*うたかたの琥珀*

11


 薩摩藩邸は、小松の京邸から比較的近い場所にあった。

 ゆきたちが到着する時間を見越していたらしく、出迎えの者が出ていた。

「これは龍神の神子殿、ご家老がお待ちです」

「有り難うございます」

 ゆきは藩士に連れられて、薩摩藩邸へと入る。

 やはり有力藩ということもあり、警備は厳重だ。しかもかなりの敷地だ。総合大学ぐらいはすっぽりと入る広さだ。

「エゲレスのお客さまも一緒です」

 エゲレス。恐らくはイギリスのことなのだろう。ならば、誰かは直ぐに分かる。

 ゆきは表情を引き締める。

「戦争していた薩摩とエゲレスがこうして友好になれるんだからな」

 しみじみと龍馬は呟く。

 ゆきは、海外生活が長いせいで、幕末の歴史にはかなり疎い。そんなことがあったのかと、しみじみと考えた。

「さあ、どうぞ」

 静かに障子戸が開かれる。その奥には、小松と、アーネストがいる。

 アーネストの背後には玄武が見えた。

 ゆきは安堵するのと同時に、気持ちを引き締める。

「よく来たね、ゆきくん」

「この方が、“龍神の神子”……。おとぎ話ではなく、ホンモノということですね……。小松さん」

「本物だよ。陽炎や怨霊を封印、浄化をする様子を、実際に見たからね」

「そうですか……」

 アーネストは、ゆきをじっと見つめている。緊張してしまい、ゆきは喉がからからになるのを感じた。

「あ、あの、アーネスト、あなたは私の八葉です。あなたは玄武」

 ゆきは、アーネストにはストレートに伝えるのが一番だと思い、話す。

 アーネストは、眉を皮肉げに上げて、面妖だとばかりの表情になった。

「……玄武……。あなたは忌々しいことを言いますね……」

 アーネストは吐き捨てるように言う。溜め息すら吐いていた。

「ゆきさん、君は本当におかしなひとですね。小松さんは、彼女を信用していらっしゃるのですか?」

「そういうことになるかな。サトウくん」

 小松は何の迷いもなく、ハッキリとキッパリと呟いた。

 それがゆきにはとても嬉しい。小松にそう言って貰えるのが何よりも嬉しかった。

「有り難うございます、小松さん」

 小松が助太刀をしてくれている。

 だから大丈夫だ。

 小松がついてくれてさえいれば大丈夫だと、ゆきは強く思った。

「アーネスト、あなたが玄武を毛嫌いするのは分かる。あなたは一度、高杉さんに玄武を使役されて、襲われたことがあったから……。だけど、あなたは対峙出来た……。それは、きっと、あなたが、玄武の力を持っているから……」

 ゆきの話を、アーネストは厳しい表情で答える。その表情は、驚きも含まれていた。

「……ゆきさん、あなたは……。私の経験を見て、知ったように言う……」

 アーネストの言葉に、ゆきは複雑な気持ちになった。

 アーネストは、完全にゆきがそこにいたことを忘れている。彼の心からも、やはり、“龍神の神子、蓮水ゆき”のことを、完全に忘れていた。

 切なくて胸が痛い。

 厳しくて仕方がない。

 だが、また、同じように関係を築いてくれば良いと、ゆきは思った。

 ゆきは誠実な想いを込めて、アーネストを真っ直ぐ見つめることしか、出来ない。

 小松はただ静かにふたりの行方を見つめている。本当に冷静だ。

「アーネスト、八葉として、私に力を貸してくれませんか?」

「……八葉……。これもまた、おとぎ話の世界ですね。そもそも、外国人である私が、八葉に選ばれるなんて、不思議なことがあるものですね」

 アーネストは、怪訝だとばかりに、表情を険しくさせた。

「……アーネスト……」

 これ以上の説得は無理なのだろうか。ゆきは唇を噛み締める。

 だが、八葉は探さなければならない。集結させなければならない。

「……エゲレスにも、利益をもたらしてくれると思うよ。神子殿は……」

 ゆきの気持ちを察してか、小松はさりげなくゆきに力を貸してくれる。

 ゆきが祈るような気持ちでいると、アーネストは心の底から、深く溜め息を吐いた。

「……分かりました。あなたと小松さんがそこまで仰るなら……。小松さん個人の信頼に免じて、あなたの八葉として力を貸します……。ただし、私も外交官ですから、そちらの仕事を優先します」

 アーネストはそこだけは譲れないと、冷静な口調でキッパリと言い切った。

「有り難うございます」

 それでも良いと思った。今までがそうだったから、気にはならない。

 これも小松が力を貸してくれたことに、他ならない。

 ゆきは感謝の想いを小松にしっかりと向けるために、見つめた。

「小松さん、有り難うございます」

「私は何もしていないよ」

 小松はあくまであっさりと言ったが、ゆきは本当に心から感謝せずにはいられなかった。

「サトウくん、神子殿は、今、うちにいるから、何かあれば尋ねてきて」

「はい。有り難うございます。小松さん」

 アーネストはしっかりと頷くと、ゆきを見つめる。

「これからよろしくお願いします、ゆきさん」

「よろしくお願いします。アーネスト」

 何だか他人行儀な態度が、ゆきは寂しくてしょうがない。

 いつになったら、皆は思い出してくれるのだろうか。

 ゆきにはその事実が重苦しくて、しょうがなかった。

 

 今で、八葉は四人。半分だ。あと半分を探し求めなければならないのだ。

 ゆきは溜め息が吐きたくなった。

 だが、弱音を胸に抱いても、しょうがないのだ。

 ゆきは強くそう思うと、前を向くことにした。

「さてと、ゆきくん、うちに戻ろうか。こう慌ただしいと大変でしょ」

「有り難うございます」

 小松に話し掛けられるだけで、ゆきは嬉しい。

 小松は、冷たいところもあるが、深い部分ではとても優しい。ゆきはどんどん惹かれてゆくのを感じていた。

 小松と一緒に、京邸に向かう。

 こうして一緒に肩を並べて向かうだけで、幸せな気持ちになる。

 ほわほわとしたこの気持ちの理由が何なのか、ゆきは気づいていながらも、気づかないふりをしてた。

 

 小松邸に入ると、やはりいつもよりもずっと安心する。そばに小松がいるからだろう。

 ゆきが廊下に入ると、またひとが転がっている。

 この家は、本当によくひとが転がっている。

 龍馬と良い、ここに転がっている男といい、傍若無人だ。

「……死んでるのか?」

 都は驚いて、完全に引いてしまっている。

「……死んでるわけないでしょ? ほら桂くん、起きて」

 慣れているせいか、小松は動じることなく、桂を起こした。



マエ モドル ツギ