*愛人契約*

28


 小松とふたりで畏まって、家に入ると、両親が出迎えてくれた。

「小松さん、いらっしゃいませ。ゆき、お帰り」

 両親の視線は、ふたりの手がしっかりと結ばれている部分に集中していた。

 “娘を実況放送の愛人”として、苦々しい気持ちで送り出したと思っていたのに、まさか、ふたりが仲睦まじく、しっかりと手を繋いでやってくるなんて、妙な気持ちになっているのだろう。

 しかも、どこから見ても、愛し合っているふたりに見えることは、ゆきには分かっていたから、余計なのだろうと思った。

「お邪魔いたします。今日は、時間を取って頂き、有り難うございます」

 小松は礼儀正しく挨拶をしてくれる。

 これがゆきには嬉しかった。

 ゆきの両親を、グループ関係の社長としてではなく、きちんとゆきの親として、挨拶してくれるのが嬉しかった。

 ゆきの両親は、緊張しているのが、明らかだった。

 それほどまでに、小松の存在感は強かった。

 ゆきは、リビングに向かう両親についてゆきながら、自分も更に緊張してくるのを感じていた。

「どうぞ、掛けて下さい」

「失礼します」

 小松はソファに腰を掛けたが、その間も、ずっとゆきの手を繋いでいた。

「ご用件とは、ビジネスのことではなさそうですね」

 父親は、まだ、ふたりの繋がれた手を見つめている。

「お嬢さんとのことで」

 わかりきっていることなのに、小松は畏まったように答えた。

「はい。ご用件をお願いします」

 父親はいつもにましてぎこちなくなり、動きがあからさまに機械じみていた。

「ゆきさんを、私に頂きたいのです」

 小松は、ゆきの父親の目を真っ直ぐ見つめながら、誠実に率直に言った。

「正式に、ゆきを、愛人にされたいと?」

 父親の何処か的外れな言葉に、小松は苦笑いを浮かべる。

「愛人に、正式、非公式というのはないでしょう? 私はゆきを、ゆきくんを、妻にしたいと申しあげています」

 小松は、反対をされても引かないとばかりに、厳しい口調で言う。

「ゆきを、妻にですか……?」

 父親は驚いて、喜んで良いのか、哀しんで良いのかが分からないというような、表情だった。

「はい。私の妻は、ゆき以外には考えていません」

 小松はキッパリと言い切ってくれる。

「……ゆき、お前は……」

 父親は、ゆきと小松の手の繋ぐ様子を見るなり、言葉を飲み込んでしまう。

「お父さん、お母さん、私、小松さんの……、奥さんになりたいです……」

 ゆきは恥ずかしくてたまらなくて、照れながら呟いた。

「お前も望んでいるのか……。心から……」

 父親はしみじみと呟く。

「本当に心から望んでいます」

 ゆきは偽りのない気持ちを伝えるために、両親を真っ直ぐ見つめた。

 人から見れば、無作法な関係から始まったふたりかもしれないが、それはあくまで“きっかけ”に過ぎないと、ゆきは思う。

 今は、小松と深く愛し合っているのだから、スタートなんてどうでも良いと、ゆきは思った。

「……そうね。あなたを見ていたら、小松さんのことを、本当に心から愛して、望んでいることが分かったわ。特に、うちに帰ってきてからは、毎日が本当に苦しそうだったもの。ケンカ別れをしたのかなあって、ずっと私は思っていたのよ。だけど、無事に仲直りが出来たみたいで、本当に良かったわ」

 母親は本当にホッとしているようだった。

 ゆきは、母親が見守ってくれていたことに、心から感謝せずには、いられない。

「有り難う、お母さん」

「ゆき、あなたが本当に幸せになってくれるようだから、嬉しいわ。小松さん、どうか、ゆきを、娘を宜しくお願いします」

 母親は、父親よりも早くに頭を下げる。

 ゆきは嬉しいと思うのと同時に、本当に泣きそうになる。

 母親に祝福されているなんて、幸せすぎる。

「……ゆき、お母さんが反対しない以上、受け入れるしかないだろう。私もお前が幸せであれば、それで良いと思っている」

 父親もまた認めてくれる。

「小松さん、わがままに育ってはいますが、ゆきを、娘をくれぐれも宜しくお願いします」

 両親が、小松に頭を下げる。

 小松はそれを神妙な表情で受け止めると、深々と頭を下げる。

「こちらこそ、有り難うございます」

 小松は誠実に挨拶をすると、両親を見つめた。

「ゆきさんを、必ず幸せにします」

 小松はキッパリと宣言してくれる。

 それがまた、ゆきには泣きそうになる。

 こんなにも素敵な挨拶は他にはない。

「お父さん、お母さん、有り難うございます。小松さん、宜しくお願いします」

 ゆきは改めて三人の大切で素敵な人たちに挨拶をした。

「……あと、ね、お父さん、お母さんに伝えたいことがあって……」

 ゆきは緊張してしまい、深呼吸をする。

 両親には、子供が出来たから結婚するのだとは、思われたくはない。

 本当に愛し合っているから結婚するのだということを、きちんと伝えたかった。

 ゆきは、言葉を慎重に選びながら伝えなければならないと思うから、つい、緊張してしまう。

「あ、あの。お父さん、お母さん、私……」

 ゆきがなかなか伝えられずにいると、小松は、ゆきの手を強く握り締めて、見つめてくれる。

「ゆき、私から言うよ。私からお伝えするのが筋だからね」

 小松はやんわりと言うと、ゆきの両親に、視線を真っ直ぐ向けた。

「私とゆきに子供が出来ました」

 小松の言葉に、母親は嬉しそうに笑ったが、父親は複雑な表情になる。

 きっと、子供が出来たから結婚すると思っているのだろう。

「私たちは子供が出来ていなくても、結婚するつもりでした。式の準備も殆ど終わっています。ただ、少し早く、私たちの望みがやって来てしまったので、結婚を早めたいと思っています。明日には入籍をしたいと思っています。そして、今夜から、ゆきには、うちに住んで貰いたいと思っています」

 小松らしく、遠回しではなく本当にストレートに言ってくる。

 本当にゆきを望んでいるのだということを、きちんと伝えてくれたのが嬉しかった。

「何だか、おめでたい気分ですね」

 ゆきの母親はにっこりと微笑む。

「これ以上、こんなことを聞いていると、のろけられてしょうがない」

 父親は苦笑いを浮かべる。

 ゆきは、ふたりを見つめながら、つい微笑む。

 愛する人たちが、幸せな気持ちで微笑みあってくれている。

 こんなに素晴らしい瞬間は、他にない。

 感動して、瞳に涙が滲んでしまう。

 幸せで、素敵な瞬間だった。



マエ モドル ツギ