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「……桂? 桂小五郎……」 瞬は唖然としながら呟く。 「なんだ、瞬、君は桂くんを知っているの?」 「……俺たちの世界にも同じ名前の人物がいるので……」 「そう……」 小松は静かに呟くと、 桂を見た。 「桂くん、君も龍馬も、廊下で眠るのは勘弁して。驚くでしょ」 「帯刀、お前はびっくりしているようには、見えないけれどなあ」 龍馬はあっけらかんと呟いた。 「驚いてはいないよ、私はね。君たちは何でもありだから。だけど、ゆきくんたちは十分驚いているようだけれど?」 小松は相変わらず冷静に分析している。らしいと、ゆきは思った。 「何でもあり、確かになあ!」 龍馬は愉快とばかりに、豪快に膝を叩いた。 一緒にいて、誰もが柔らかな気持ちになる楽観さに、ゆきも思わず笑ってしまった。 「桂くん、食事ぐらいは準備出来るから、早く起きなさい」 小松は、ひとり冷静に対応している。まるで保護者のようで、ゆきはくすりと笑った。 「どうしたの?」 「小松さん、何だかお父さんみたいです」 「父親……ね。これでも、私は龍馬と同じ年だけれど?」 「え?」 ゆきは驚いて、ふたりを交互に見つめた。 「ちなみに、俺や、新撰組の副長や、会津のお殿様も同じ年」 ゆきはそれぞれの顔を思い浮かべて、更にびっくりとしてしまった。 「私はそんなにお年寄りに見えた?」 小松はわざとがっかりしたとばかりに、溜め息を吐いた。 「そ、そんなことは」 「まあなあ。確かに帯刀は、合理的で冷静にならなければならないことを、いつも考えているかな。そう見えるんだろう。家老になったのも、異例の若さだったしな」 龍馬は本当に小松のことを、純粋に友人だと慕っているのだろう。 何だか羨ましくすらなる。 「話すのはそこまで。ほら、食事をするよ」 小松はさっさと奥の部屋に向かう。 「……今度はお母さんみたい」 「だな」 ゆきが都とくすくすと笑いながら話していると、小松がまた振り返った。 「君たちは本当にどうしようもないね……」 小松は溜め息を吐きながら、奥に向かう。 そこにいる誰もが、柔らかな優しい笑顔になった。 ここにいる者は、思想や考え方が微妙に違っている。だが、根本的に目指す場所は同じなのだ。 誰もがこの国を憂いで、新しく平和で民主的な国が作ろうとしている。 どの顔も若く、理想に輝いた顔をしている。 キラキラしていて、ゆきはとても眩しいとすら感じていた。 彼らの煌めく時間を間近で見られる幸せを、ゆきは有り難いとすら感じていた。 このまま彼らの手伝いをしていられたらと、ゆきは思わずにはいられなかった。 「私、お手伝いにいってきます。都は座っていてね」 ゆきは、下働きをしていたこともあり、素早く台所に向かった。 「食事を運ぶお手伝いをします」 「有り難う、ゆきちゃん」 せめて食事を運ぶぐらいはしたいと、ゆきは思った。 ゆきは、下働きの者と一緒に、食事を運んで、置いてゆく。 御茶屋の下働きをしていたから、このような仕事は慣れていた。 ゆきが食事を運んでいると、小松は厳しい眼差しを向けてくる。 「……ゆきくん、手伝いはそれぐらいにして、君も席に着きなさい」 小松にピシャリと言われてしまい、ゆきは、席につくことにした。 小松は不機嫌だ。それもかなり。 どうしてこんなにも不機嫌なのか、ゆきには分からなかった。 食事の準備が整い、ゆっくりと食べ始める。 どうして小松がこんなにも不機嫌なのだろうかと、ゆきは考えながら、その表情を見る。 だが、相変わらず表情は変えなかった。 「しかし、こうしてみんなで食事をするのは、良いな。やっぱりウマイ!」 「まあ、安心して食えるからな」 龍馬の言葉に、桂もボソリと呟いた。 「帯刀には迷惑をかけない程度で世話にはなっているからなあ。ここは京で一番安全だしな」 龍馬は本当に安心しているようだった。 ゆきは、龍馬のように、小松とリラックスして話をすることが出来れば良いのにと、思わずにはいられない。 小松はいつもゆきを不機嫌に見つめてくる。それが、ゆきにとっては、息苦しいほどに重いことだった。 「お嬢、どうした?」 「小松さんと龍馬さんは仲良しですね」 「ああ。大坂で俺が途方にくれていた時に、帯刀が拾ってくれた」 龍馬は本当に楽しそうに言う。 「拾ったって」 「暫く、ここで世話になっていたんだよ」 「そうなんですか。だけど、お二人とも正反対みたいだから……」 「正反対? いいや、ああ見えて、帯刀はいい加減で大胆なところもあるしな。まあ、それでも、先を見る力は誰よりも優れていると、俺は思っているけれどな。だからこそ、あいつは薩摩藩を導いているんだけれどな。大したヤツだ」 こそこそと龍馬と話ながら、ゆきは小松がやはりかなりの人物であるということを、今更ながらに気がついた。 「龍馬、ゆきくん、静かに食事をしなさい」 小松の言葉に、ゆきと龍馬は顔を見合わせて、くすりと笑った。 「……失礼致します」 小松の家のものが、恐縮するように部屋に入ってきた。 「帯刀様、お客様でございます。火急とのことで」 そこまでは耳に入ったが、誰が尋ねて来たのかは分からなかった。 「そう、彼らがね……」 「まあ、片方の方が恐ろしくて……。低すぎる声で……」 男はかなりおろおろしている。 そんなに恐ろしい相手がやってきているのだろうか。だが、小松は平然としている。 「低すぎる声……、ね」 「桂殿がいればお逢いしたいと……」 小松は話を聞きながら、ゆきを見た。 「ゆきくん、一緒に行くよ。君が会いたい相手が来たようだよ」 「え?」 立つようにと促されて、ゆきは慌てて立ち上がる。 小松が素早く行動するものだから、ゆきはついてゆく。 「食事をあとふたつ用意をしていて」 「は、はいっ」 小松と一緒に広い京邸の玄関へと向かう。 するとむすっとした顔をした高杉晋作とチナミが一緒に立っていた。 「チナミくん、高杉さん」 思わず名前を呼んで、二人に怪訝そうな顔をされる。 当然だ。ふたりはゆきのことを全く覚えていないのだから。 「小松殿、その女は?」 「龍神の神子殿だよ。私が保護をしている」 「龍神の神子……」 チナミも高杉も、奇妙な表情を浮かべる。喉に何かが引っ掛かっているような、そんな表情だった。 |