*夫婦しぐれ*


  小松とどうなるのか。

 ずっと解っていたような気がする。

 ゆきは小松をただ真っ直ぐ見つめる。

 小松は艶やかに微笑むと、ゆきの額に口付けた。

「選択は君に任せる。もう少し待って欲しいのか、それとも待たなくても良いのか……。待つと言っても、そんなには待ってはあげられないよ」

 小松は艶のある笑みを滲ませながら、ゆきに囁く。

 そんなには待てない。

 その言葉に、甘い戦慄を覚える。

 強引に今夜から妻になってしまったが、まだ心の準備が出来てはいない。

 ゆきは深呼吸をすると、小松を見た。

「少しだけ……、待って下さい……」

 声が震える。

 すると小松は不快になることなどなく、フッと甘い笑みを浮かべる。

「解った。だが、一緒には眠ろう。その身も私のものにするのは、もう少し先だけど、だが、君が私の妻であることには変わりはないからね」

「はい」

 ゆきは、小松の気遣いや優しさに感謝しながら、そっと頷いた。

 小松はゆきの気持ちを第一に優先してくれている。

 本当に、いくら感謝をしてもしきれないのではないかと、ゆきは思う。

 普通、小松の立場であれば、力付くでどのようなことでも出来るだろう。

 なのに、ゆきへ最大の誠意と優しさを示してくれる。

 ゆきは、結婚する相手がこの人で良かったと、改めて感じずにはいられなかった。

「さあ、眠ろうか。君も今日は色々とあって、疲れたでしょ?さっさと眠ろうか」

「そ、そうですね」

 ゆきは笑顔になったが、やはり緊張で、少しだけ強ばってしまう。

 その表情を見るなり、小松はフッとゆきの心ごと包み込んでくれるような笑みになった。

「さあ、緊張しなくても大丈夫。君は眠る。ただそれだけだよ」

 小松は静かに囁くと、ゆきを柔らかく抱き締めてくれた。

 小松にふわりと抱き締められて、ゆきはときめきが溢れてしまい、どうしようかと思うほどに緊張してしまった。

 ドキドキし過ぎて、ジタバタしそうになる。

 小松は自分の肘で頭を支えて、下半身を横たえると、布団を優しく開けて、ゆきに眠るように促した。

 その仕草がとても艶やかで、ゆきは緊張し過ぎてガチガチになってしまった。

 なんという大人の男の色香だろうか。

 心臓がいくつあっても足りないぐらいに、官能的な姿だった。

 ゆきは、ついついうっとりと小松に見惚れてしまっていた。

「ほら、早く寝なさい。疲れているでしょ?それに、明日からは色々とやらなければならないことが出てくるからね」

 小松は冷静に淡々と言う。

 こちらがこんなにも緊張しているというのに、小松は全くの冷静沈着だった。

 だからこそゆきは悔しい。

 小松と自分の差を見せつけられたような気がして。

 同時に小松の大人な男性ぶりにひどく惹かれているのも、紛れのない事実だった。

「ゆき、眠りなさい。眠れば、疲れも取れるから」

「はい」

 ゆきは素直に布団のなかに入ると、身体を横たえる。

 すると小松も同じように身体を横たえ、ゆきの柔らかな身体をしっかりと抱き締めてくれた。

 こうして同じ布団に入って温もりを共有するというのは、なんて優しい幸せなのだろうかと思う。

 小松は、ゆきをあくまで優しく包み込んでくれる。

 今日、初めて逢って、いきなり結婚したとは思えないほどに、小松はゆきに気遣いを見せてくれた。

 本当に有り難いことだと、ゆきは思う。

 逢ったばかりなのに、もう好きになり始めている。

 こんなことがあるのだろうかと、ゆき自身が驚いている程だ。

 奇跡のようだ。

 こうして男に抱かれても、幸せで温かな気持ちになる。

 そんなことが起こるとは、ゆきも考えたことはなかった。

 とても懐かしくて心地よい温もり。

 ほんのりと白檀の香りがした。

 とても胸が騒ぐ香りがする。

 ゆきは、小松の香りにうっとりとしながら、目を閉じる。

 安らぐのにドキドキするのは、どうしてだろうか。

 ゆきは、小松の香りを何度も吸い込みながら、胸が騒ぐのを感じていた。

 

 いつの間にゆったりと眠ってしまっていた。

 初めての家で、しかも男の人と一緒だったにも関わらずだ。

 ゆきが目覚めると、見慣れない天井に、戸惑いを覚えた。

 しかも、隣にはもう小松はいない。

 ゆきがしまったと思ったのも、あとの祭りだった。

 慌てて飛び起きる。

 小松の妻になったのに、夫よりも起きるのが遅くなってしまうなんて。

 ゆきが慌てて着替えの準備をしていると、女中の姿が見えた。

「ゆきさま、お目覚めでしょうか?」

「はい」

「では、おめしかえのお手伝いを致します」

「有り難うございます」

 ゆきの声に、女中は部屋に入ってくる。

 武家の奥方らしい、品のある着物を携えている。

「失礼致します」

「着物ぐらいは自分で着られますよ」

「いいえ。お手伝い致します」

 女性はにっこりと微笑むと、ゆきの着付けを手伝ってくれる。

 これが上級武家のならわしなのかと思うと、ゆきの気持ちは引き締まった。

 着付けは、ゆきがひとりで着替えるよりも早く終わった。

「さあ、どうぞ」

「有り難うございます」

「お殿様も朝の鍛練が終わられた頃ですよ。ご一緒に朝食を頂いて下さい」

「はい」

 小松と一緒に食事が出来る。

 ゆきはそれにホッとする。

 せめて小松を見送りたいと思っていたのだ。有り難いとゆきは思う。

 小さな部屋に通される。

 そこは風通しがとても良くて、庭も見えて、食事がとてもしやすい。

 ゆきが腰を下ろすと、ほどなくして小松も部屋にやってきた。

「おはようございます、殿」

「おはようございます、小松さん」

 ゆきは、小松をどう呼んで良いかも分からなくて、ただ素直に“小松さん”と呼ぶ。

 ゆきの呼び掛けに、小松は苦笑いを浮かべていた。

「ゆき、君は本当に面白いね。君も“小松さん”でしょ?その呼び方は適切ではないよ」

 小松はやんわりとゆきに言う。確かに、その呼び方は正確に言うと、正しくはなかった。

「どのようにお呼びして良いかが、分からなくて……」

 ゆきが困惑しながら言うと、小松はフッと笑った。

「ゆきくん、私のことは、帯刀と呼んで貰って構わないよ」

「はい……帯刀さん……」

「まあ、及第点かな?では、食事をしようか」

「はい」

 小松との初めての食事。

 ゆきはドキドキしながらも、何処か嬉しく想いながら食事を取っていた。


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