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アメリカに留学をしている間も、ゆきと小松帯刀との、不思議な文通は続いた。 京都で買った文箱を介して、過去のひとと文通をしているとは、流石にゆきは誰にも言えなくて、ずっと、自分だけの素敵な秘密にしていた。 ゆきがアメリカにいる間、小松はしっかりと勉強に励むようにと、何度も励ましてくれた。それがゆきは嬉しくて、何度も笑顔になった。 小松が陰で励ましていてくれたから、ずっと頑張ってこれたのかもしれない。 そして、いよいよ、帰国をする日、ゆきは幕末の時空に飛ばされた。そこでは、あの小松帯刀に出会った。 小松は合理主義者で、とても怜悧な男で、ゆきが知っている小松帯刀とは印象が全く違った。 これにはかなり驚いた。 ゆきが知っている小松帯刀と、この小松帯刀は明らかに違う それはここが異世界だからだとゆきは思わずにはいられなかった。 自分に世界の小松帯刀と文を交わしている。ゆきはそう強く確信した。 あの文箱も今は、ゆきの手元にはない。だから、小松帯刀との手紙のやり取りも途絶えてしまった。 そしてここにいる小松帯刀は、ゆきが文通をしている相手とは違う。 冷静に現実を見て決断が出来るところは同じではあるが、こちらの小松帯刀は、辛辣さと厳しさも秘めている。 同じ名前。そして同じような働きをしている男。 だが、ゆきには誰よりも冷たくて、厳しかった。 小松に手紙を書きたい。だが、もうその術はない。ゆきの手元には文箱はないし、知り合った小松は別人。それが切ない。 この時空に飛ばされて、幕末だと知り、小松帯刀に逢えるのではないかと期待をした。実際に逢えたが、それは、ゆきが期待している小松帯刀ではなく、幕末に似た異世界であることも解った。 ゆきは宿の縁側で寂しい気持ちになりながら、小松から貰った鈴を取り出す。 ゆきは小松帯刀を恋しく思う余りに、錆びている鈴を鳴らした。この音を聴いているだけで、励まされているようで、癒される。 「何をしているの?」 清潔感と冷たさが感じられる雪解け水のような声が聞こえて、ゆきは顔を上げた。 小松が冷えきった眼差しをゆきに向けている。 怒られると思った。小松の眼差しが余りに厳しかったから。だが、小松はゆきに怒ることはせずに、ただ静かにゆきの隣に腰を下ろした。 「それ、どうしたの? 随分と古い鈴だね」 「頂いたんです」 「そう……。古すぎて、余り、良い音はしないんじゃないの?」 「私には良い音に聴こえます。とても素敵な方から頂いたものなんです。だから、とても大事なものなんですよ」 ゆきは鈴を指先でなぞりながら、音を鳴らす。 「そう。大事なものなんだね……」 小松は柔らかく目を細めたかと思うと、フッと穏やかに微笑んだ。 「君に贈ったひとも喜ぶだろうね。小さな鈴を大切にしているんだから」 「だと、嬉しいです。この鈴は、私を元気にさせてくれるんです」 ゆきはつい笑顔で素直に話してしまう。手厳しい小松相手だと、いつもは構えてしまうのだが、今日に限っては素直になれた。鈴の魔法なのかもしれない。 「そう……」 小松は鈴に一瞥を投げた後、空を見上げる。 「神子殿、あなたはやるべきことがあるでしょ? 少し休憩したら、また怪異について調べに行くよ。私も付き合うから」 忙しい小松が、同行してくれるなんて、思ってもみなくて、ゆきは驚いてしまった。いつもならば、合理的ではないと彼が判断したことには、付き合うことはないのに。時間の無駄だと思っているだろうに。 「有り難うございます、小松さん」 ゆきが素直に笑顔で礼を言うと、小松は、ほんのりと目を伏せた。 