*悪魔のようなあなた*


 小松のキスは荒々しくて情熱的で甘い。

 甘い小説のようではなかったが、ロマンティックだとは思った。

 小松が自分に対して情熱的なキスをしてくれるなんて、思ってみなかったから、ゆきは嬉しい。

 息が出来なくなるぐらいの激しいキスをされて、ゆきはなにも考えられなくなった。

 いつもは大人の対応をする小松が、こんなにも激しく情熱的になるなんて、思ってもみなかった。

 嬉しい。

 大好きな小松にここまで求められたことは、今までなかったのだから。

 小松が唇を離す。

 激しいロマンティックに、ゆきは頭をぼんやりとさせた。

 潤んだ瞳で、小松をただ見つめていると、意地悪な眼差しを向けられる。

「……おしおき……。に、決まっているでしょ?」

 小松は低い声で囁くと、ゆきを抱き締めた。

「……余り、私を待たせないように」

 小松は低い声でお仕置きをするように言うと、何事もなかったかのように運転席に戻りステアリングを握り締める。

 いつも通りのクールな小松になり、車を出した。

 車が動き出しても、ゆきはまだドキドキしていた。

 先程のキスは、明らかに親愛は越えているキスだった。

 男女の深く情熱的な愛を感じさせるものだ。

 ゆきは深い愛情があるのではないかと、一瞬、錯覚をしてしまいそうになるぐらいに、愛が籠っているキスだと思った。

 それがリアルであれば良いのにと思わずにはいられなかった。

 ゆきは恋心を込めて、小松を見つめる。

 この人を本当に好きなのだと、思わずにはいられなかった。

 小松の車は、静かに実家へと向かう。

 ゆきはときめきが収まらなくて、どうして良いのかが解らなかった。

 

 小松と一緒に家につくと、にこにこと楽しそうに小松の母がやってくる。

「おかえりなさい、ゆきちゃん、帯刀」

「ただいまです」

 ゆきが挨拶をすると、小松の母親は幸せそうに微笑んでくれた。

 小松と二人で連れだってダイニングルームへと向かう。

 こうしていると、まるで結婚をしたような気持ちになる。

 ゆきは嬉しくて、ついはにかんでしまう。

「……こうしてふたりが並んでいると、何だか嬉しいわ。幸せな気持ちになるもの」

「私も幸せな気分です」

 ゆきはつい素直な気持ちを伝えてしまう。

「ゆきちゃん、だったら、今すぐ結婚してしまえば良いのに。帯刀と。そうしたら、総てがまるく収まるでしょ」

 小松の母はにこにこと楽しそうに笑いながら、然り気無く結婚を促してくる。

 小松との結婚は嬉しいし、ゆきの夢ではあるけれども、こうして強制されるのはやはりイヤなのだ。

 小松とは、やはり本当に愛し合っていると確証が持てた上で、結婚をしたいと思ってしまう。

 それがゆきの切ない恋心でもある。

 義務ではなく、愛が欲しいのだ。

「母上、私たちの自主性に任せて頂けませんか?私たちは子供ではありませんから、あなたの考えるよりは、熟慮しなければならないんですよ」

 小松には強制されるように聴こえたのだろう。

 何処か苛立っているような雰囲気すら見て取れた。

「そうね。許してちょうだい、あなたとゆきちゃんの結婚は私の夢だったから、それは忘れないで欲しいの」

「分かっていますよ」

 ゆきにとっても、小松と結婚するのは夢であったのだから同じだ。

 小松が先程のキスをするように情熱的に愛してくれるのならば、ゆきとしても直ぐにその胸に飛び込んで行けるのにと、そっと思った。

 あのキスを思い出してしまうと、ドキドキしてまともに小松が見られない。

 ときめきすぎてどうしようもなくなる。

 意識しすぎて、逃げてしまいそうになった。

 ダイニングテーブルについて、家族で食事を始める。

 いつもながら、とてもおいしくて温かな食事だ。

 これからは食事の支度も自分でしなければならない。

 今の状況が、かなり恵まれていることを、ゆきは強く感じていた。

 

 夕食の後、部屋に戻り引っ越し準備をする。

 もうすぐ、この温室から出ていかなければならないのだ。

 ずっと見守ってくれていた、ゆきにとっては大切な温室だ。

 ゆきは温かな環境に感謝をする気持ちがとても強くなっている。

 今までは本当に快適な空間にいたのだと感じた。

 ゆきが片付けていると、小松がやって来た。

「ゆき、準備は進んでいるの?」

「大体は。準備はほとんど終わりました。引っ越しは明後日ですから。まあ、あまり荷物はないから安心なんですけれど」

「そう、それは良かった。では、私の手伝いは必要ではないようだね」

「はい、ありがとうございます。これからは、なるべく帯刀さんの手を煩わせる事がないようにしますね。頼らないように。今まではずっと頼ってばかりいたから、これからはそうならないようにしますね。本当にいつも頼ってばかりだったから……」

 これからは何でも直ぐには頼れない状況になるから、ゆきはなるべくなら頼らないようにしたかった。

 ひとりで頑張ってゆくと強く決めたのだから。

 ゆきはその決意はきちんと持っていかなければならないと思った。

「頼らないのは、良い心がけだとは思うけれどね、ただし、無理は禁物だよ。それは君もよく分かっているよね?」

 小松は然り気無く釘をさすことも忘れてはいない。ただし、それはゆきを心配してくれていることの裏返しに他ならないのだが。

「はい。本当に大変な時は、甘えない程度に頼ります」

「ああ、それが良いよ。少しずつ段階を上げれば良いから」

 小松は大人らしい落ち着いた声で言う。

 先程のキスなんて、なかったかのようだ。

 ゆきにはそんなことは考えられないというのに。

 ゆきは、何度か先程のキスの意味を聴こうと思ったが、緊張し過ぎて上手く訊けない。

 キスの意味が知りたい。

 喉まで出掛けて、ゆきは引っ込めた。

 上手く言えなくて、ゆきはただ顔だけを真っ赤にさせてしまった。

「何か言いたいことがあるようだけれど……」

 小松は何を訊きたいのか解っているようで、薄い笑みを浮かべている。

「……何もありません……」

「そう?だったら良いんだけれど」

 小松の表情が意地悪にからかうように光る。

 小松の眼差しを見つめていると、ゆきは恥ずかしくて、本当に何も言えなくなってしまう。

 ドキドキし過ぎて、ゆきはまともに小松を見つめることすら出来なかった。

「もうすぐ、引っ越しだね。私は手伝いには行けないけれど、しっかりやりなさい」

「はい」

 ゆきが返事をすると、小松はフッと微笑んで部屋から出ていく。

 結局、キスのことは訊けなかった。





マエ モドル ツギ