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薩摩藩邸は、小松の京邸から比較的近い場所にあった。 ゆきたちが到着する時間を見越していたらしく、出迎えの者が出ていた。 「これは龍神の神子殿、ご家老がお待ちです」 「有り難うございます」 ゆきは藩士に連れられて、薩摩藩邸へと入る。 やはり有力藩ということもあり、警備は厳重だ。しかもかなりの敷地だ。総合大学ぐらいはすっぽりと入る広さだ。 「エゲレスのお客さまも一緒です」 エゲレス。恐らくはイギリスのことなのだろう。ならば、誰かは直ぐに分かる。 ゆきは表情を引き締める。 「戦争していた薩摩とエゲレスがこうして友好になれるんだからな」 しみじみと龍馬は呟く。 ゆきは、海外生活が長いせいで、幕末の歴史にはかなり疎い。そんなことがあったのかと、しみじみと考えた。 「さあ、どうぞ」 静かに障子戸が開かれる。その奥には、小松と、アーネストがいる。 アーネストの背後には玄武が見えた。 ゆきは安堵するのと同時に、気持ちを引き締める。 「よく来たね、ゆきくん」 「この方が、“龍神の神子”……。おとぎ話ではなく、ホンモノということですね……。小松さん」 「本物だよ。陽炎や怨霊を封印、浄化をする様子を、実際に見たからね」 「そうですか……」 アーネストは、ゆきをじっと見つめている。緊張してしまい、ゆきは喉がからからになるのを感じた。 「あ、あの、アーネスト、あなたは私の八葉です。あなたは玄武」 ゆきは、アーネストにはストレートに伝えるのが一番だと思い、話す。 アーネストは、眉を皮肉げに上げて、面妖だとばかりの表情になった。 「……玄武……。あなたは忌々しいことを言いますね……」 アーネストは吐き捨てるように言う。溜め息すら吐いていた。 「ゆきさん、君は本当におかしなひとですね。小松さんは、彼女を信用していらっしゃるのですか?」 「そういうことになるかな。サトウくん」 小松は何の迷いもなく、ハッキリとキッパリと呟いた。 それがゆきにはとても嬉しい。小松にそう言って貰えるのが何よりも嬉しかった。 「有り難うございます、小松さん」 小松が助太刀をしてくれている。 だから大丈夫だ。 小松がついてくれてさえいれば大丈夫だと、ゆきは強く思った。 「アーネスト、あなたが玄武を毛嫌いするのは分かる。あなたは一度、高杉さんに玄武を使役されて、襲われたことがあったから……。だけど、あなたは対峙出来た……。それは、きっと、あなたが、玄武の力を持っているから……」 ゆきの話を、アーネストは厳しい表情で答える。その表情は、驚きも含まれていた。 「……ゆきさん、あなたは……。私の経験を見て、知ったように言う……」 アーネストの言葉に、ゆきは複雑な気持ちになった。 アーネストは、完全にゆきがそこにいたことを忘れている。彼の心からも、やはり、“龍神の神子、蓮水ゆき”のことを、完全に忘れていた。 切なくて胸が痛い。 厳しくて仕方がない。 だが、また、同じように関係を築いてくれば良いと、ゆきは思った。 ゆきは誠実な想いを込めて、アーネストを真っ直ぐ見つめることしか、出来ない。 小松はただ静かにふたりの行方を見つめている。本当に冷静だ。 「アーネスト、八葉として、私に力を貸してくれませんか?」 「……八葉……。これもまた、おとぎ話の世界ですね。そもそも、外国人である私が、八葉に選ばれるなんて、不思議なことがあるものですね」 アーネストは、怪訝だとばかりに、表情を険しくさせた。 「……アーネスト……」 これ以上の説得は無理なのだろうか。ゆきは唇を噛み締める。 だが、八葉は探さなければならない。集結させなければならない。 「……エゲレスにも、利益をもたらしてくれると思うよ。神子殿は……」 ゆきの気持ちを察してか、小松はさりげなくゆきに力を貸してくれる。 ゆきが祈るような気持ちでいると、アーネストは心の底から、深く溜め息を吐いた。 「……分かりました。あなたと小松さんがそこまで仰るなら……。小松さん個人の信頼に免じて、あなたの八葉として力を貸します……。ただし、私も外交官ですから、そちらの仕事を優先します」 アーネストはそこだけは譲れないと、冷静な口調でキッパリと言い切った。 「有り難うございます」 それでも良いと思った。今までがそうだったから、気にはならない。 これも小松が力を貸してくれたことに、他ならない。 ゆきは感謝の想いを小松にしっかりと向けるために、見つめた。 「小松さん、有り難うございます」 「私は何もしていないよ」 小松はあくまであっさりと言ったが、ゆきは本当に心から感謝せずにはいられなかった。 「サトウくん、神子殿は、今、うちにいるから、何かあれば尋ねてきて」 「はい。有り難うございます。小松さん」 アーネストはしっかりと頷くと、ゆきを見つめる。 「これからよろしくお願いします、ゆきさん」 「よろしくお願いします。アーネスト」 何だか他人行儀な態度が、ゆきは寂しくてしょうがない。 いつになったら、皆は思い出してくれるのだろうか。 ゆきにはその事実が重苦しくて、しょうがなかった。 今で、八葉は四人。半分だ。あと半分を探し求めなければならないのだ。 ゆきは溜め息が吐きたくなった。 だが、弱音を胸に抱いても、しょうがないのだ。 ゆきは強くそう思うと、前を向くことにした。 「さてと、ゆきくん、うちに戻ろうか。こう慌ただしいと大変でしょ」 「有り難うございます」 小松に話し掛けられるだけで、ゆきは嬉しい。 小松は、冷たいところもあるが、深い部分ではとても優しい。ゆきはどんどん惹かれてゆくのを感じていた。 小松と一緒に、京邸に向かう。 こうして一緒に肩を並べて向かうだけで、幸せな気持ちになる。 ほわほわとしたこの気持ちの理由が何なのか、ゆきは気づいていながらも、気づかないふりをしてた。 小松邸に入ると、やはりいつもよりもずっと安心する。そばに小松がいるからだろう。 ゆきが廊下に入ると、またひとが転がっている。 この家は、本当によくひとが転がっている。 龍馬と良い、ここに転がっている男といい、傍若無人だ。 「……死んでるのか?」 都は驚いて、完全に引いてしまっている。 「……死んでるわけないでしょ? ほら桂くん、起きて」 慣れているせいか、小松は動じることなく、桂を起こした。 |