「私は、あなたに、個人的に手を貸すと言ったからね。だからたまにはあなたに手を貸さなければね」 「有り難うございます」 「まあ、龍神の神子を味方にするのは、色々と利があるからね」 小松はあくまで、利があるからだという姿勢を崩さない。だが、瞳の奥に明らかな優しさをゆきは見逃さなかった。 小松は、本当はかなり優しい人物ではないかと、思わずにはいられない。優しさの欠片を貰ったような気がした。 「さあ、行くよ。グズグズしていると、私はあなたに手を貸さないよ」 「はい、行きます。行きましょう!」 ゆきは、縁側から慌てて立ち上がる。慌てたせいか、一瞬、目の前が暗くなる。急に立ってしまったから、きっとくらくらしたのだろう。 ゆきがふらつくと、小松が冷静に腕で支えてくれた。 文官であるはずなのに、小松の腕はとても男らしくて、逞しい。その精悍さに、ゆきはドキリとしてしまう。 「一瞬のことなのに、慌てなくても大丈夫でしょ。そんなに急がなくても良いよ」 小松は冷徹に言い放つと、ゆきの身体から腕を静かに離した。 「あ、有り難うございました」 「さあ、行くよ、神子殿」 小松は凛とした姿勢で素早く歩いてゆく。ゆきは、その後を素早く走って着いて行った。 鈴が涼やかに鳴る。まるでゆきの背中を押してくれるかのような音に、この先も頑張れるような気がした。 今日は怨霊を沢山浄化することが出来た。ゆきはホッとした。今日は、随分と小松が助けてくれたので、サクサクと浄化が出来たのではないかと思っている。 ゆきのことも、今日はいつも以上に護ってくれた。冷たいけれど、温かい部分もしっかりとあるのではないか。ゆきはそう思わずにはいられない。 「神子殿、余りぼんやりとしないで」 「はい」 冷たい言葉に、鋭い言葉。相変わらず、小松はゆきに対してはすこぶる厳しい。 小松が女性には優しく紳士的であることも、ゆきは知っている。ゆきと都には、とても冷たくて厳しいのに、他の女性には優しい。 嫌われている そう思わずにはいられないのに、小松は、気まぐれにゆきに優しかったりもする。そのあたりが、ゆきには困惑の原因だった。 怨霊の浄化が終わる。今日はこれまでだ。もうゆきの体力が続かない。小松はそれに気付いたのか、大きく溜息を吐いて、薙刀を片付けた。 「今日はこれまでだね。私は御花畑に帰るよ。今日はたまたま神子殿に同行出来たけれど、藩を任されている以上、護るために、私にはやることが沢山あるからね。あなたに付き合ってあげたいのは山々だけれど、明日は来られないよ」 相変わらず小松は冷たく、自分がすべきことを終えると、屋敷に戻ってしまった。 きっと、今日、一緒にいてくれたのは気まぐれに違いないとゆきは思った。 ゆきの手紙の相手とは違う、小松帯刀。ゆきの手紙の相手は、ゆきと同じ、”龍神の神子”を愛した小松帯刀だが、自分ではないことは、この世界にきて確信出来た。 小松帯刀の“龍神の神子”ではなかったことは、とても切ないが、悶々としたところでしょうがない。 ゆきは、今更ながら、手紙を通して心を通わせていった小松帯刀に、甘く苦しい感情を抱いていたことに、気づいた。その感情が、どのような意味を持つのかはゆきにはまだ分からなかった。 手紙を書きたい。 だが、どうやって、文を交わしている、小松帯刀に手紙を書くのかが分からない。 不思議な文箱。あれがここにあればと思わずにはいられない。あれがあれば、たとえ異世界の過去に来たとしても、小松と通じていられるのにと、ゆきは強く思っていた。 「ゆき、お前、便箋を集めていただろう? 綺麗な紙をたくさん売っている店を見つけたんだ。