*愛人契約*


 ゆきは、小松のために、一所懸命、個人秘書を務めようと、努力を始めた。

 小松の役に立ちたい。

 だからこそ、早く一人前になりたかった。

 愛人契約を結んだはずなのに、一緒に住んでいるのに、小松はゆきを個人秘書として扱うだけだ。

 それがゆきには嬉しかった。

 大学が終わると、小松のところに行くのが、嬉しくてしょうがない。

 勉強するよりも、小松のそばで仕事をしたいと思ってしまう。

 ゆきは、今日も早目に仕事に向かう。

「小松さん、お疲れさまです」

「お疲れさま。早速で悪いけれど、今夜は付き合って貰いたいところがあってね。協力してもらっても構わないかな?まあ、仕事の一環で出掛けるのだけれど……」

「解りました」

「有り難う。財界の会合があってね。それが7時からなんだけど、それに着いてきて欲しい」

「はい」

 財界の会合。

 それだけで緊張してしまう。

「どのような格好をすれば良いですか?このままでも、構わないですか?」

 アルバイトのような立場たといえ、ゆきはきちんとしたビジネススーツを着ている。これが一番しっくりくるのは間違いないからだ。

「そのスタイルは、ビジネスライクで悪くはないけれど、今夜はドレスアップをして貰いたいからね。準備をしているよ。ドレスや必要なものはある。あとは手伝いをしてくれるヘアメイクの方に来てもらっているから」

 小松はすぐに内線をかけて誰かを呼ぶ。

 まるでシンデレラの魔法を掛けられたような気分だ。

 まさかこのようなことが起こるなんて、ゆきは思ってもみなかった。

「小松さま、蓮水さまのお迎えに参りました」

「入って」

 いかにもヘアメイクのプロとばかりの女性がやってきた。

「そこにいる子だよ。きれいにして。お任せするから」

「かしこまりました。では、蓮水さま、参りましょう」

 女性に手を差しのべられて、ゆきは緊張しながらついてゆくことにした。

「きれいにしてもらっておいで」

「はい」

 返事をしたものの、ゆきは、本当にきれいになるのだろうか不安になった。

 応接室のようなところに連れていかれて、ゆきはそこで気品のある薄いパープルのドレスに着替えさせられる。

 こんなにも綺麗なドレスだと、ドレスに着られるような気分になってしまう。

 それぐらいに素敵なドレスだった。

「とてもよくお似合いですよ。更に美しくなるために、メイクとヘアスタイルを整えましょうね」

「有り難うございます」

 どうあがいても、土台はどうすることも出来ないから、ここはヘアメイクの方に任せることにする。

 小松に釣り合うようになりたい。

 ゆきの希望はそれだけだ。

 可愛くして欲しいだとか、きれいにして欲しいだとか、そんなものはない。

 ただ小松と釣り合いたい。

 それだけなのだ。

「清楚でとてもお綺麗ですね。お似合いですよ」

「有り難うございます」

 時間が限られているからか、ヘアメイクの女性は手早く綺麗にしてくれた。

「さあ、これで大丈夫ですよ。小松さまは、駐車場でお待ちのようですから」

「はい」

 何だか恥ずかしい。

 甘い酸欠状態だ。

 この姿を小松に見られると思うだけで、ときめき過ぎてどうしようもなくなる。

 ゆきはきちんと歩けるかどうかを気にしながら、駐車場まで向かうことにした。

 子供だから、大人の小松とはなかなか釣り合わないかもしれない。

 だが、それでも最大限釣り合いたいと思った。

 駐車場に向かうと、既に小松が待ち受けていた。

 クールな小松の眼差しに晒されて、ゆきのときめきはマックスになる。

 小松は値踏みをするように、ゆきを見つめる。

 ゆきは、まるで試験でも受けているような気持ちになる。

「お待たせしました」

「さ、行こうか。余裕で間に合いそうだね」

 小松は、エスコートをしてくれる。車の扉を開けてくれ、いつもより丁寧に接してくれた。

 ゆきはお姫様にでもなったような気持ちで、幸せな甘い気持ちを抱かずにはいられない。

 車は、都心を走り抜け、中心部にあるホテルに向かった。

 薩摩グループのビルからは、そんなにも距離はない。

 直ぐに到着し、ゆきは緊張しながら車から降り立った。

「ゆき、行くよ。そんなに緊張しなくても大丈夫だから」

「はい」

 どうしても財界の会合となると緊張してしまう。

 ゆきも、父親に連れられて、何度か参加したことはあるが、本当におまけと同じだった。

 いつも、様子を見ていただけだ。

 今回は、父親ではなく、小松に伴われて向かうのだから、緊張はかなりのものだった。

 このような時は、どうしたら良いのかが解らない。

 父親と一緒の場合は、ただそばにいれば良かったが、今日はそういうわけにはいかないのだ。

 ゆきは、少し下がって、そのまま着いてゆくことにした。

「ゆきくん」

 小松はいきなり腕を掴むと、そのまま手をしっかりと握り締めてくる。

 力強く握り締められて、ゆきは心臓が飛び出してしまうのではないかと思うほどに、激しい鼓動を刻んだ。

「普通は腕を組むほうがしっくりするんだろうけれど、今回はこうしているほうが良いと思うからね」

「は、はい」

 小松は手を繋いだままで、受付へと向かう。直ぐに手続きを済ませてくれるが、その間も、様々な人々の視線が気になってしょうがなかった。

 薩摩グループのCEOがどのような女性を連れているのか。誰もが興味のあるところなのだろう。

 財界人の視線が痛い。

 それに気付いてか、小松はずっと手を繋いでくれていた。

 会合といっても、企業のトップ同士で、意見交換や、提携を模索するものだった。

 小松の横にいて、ゆきは様々な話を聞き、勉強をしてゆく。

 勉強をさせてくれるために、この会合に連れていってくれたのだろうか。

 ゆきは、そう感じずにはいられないぐらいに、実りの多いものだと思った。

 

 会合が終わり、帰路に着く。

 本当に実りの多いものだった。

 小松の家に着くと、ゆきは心からの礼を言う。

「有り難うございました。お陰さまで勉強になりました」

 ゆきがお礼を言った瞬間、小松は力強く抱き締めてきた。

 甘いときめきと緊張で、ゆきはどうにかなってしまいそうになる。

 そのまま、小松は唇を重ねてきた。

 甘くて激しいキスに、ゆきは総てを忘れてしまうのではないかと思った。

 いつしか小松を抱き締める。

 そうしなければ、立っていることすら難しかった。



マエ モドル ツギ