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心のどこかでは、ゆきのことを覚えてくれているのかもしれない。 そう思うと胸が熱くなる。 いや、どこかそうであるようにと、願っている自分がいた。 「桂がまたお世話になっていませんか?」 「桂くんなら夕食を食べているよ。用意しているから、君たちもどうぞ。話や連れ出すことなら、それからでも出来るでしょ?」 「忝ない」 高杉とチナミが軽く頭を下げて、邸に上がり込む。 「……どうやら、神子殿が、八葉を引き寄せたようだね……」 小松はゆきにだけ聞こえる小さな声で呟いた。 「小松さんの仰るように、ここを拠点にしたので、見つかったのだと、思っています」 「それだけではないだろうね……。神子は八葉を呼ぶと聞いたことがあるからね……。君が引き寄せたのに間違いはないだろうね」 小松はあっさりと言うと、静かに更に奥へと向かった。 「高杉くん、そしてチナミ、奥に色々なひとがいるからね。話すことは出来るよ」 小松は静かに障子を開けて、ふたりが中に入るようにと促した。 「お!晋作!」 龍馬が軽く声を声をかけても、高杉はむっすりとしたままだ。 「龍馬、お前まで」 広間にいる者たちを見るなり、高杉は張り詰めた表情になる。 「……ここにいる者は、確かに、宰相にお尋ね者の印を押されている者が多いね……」 小松は面白い芝居を見ているように呟いた。 「桂、お前はまた小松殿に迷惑をかけて」 「幕府も、まさか、薩摩の小松が長州の桂に力を貸しているなんて思わないだろう?」 桂はしたり顔で呟く。 「……宰相なら、何でもありだろう……。侮らないほうが良い……」 苦々しい表情で、高杉は呟く。 「まあな。しかし、今日、ここに幕府が来たら、捕らえがいがあるだろうなあ!」 龍馬だ。 「……本当に君は相変わらずだよ……。龍馬」 小松は苦笑いをする。 「だってそうだろう?」 龍馬はここに揃った者たちを見ながら、笑っていた。 「ゆきくん、高杉くんやチナミに話をしなさい」 「はい」 小松に促されて、ゆきは強く頷いた。 「高杉くん、チナミくん、こちらは龍神の神子殿だよ。君たちに話があるそうだよ」 「龍神の神子……!?」 小松の言葉に、高杉は怪訝そうに眉を潜めた。 「龍神の神子だなんて、お伽草子の中の話だと思っていた」 チナミは考えられないとばかりに、目を見開く。 「蓮水ゆきと言います。高杉さん、チナミくん、あなた方は八葉です。チナミくんが朱雀、高杉さんが玄武です。どうかお願いです。力を貸して頂けませんか?」 ゆきは真っ直ぐふたりと視線を見つめる。だが、高杉の眼差しが厳し過ぎるのは間違いない。 高杉はうんざりとするように溜め息を吐きながら、目を閉じた。 まるでゆきが、戯れ言でも言っていると言わんばかりだった。 「晋作、俺も帯刀も、八葉らしい。まあ、他にもエゲレス人かいたがな」 龍馬は明朗快活に話をする。 龍馬のおおらかさは救いだと、ゆきは思った。 「外国の……」 チナミは心の奥底からの不快感を滲ませるように言った。 暫く、沈黙が走る。 「……で、龍神の神子殿とやら、お前は何を目的に、八葉を集めている……」 高杉は低すぎる声で重厚に呟いた。 「……この時空と私の棲む世界を救うためです……」 「時空を救う……ね」 高杉は明らかに小馬鹿にしているように言った。 「どのような方法でするのだ、蓮水」 高杉はまるでゆきを試すように言う。 どのように。 今はひとつしか方法は思いつかない。 「天海を、天海を倒さなければ、解決出来ません。先ずは、天海を倒すことです。居るべき場所に……」 「ほお……」 高杉はようやくゆきを認めるような眼差しを向けてくる。ゆきは、その眼差しに応えなければならないと、強く思った。 ゆきは高杉を真っ直ぐ見る。 自分の意思を持って、ゆきは高杉を見つめた。 高杉は、ゆきの視線を受け止めるように見つめたあと、一瞬、目を伏せた。 「……分かった。蓮水、お前と俺の目指すところは、同じようだ。お前の八葉となろう」 高杉は相変わらず厳しい表情のままだったが、明らかに少しだけではあるが、ゆきに心を開いてくれているようだった。 「有り難うございます、高杉さん」 「ただし、俺はやらなければならないことがある。その時は、そちらを優先させて貰う」 「はい」 ゆきは頷くと、チナミを見た。 チナミもまた、神妙な表情をしている。 「俺もお前と利害は一致する。宰相を倒すには力が必要だ。だから、俺はお前の八葉になる。だが、俺も自分の意思でやらなければならないことをやる。それでも構わないか?」 「はい」 「だったら決まりだ」 ゆきはホッとして安堵の笑顔を滲ませる。 これで八葉は六人だ。 残りはふたりだ。 「有り難う、チナミくん、高杉さん!」 ゆきは笑顔を滲ませて、小松を見た。 これも小松のお陰なのだ。小松が力を貸してくれたからだ。 「小松さん、有り難うございます」 ゆきが声をかけると、小松は冷たい表情で、無視をするように、視線を反らした。 ゆきにはそれがショックだった。 どうして小松が、こんなにも冷たい態度を取るのかと。胸が苦しくなる。 息苦しいと言っても良かった。 小松のお陰で八葉がほぼ集まったというのに、きちんとお礼が言えないだなんて。 それがゆきには苦しかった。 結局、自分はなんて狭量な人間なのだろうかと、小松は思う知らされた。 誰をも広く受け入れ、視野は広く取っているつもりだった。 今まではずっとそのようにしていたのに、ゆきが絡むと一気に視野が狭くなる。 ゆきと他の男が強い意思を交換しあっているだけで、気分が重くなる。 こんなことは今までなかった。 誰かに執着するなんて、小松には考えられないことだった。 小松はひとり縁に腰を掛けると、静かにじっとしていた。 こうしていると、冷静に考えられるのではないかと思ったのだ。 今は、理路整然と考える必要がある。 いや、本当は、考えても小松が望む答えなんて得られないことを、密かに気付いていた。 それが愛ゆえであることを。 ひとりの女性への恋心であることを。 それが分かっているがゆえに、小松は苦しくてしょうがなかった。 「……小松さん」 優しい声が聞こえる。 振り返るとゆきがいた。 |