行かないか?」 翌日、都に誘われて、ゆきは二つ返事でついて行くことにした。元々綺麗な紙は大好きだし、それにもし持って帰ることが出来るのであれば、紙をたくさん持って帰って、小松に手紙を書きたかった。 ゆきは小松を思い浮かべる。 図書館で見た小松帯刀ではなく、ゆきが知っている小松帯刀を思い浮かべてしまう。 思い浮かべれば、浮かべるほどに、ゆきは甘くときめいてしまう自分を感じた。何故だか解らないがドキドキが激しくなる。顔も真っ赤になってしまい、ゆきは息が止まりそうになった。 どうしてこんなにも真っ赤になるのかが、ゆきには分からない。 「ゆき、どうしたんだ? 真っ赤になって」 「え、あ、大丈夫だよ。私ってそんなに顔が赤いかな?」 「赤いってもんじゃないけれどね」 都に指摘をされて、ゆきは恥ずかしくて、益々真っ赤になる。 八葉の小松帯刀には、ときめきなて感じない筈なのに、ゆきは変だと思う。昨日、一緒に行動して、ゆきを護るようにして闘ってくれたからだろうか。それとも、意外に優しいところがあるからだろうか。 ゆきは、紙をたくさん眺めながら、つい、小松のイメージで、紙を選んでしまった。明らかに、ゆきの文通相手まては違うのに。 「薄緑って、何だか小松を思い出すなあ。イヤミっぽい色だよな。こんなのを選ぶのか?」 都の言葉にゆきはドキリとする。 紙を選んでいる最中に、どうしても小松の顔がちらついてしまう。小松の笑顔や冷たい表情が。 「綺麗だと思っただけだから」 「そうか?」 「うん、そうだよ。薄い緑って、何だか高貴な感じがするよ」 「高貴かなあ、だってさ、何処か嫌味な色だ、絶対に」 都は小松と相性が良くないからか、毛嫌いするように言い捨てた。 小松をイメージする色。 ゆきは、いつの間にか、小松を彷彿とさせる色ばかりを無意識に探してしまう。小松に手紙を書くわけではないというのに。 不意にゆきは、生なりのとても丈夫そうな紙を見つけた。触れて見ると、とてもしっかりしていて、長い時間もつ紙のようだった。 触れてみると、手作りの紙特有の肌触りがある。そして何処か懐かしいような気持ちになった。 「それがお気に召されましたか?」 店の者に声をかけられて、ゆきは、思わず顔を上げた。 「はい、しっかりと持ちそうだなあと思ったもので」 「ええ、それが自慢なんですよ。この紙は、ある方に百年持つ紙はないかと、言われまして……。ある高貴な筋の方でいらっしゃいましたので、用命に応えなければと、私どもで新しく作った紙でございます」 「……そうなんですか……」 小松が使っていたものと同じ紙ではないかと、ゆきの心は甘く騒いだ。 「就かれている職務が職務なので、恐らくは、何か書き物に利用されるのではないかと思ったのですけれどね。この紙を、手前どもの店では、今日から本格的に取り扱いをさせて頂いているんですよ」 店の者は自慢げに言う。 この紙の感触は、明らかにゆきが知っているものだ。 色褪せた小松帯刀の手紙に書かれたものだ。触れただけで、そう確信することが出来た。 ならば、ゆきの知っている小松帯刀が、この紙で手紙を書いてくれたのだろうか。そう考えるだけで、ゆきのドキドキは明らかに激しくなっていった。 「いかがですか、こちらの紙は?」 「とても良い紙ですね」 「お目がお高いですね」 ゆきはこの紙を一枚だけ買って帰ることにした。 これで手紙を書くと言うのではなくて、どちらかと言えば、この紙の感触に触れたかったということもあった。 後は、薄緑の綺麗な紙も買うことにする。 この紙に間違いない。ゆきは確信する。この紙で、小松は手紙をくれたのだ。 |