4
|
言葉がすとんと下りてくる。 ゆきは、今までで一番強くなったような気がした。 大丈夫だ。 このひとの妻になっても、頑張ることが出来る。 ゆきは、そう確信する。 このひとならば、寄り添って着いて行くことが出来る。 小松に触れられても、違和感がなく、ときめきを感じた。 もっと触れて欲しいだなんて、そんなことすら思ってしまう。 頼るひとは小松しかいない。 ひとりで頑張れるように、やってゆくしかないのだ。 「さあ、行こうか。ゆき」 小松はゆきの手をしっかりと握り締めてくれる。 その力強さに、ゆきは心が強くなると感じた。 「はい、小松さん」 ゆきの言葉に、小松は微苦笑する。 「君は今日から、“小松さん”だよ。そんな呼び掛けは、駄目だよ。ちゃんと名前で呼びなさい」 小松は、何処かからかうように言う。 その横顔に、ゆきも思わず笑みを溢した。 「ようやく笑ったね。君は笑っているほうが良いからなね」 「有り難うございます」 「堅苦しくならないで。今日から私たちは一緒に生きていくんだからね。力を抜きなさい」 「はい」 ゆきがカチコチになっていることに気付いてか、小松はしっかりと手を握り締めてくれた。 「君は今日からこの邸の女主人だよ。だから、ゆき、君はもっと自由に振る舞って構わないのだからね」 小松は静かな微笑みを見つめながら呟くと、ゆきに顔を近づけてくる。 整った小松の顔が近づいてくると、胸がどきどきしてしまい、息が出来ないぐらいに甘い気持ちになっていた。 緊張する。 初めての種類の緊張だ。 ゆきにとっては、未知の緊張だった。 小松はゆきの唇にそっとキスをする。 触れるだけのキス。 だが、今までで食べたどのお菓子よりも、甘くてときめくものだった。 「さあ、行こうか、奥さん」 小松はそう言って、ゆきを邸の中に連れていってくれた。 小松家は、半分混乱状態になっていた。 理由は、小松がいきなり結婚を決めた上に、妻を迎えてしまったからだ。 今日は見合いだけだと聞いていたのに、まさかだった。 準備に手間取っているようだ。 ゆきは、本当に申し訳がないと、思わずにはいられない。 「小松さん、やっぱり、私は家に戻ったほうが良いのではないかと思います。また、改めて準備をして、ここに戻ったほうが良いかと」 ゆきが遠慮がちに伝えると、小松はゆきを引き寄せる。 「私は君を離す気はないからね。そのつもりでいて」 小松はクールに呟くと、更にゆきを引き寄せる。 こうして男の人と密着するのは初めてで、ゆきは緊張の余り、身体を固くする。 「ゆき、私は君を今すぐそばに置きたいからそうしたんだから。だから、ここにいなさい」 そばに置きたい。 小松が望んでくれている。 それがゆきにとっては、何よりも嬉しいことだった。 「さあ、ゆっくりしなさい。今日は色々とあって、疲れたでしょ?着替えは用意してあるから、それを着なさい。君の荷物は、早晩やってくるから」 「はい」 小松はゆきを奥向に連れていってくれる。 「少し休みなさい」 小松はそれだけを言うと、一旦、立ち去る。 その後ろ姿を見つめながら、ゆきは胸が甘い緊張でいっぱいになるのを感じた。 今日からこのひとと一緒に生きていく。 小松の背中を見ていると、不安が吹き飛ぶような気がした。 食事のあと、お風呂が準備される。 お湯に浸かりながら、ゆきは、なんという一日だったのかと、つい反芻してしまう。 たった一日で、人生がこれほどまでに変わってしまうなんて、思わずにはいられなかった。 ゆきは溜め息を吐く。 お見合いすることは決まっていたから、結婚が決まる覚悟はあった。 だが、まさかそのまま結婚してしまうとは、思ってもみなかった。 本当に一日で劇的に変わってしまった日だった。 ゆきはお湯に浸かりながら、人生の不思議さを感じずにはいられなかった。 お風呂から出ると、部屋には既に寝具が用意されていた。 布団の上には、猫が可愛いらしく、丸くなって眠っている。 のんびりと眠る平田殿を見つめていると、こちらまで幸せな気持ちになってしまう。 「平田さん、今日からよろしくね」 ゆきが声をかけると、猫は一瞬だけ、目を開けてゆきを見た。 また、目を閉じて眠る。 その様子を見ているだけで、ゆきは優しい気持ちになる。 ふと、障子が開いて、ゆきは身体を固くする。 「平田殿は、君をすっかり気に入ったようだね」 小松の声が聞こえて、ゆきは思わず振り返った。 小松も既に眠る支度が出来ている様子だった。 小松の姿を見つめるだけで、ゆきはドキリとする。 きちんとした小松の姿も隙がないほどに整っていたが、それ以上に、今の姿は艶やかだった。 ゆきは、艶のある小松の姿を見つめるだけで、息が出来ないほどに緊張した。 「ゆき」 小松は名前を呼ぶと、ゆきのそばにやってきて、その横に腰を下ろす。 ゆきは悟る。 小松と結婚するというのは、身体で結ばれることを意味しているのだ。 そう思った瞬間に、ゆきは身を固くした。 緊張し過ぎて、息が上手く出来なくなる。 苦しい。 その姿を見た小松が、苦笑いを浮かべた。 「緊張しているの?君はしょうがない子だね」 呆れるように言っているのに、小松の声には温かさと優しさが滲んでいる。 ゆきは、素直に頷く。すると小松はこの上なく優しい眼差しを、ゆきに向けてくれた。 鋭く冷たい厳しい眼差しと、温かさと優しさが入り雑じった眼差し。 対比する眼差しではあるが、それは小松が誰よりも優しい心を持っている裏返しだと、ゆきは感じた。 誰よりも優しく、思いやりがあるからこそ、小松は厳しくて冷たいのだろうと、ゆきは思った。 「……ゆき、私に手を握り締められて、嫌だった?」 「いいえ」 ゆきは素直に首を横に振る。 「だったら、こうしたら嫌?」 小松は柔らかく包み込むようにゆきを抱き締めてくる。 小松に抱き締められていると、いつまでもこうされていたいとついつい思ってしまう。 ゆきは鼓動がときめきのダンスをするのを感じながら、ドキドキしながら小松に返事をした。 「……大丈夫です……」 「そう……。だったら大丈夫だね」 小松は艶やかに囁くと、ゆきを布団に横たえた。 |