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美味しいと感じられないぐらいに、ゆきはふわふわとした幸せに浸っていた。 こんなにも幸せなことはないだろう。 今日のことは絶対に忘れないだろう。 ゆきの人生が、本当の意味で動き出した日なのだから。 それには感謝せずにはいられない。 大好きなひとと結ばれる。 同じ人生を歩んで行けるのだから。 ゆきは、本当に幸せだと感じる。 不安は何処かに飛んでいってしまった。 「ゆき、明日の夕方に時間を取って、ご両親に挨拶に行くから、そのつもりで」 「は、はいっ」 ゆきはドキドキし過ぎて、恥ずかしくなる。 小松はきちんとしてくれる。 それがゆきには嬉しい。 「籍は明後日に入れるよ。後、結婚式は内輪でも良いから挙げよう。君の想い出になるようにね」 小松はテキパキと準備を進めてくれるのは、流石だと思った。 「有り難うございます、小松さん」 ゆきが返事をすると、小松は苦笑いを浮かべる。 「“小松さん”の呼び名は止めようか」 小松が微笑みながら、見つめてくる。 「は? 小松さんだから、小松さんだと……」 小松がダメなら、どのように名前を呼んだら良いのかが解らなくて、ゆきは困惑してしまった。 「小松さんがダメなら、どのように呼べば……」 「あのね、ゆき。私の名前を忘れたの?帯刀だよ、帯刀」 小松は呆れたように呟きながら、ゆきの瞳を見つめてきた。 「君は明後日には、“小松”になるんでしょ?何時までも苗字を呼ぶのは、おかしいでしょ?」 「はい、そ、そうなんですが……」 ゆきは恥ずかし過ぎて、どう言って良いのかが解らない。 「だから、これからは私のことを、帯刀と、呼ぶこと。良いね?」 小松が幼い子供に言い聞かせるように言う。 ゆきは恥ずかしくて堪らない。 男性を名前で呼ぶのは初めてではないが、いざ愛する人を名前で呼ぶとなると、かなり恥ずかしい。 やはりそれだけ、強く意識をしているということなのだろう。 ゆきはつい震えてしまう。 「……た、……さん」 「何?聞こえないよ、ゆき」 「あ、あの、た、た、帯、わ、刀……さん……」 ゆきはつい、声を上ずらせて、ぎこちなく呼ぶ。 すると、小松は可笑しそうに、喉をくつくつと鳴らして笑った。 「君は本当に可愛いね。だから、いつまでもそばにおきたくなるんだ」 小松は愛しげに目を細めてゆきを見つめてくれた。 その眼差しがとびきり優しくて、ゆきは愛されていることを実感した。 「食事を終えたら、うちに行こう。君を自由に抱き締めたり、キスをしたい」 「はい……」 ゆきはドキドキしながらも、小松に頷いた。 夕食のあと、ふたりはしっかりと手を繋ぎながら、車に乗り込んだ。 先程までは、あんなにも暗い気持ちだったのに、今は青空の上を飛んでしまえると思ってしまうほどに、清々しく幸せな気分だった。 車に乗り込むと、小松はゆきに柔らかくキスをした。 「さあ、行こうか?」 「はい」 小松は、ゆきが酔わないようにと、ゆったりと運転してくれる。 「途中で気分が優れなくなったら言って?」 「はい、分かりました」 小松の気遣いが嬉しい。 「つわりはどうなの?」 「……随分とましにはなりました。最初は、小松さんと離れた哀しさで気分が優れたくなったと思っていたので、明確なつわりだとは気付かなかったので……」 ゆきの言葉に、小松も苦し気な表情を浮かべる。 「……私たちは、苦しまないで良いことに苦しんだんだけど、これからはそのようなことがないようにしよう」 「はい、小松さん」 誤解から、ふたりはこれほどまでに苦しんでしまった。 これからはそのようなことはないように、気を付けなければならない。 「誤解がないようにしなければならないね。わだかまりとかがあったら、何でも言って?」 「はい。これからは、なるべくそうします」 「なるべくではなくて、いつもだよ、ゆき」 「はい、小松さん」 「また、小松さんと言った」 小松が苦笑いを浮かべてくる。 ゆきはしまったと思いながら、小松を見上げた。 「ダメだよ。ちゃんと名前で読んで貰わないと……。解った? ゆき」 「は、はいっ」 小松の言葉に、ゆきは真っ赤になりながら、返事をした。 小松の家に着いた。 車から家に入るまで、ゆきと小松は無言だった。 ふたりとも何も話さなかった。 話せないと言っても過言ではなかった。 ドキドキしながら、ふたりは、部屋に入る。 両親には、小松の家に泊まると連絡を入れた。 これには両親は驚いたようだが、ゆきが本当に小松を愛していることに気付いたようだった。 それゆえか、黙認してくれた。 小松は無言で、ゆきの手を引いていきなりベッドルームへと向かう。 初めてではないのに、初めての時と同じぐらいに、ゆきはドキドキしてしまった。 「……いかなり、フローリングの上に押し倒したら、妊娠している君には、負担がかかってしまうからね」 「……小松さん……」 小松はゆきを気遣うように、ベッドに押し倒してしまうと、そのまま、身体をゆきに覆い被せてくる。 官能的な小松の仕草に、ゆきの鼓動は、更にスピードをあげる。 息苦しくてたまらない。 ゆきには、苦しくて堪らなかった。 「……ずっと君だけを抱きたかった……。ずっとね……」 「小松さん……」 小松は、もう我慢が出来ないとばかりに、ゆきの身体を激しく求めてくる。 幸せだ。 愛するひととお互いに求めあうのは、本当に素晴らしく、幸せなことだと、ゆきは思わずにはいられなかった。 切迫感に駈られて、愛し合った後、小松とふたりでまさかの、湯船に一緒に浸かっていた。 背後から抱き締められて、首筋に唇を受ける。 「……びっくりしなかったかな?子供……。お父さんがお母さんを激しく愛してしてしまったからね……」 小松は苦笑いを浮かべる。 「分かってくれていると思いますよ。お父さんとお母さんが愛し合っていることを、むしろ、嬉しいと思っていると思いますよ」 「だったら、嬉しいけれどね」 小松は更にゆきを自分に引き寄せて抱き締めてくる。 幸せで堪らなかった。 結局、ベッドに戻ってからも愛し合ってしまい、甘い感覚に身体は充たされて、眠りに堕ちた。 翌朝、心地好い眠りから覚めて、ゆきは幸せな気持ちで目を開ける。 小松は横で眠ってはいなかった。 小松の声が聞こえる。 「……彼女が戻ってきた。ああ、君にお任せするよ。頼りにしているから。君しかいないからね……。私は……」 小松が誰かと話している声が聴こえる。 何故だか、胸が苦しくなった。 |