 そのまま今夜は、電車で小松の家に戻る。

 荷物を取っていかなければならないのだ。

 ただ、それほど荷物はないので、ゆきは直ぐに片付けられた。

 小松とペアで買ったグラス。

 片付けようとして、ゆきは止めた。

 これを持っていけば、小松のことばかりを思い出してしまうから。

 荷物を手早く片付けると、ゆきは小松の家を出た。

 ほんの少し、小松が追い掛けてきてくれるのかと、期待をしたが、それはやはりただの期待に終わってしまった。

 ゆきは、両親には申し訳がないと思いながら、実家に戻ることにした。

 

 小松の家を出て暫くは、迎えに来てくれるのではないかと、ずっと考えていた。

 だが、そのようなことは起きなかった。

 小松は迎えになんて来なかった。

 ただ、報酬とばかりに、ゆきの両親の会社を立て直すことには全力を尽くしてくれたようだ。

 しかも、小松は顔を出さなくなった。

 ゆきも悟った。

 小松は飽きたのだ。

 結局は、ゆきに飽きたから、手を引いたのだ。

 小松に恋したゆきは面倒な存在だから、ああして、離れるようなことが出来たのだ。

 ゆきはそれを改めて思った。

 恋は破れてしまったが、なるべく思い出に引きずられないように生きようと、ゆきは思う。

 新しい人生を生きなければならない。

 そう決意したのに、ゆきは体調が悪くて、上手く乗り越えられない日々が続く。

 本当に苦しい。

 小松にはもう二度と会えないというのが解っているから、余計に辛かった。

 二度と会えない。

 同時に、二度と会わないほうが良いのかもしれない。

 そんな気持ちが、ゆきを支配し始めた。

 そんな時期に、ゆきは体調を大幅に崩してしまい、病院に運ばれた。

 ゆきは医師から意外なことを聞かされ、驚愕した。



マエ モドル ツギ