*悪魔のようなあなた*


 引っ越しの当日、やはり言葉通りに小松は手伝いには来なかった。

 前以て宣言をされていたこともあり、ゆきは失望することはない。

 ゆきにとって、小松の手を借りないのは、自立の一歩だ。

 そう自分自身に言い聞かせる。

 だから、ひとりで引っ越しをするのは、苦ではなかった。

 小松の母親は手伝いたいとばかりに見つめてきたが、ゆきは丁寧に断った。

 自立をしようと決めたから、ゆきはなるべく助けを借りるように頑張ったのだ。

 友人たちには少しだけ手伝って貰うことになってはいるが、目的はガールズトークだ。

 ゆきの部屋は誰もいないなら、思いきり羽を伸ばせるからだ。

 楽しい引っ越し祝いパーティーになりそうだった。

 

「ゆきちゃん、本当に大丈夫?」

「大丈夫ですよ。皆さんに少しずつ手伝って頂きましたから、頑張れましたよ」

「ほとんど自分でやったじゃないの。私はもっと手伝ってあげても良かったんだけれど……」

「大丈夫ですよ。お気持ち、感謝します。今まで、散々お世話になっていましたから。お世話になりっぱなしでしたね、私……」

 小松の母親に挨拶をしていると、再び泣きそうになる。

 本当に実の母親と同じぐらいにゆきに気をかけてくれた。

 それは本当に嬉しかった。

 だからこそ、たくさん感謝をしている。

 いざ、離れて暮らすとなると、ゆきは泣きそうになる。

 やはり、小松の母親は、ゆきにとっては大切であることはかわりなかった。

「ゆきちゃんには、私たちも帯刀も着いているから心配はないけれど、何かあったら、うちにいつでも戻ってきてくれても良いからね」

「ありがとうございます」

 挨拶をすると、本当に涙が滲んでくる。

「定期的に顔を出しますね」

「ええ、是非、そうしてね」

 ゆきは笑みを浮かべて、何度も頷いた。

「では、行きますね」

 こうしていても、泣きそうになるから、ゆきは別れは短くしようとした。

 それに、会えないわけではない。ゆきは近くに引っ越すだけなのだから。

「まあ、ゆきちゃんには、帯刀もいるし、あなたもしっかりしているから安心だけれど……」

 この言葉が、ゆきをかなり心配していることは、分かっている。

 ゆきはなるべく顔を出そうと思った。

 引っ越しといっても、大した荷物があるわけではないから、小さなトラックひとつで済んだ。

 費用も最小限に抑えられたので、ゆきとしては大満足の引っ越しといっても良かった。

 友人と引っ越し業者と一緒にマンションに入ると、恵まれた環境に、友人たちは驚いていた。

「すごいね、ちゃんとセキュリティがされているし、一人暮らしの女の子には安心だよね。びっくりしたよ、こんなに安心できるマンションってなかなかないよ。高いんじゃないの?」

「それが、たまたまこの部屋だけ空いていたうえに、安かったんだ。かなりの人気物件だから、私は本当にラッキーだったみたい……」

「それはそうだよ。なかなかこんな優良物件にはあたらないよ」

「うん、運河良かったって思っているよ」

 ゆきは部屋を見渡しながら、笑顔になる。

 これから、この部屋がゆきのお城になる。

 本当の意味で、この部屋から新しい人生が始まるのだ。

 ゆきは、幸せだとつくづく思う。

 やる気だとか、新しく頑張らなければならないとか、そんな、気持ちがみなぎってきた。

 

 友人たちに手伝って貰って部屋の片付けを終えた後、ささやかな引っ越し祝いをする。

 パスタを作って、買ってきたケーキを食べるぐらいのことしかしないが、それでも友人たちとわいわいと楽しめるのは嬉しかった。

「だけど、ゆきが一人暮らしをしたから、これからはここに泊まることが出来るよね。皆でわいわいしたり出来るね。ただし、小松さんが許してくれたらだけれど」

「どうして帯刀さんがここで出てくるの?」

 友人の言葉に、ゆきはつい首をかしげてしまう。

 小松が出てくることはないのにと、思ってしまう。

「だってさ、小松さんって、ゆきにだけは物凄く過保護だし、そのうえ独占欲が高そうだしね」

 からかうように楽しそうに笑う友人に、ゆきは目をくるりと丸くする。

「そんなことはないと思うよ。私のことは、ただの妹ぐらいにしか思ってはいないよ。だから、妹と同じように心配してくれているだけだよ……」

 自分で話していて、ゆきはほんのりと切なくなるのを感じた。

 本当に妹としてしか見てくれやしないゆきの大好きなひと。

 本当はひとりの女性として見て欲しいだけなのに。

 ゆきの望み通りにはなかなか見てはくれないのが、実情だ。

「帯刀さんは、大事な妹ぐらいにしか、見てはくれないよ……」

 ゆきは胸が切なく抉られる。自分で言っているのに、苦しかった。

「……まあ、私たちにはそうは見えていないよ。確かに、小松さんはかなりあなたには過保護だし、それに、大切にしすぎるきらいがあるぐらいに、大切にしているけれど、そこには、男としての独占欲だとか、保護欲があるような気がするな。大事で愛しすぎるからって、思っているだけのような気がするな」

 友人はしみじみと言うと、ゆきを温かな笑顔で見つめてくれた。

 そうだったら良い。

 だけど、男女の機微で大切な言葉がないから、経験のないゆきは不安でしょうがないのだ。

 駆け引きが出来るほど、ゆきは恋に慣れてはいないし、上手でも何でもない。

 ずっと小松に導かれてきただけなのだ。

 ゆきは笑顔でただ頷く。

 そうだったら良いのにと思いながら。

 

 友人たちも帰り、ゆきは部屋でひとりになった。

 ひとりで夜を過ごすのは初めてだから、ゆきはほんのりと緊張と不安を抱く。

 住んでいるマンションはセキュリティがされているから、安心なのだが、やはりひとりは初めてだから不安なのだ。

 ふとインターフォンが鳴り響き、モニターに出ると、そこには小松がいた。

「ゆき、引っ越し祝いを持ってきた」

「はい。直ぐに開けますね」

 ゆきはセキュリティを解除し、小松にマンションに入って貰った。

 ドキドキする。

 小松を待つ間、情熱的な甘いときめきに支配をされる。

 緊張と不安でついドキドキしてしまう。

 小松が部屋の前にたどり着き、ゆきはドアを丁寧に開けた。

「こんばんは、帯刀さん」

 声を掛けると、小松はいつも以上に大人の男性の雰囲気を醸し出している。

 艶やかで危険な香りすらする。

「こんばんは、ゆき。君を抱きにきた」

 小松に艶のある冷悧な声で言われて、ゆきは動くことすら出来なかった。

 





マエ モドル ツギ