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まさか小松と、独り暮らしを始めたばかりの家で、こうして結ばれるとは思ってもみなかった。 幼い頃から、ずっと小松のことが好きで好きでしょうがなかった。 こうして結ばれたことは嬉しい。 だが、小松は本当に愛してくれているのだろうか。 それがゆきは不安だ。 好きだとか、愛しているだとか、小松からは直接、聞いたことはなかったから。 ゆきにはそれが不安要素として残る。 ゆきは、心から愛しているから、小松に抱かれたのだ。 それは胸を張って言えることだ。 小松もそれは解っていると思う。 誰からも、小松への愛情はあからさまだと言われてしまうから。 ゆきは小松の腕に抱かれて、とても満たされていると感じながらも、何処か不安が拭えない。 不安過ぎて、どうして良いのかが解らない。 苦しくて厳しい感情だ。 静かにしながら、小さくなっていると、小松が更にギュッと抱き締めてきた。 「ゆき、起きているんでしょ?」 「はい……」 ゆきがゆっくりと目を開けると、とても美しくて艶やかな小松が見える。 昔から綺麗すぎるぐらいに整っているとは思っていたが、まさかこんなにも綺麗だなんて思ってもみなかった。 艶のある美しさには、本当にドキドキしてしまう。 ゆきはつい見惚れてしまった。 ゆきがぼんやりと小松ばかりを見つめていると、呆れ果てたようにため息を吐かれた。 「何をボーッとしているの、君は。しょうがない子」 小松はうんざりするように言うと、いきなりキスをしてきた。 生々しくも官能的なキスをされると、ゆきは目覚めるどころか、ドキドキし過ぎてどうしようもなくなる。 キスの後、ぼんやりとしていると、小松はしらっとした表情を浮かべる。 「これで目が覚めたでしょ?どう?」 「目は覚めましたが、ドキドキし過ぎています」 ゆきは困った気持ちになりながら、小松を見上げた。 「しょうがないね。じゃあ落ち着かせてあげるよ」 小松はいきなりゆきを抱き寄せると、まるで小さな子供にするかのように、背中を何度もリズミカルに優しく叩いてくれる。 とても優しいリズムだ。 幼い子供ならば、癒されたりあやされたりして、落ち着くのだろうが、ゆきにはまったく効かない。 それどころか、余計にドキドキしてしまう。 小松はその事を知っていて、しているのだろうか。 ゆきはドキドキしながら、小松を見た。 「どう、落ち着いた?」 「……落ち着かないです……。私には効かないみたいで……落ち着かないです……」 ゆきが真っ赤になりながら言うと、小松は可笑しそうに笑った。 「それはそうかもしれないね。私たちは裸だし……」 小松に言われて、ゆきは驚いて自分の体を見る。 裸だ。 恥ずかしすぎて、ゆきは隠れたくなる。 だが、いくらジタバタしたとしても、小松の逞しく鍛えられた美しい肉体はびくともしない。 むしろしっかりとゆきを受け止めている。 「……ゆき、落ち着きなさい。そんなにも暴れないの。君は私の妻になるのだから、もう少し落ち着いて貰わないとね」 小松は穏やかな口調で言うと、ゆきの額にキスをした。 「……ゆき、もう既成事実が出来たからね。私の妻になりなさい」 小松は穏やかで落ち着きのある艶やかな声で、ゆきに、優しく語りかけてくる。 胸がいっぱいになるぐらいにときめきを感じてしまう。 小松が相手だから、胸が苦しくなるぐらいに、ときめきでいっぱいになってしまうのだ。 「……あ、あの、そのつもりではいますが……、将来的には……」 ゆきは真っ赤になって声を震わせながら、なんとか呟く。 幼い頃からの夢ではあるから認めざるをえない。 口にするのはとても恥ずかしかったけれども。 「将来的には、じゃないよ。なるべく早く、今すぐにでも、だよ」 小松はもう離さないとばかりに、ゆきを更に強く抱き締めてきた。 「……私は一人暮らしをしたばかりですし……」 「私は君を守ることをしなかった。つまり、避妊処置はしなかったということだよ。だから、子供が出来てもおかしくはないということだよ」 小松は淡々と何でもないことのように言うが、ゆきにとってはそれこそ驚きの真実だった。 小松の子供はいつか欲しいとは思ってはいたが、まさか出来るなんて思ってもみなかったのが、本音なのだ。 「……あ、あの……」 ゆきが驚いて戸惑っていると、小松は鋭い眼差しを向けてきた。 「それとも何?嫌なの?」 「嫌なわけないです」 ゆきは本音を言うと、小松をまっすぐ見上げた。 小松はゆきの気持ちなんて、解っていたようで、フッと柔らかに微笑んだ。 「ゆき、安心して私のところに来なさい。幸せにするから」 小松は優しく言うと、ゆきを愛しげキスしてくれた。 「……私は君を一生大事にするからね」 「はい。ありがとうございます」 ゆきは素直に言うと、小松にすがるように抱きついた。 この不安定な心を何とか安定させるために。 こうしてプロポーズをされて、小松のものになったのに、まだ、不安はぬぐいされない。 それはきっと、明確に小松からの「愛している」がないからかもしれないと、ゆきは思った。 愛しているの言葉が欲しい。 熱くて甘い蕩けるような言葉が欲しい。 それがあれば、きっと喜んで、小松の妻になるというのに。 どこか義務感があるような気がしてならなかった。 小松はゆきの様子に気付いたようで、そのまま背中を撫で付けてくれる。 「ゆき、悪いようにはしないから、これは約束をする。これから少し、結婚準備で忙しくなると思うからね。なるべく君のサポートをするようにするから」 「ありがとうございます」 ゆきは嬉しくて、泣きそうになる。 だが、付きまとう不安が完全に消え去ったわけではない。 小松が愛していると、ただ言ってくれたならば、こんなにも切ない気持ちにはならないというのに。 ゆきは、自分が求めるものは、高望みなのだろうかとつい考えてしまう。 愛しているひとから、心からの言葉が欲しいと、ゆきは思った。 小松から愛の言葉を貰う。 それは幼い頃からの夢だから。 小松はただゆきの総てを抱き締めるように、癒すように、じっとしてくれている。 ゆきはそれに甘えながら深く目を閉じた。 愛の言葉を心に秘めて。 結婚には本当の愛が必要だと感じながら。 |