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ゆきはそれが切なくて堪らない。 誰よりも冷たくして貰いたくない相手だからだ。 誰よりも、温かな陽射しのような眼差しが欲しいと思う相手だからだ。 それがどうしてかは、ゆきは分かっていなかった。 だが、冷たくされると一番辛い相手が小松であることは、間違いなかった。 小松にとっては、ゆきは“拾い物”ぐらいの感覚しかないかもしれない。 だが、ゆきは、恩人以上の想いを抱いているのは間違いはなかった。 小松に一言きちんとお礼を言いたくて、ゆきは夕食後に小松を探した。 桂や龍馬、高杉、そして西郷も加わり、話をしているようだったが、そこにはゆきは入れて貰えなかった。 話し合いが終わったことを聞いて、ゆきは小松を探す。 「これは、神子殿、こんな夜更けに何をされておられる?」 声をかけてくれたのは、西郷だった。 「……小松さんを探しているんですが……」 「ご家老ですか……」 西郷は考え込むように言う。 「部屋にお戻りではなかったのですか?」 「私、小松さんの部屋が何処か、はっきり知らないんです」 「……ほお……」 西郷は意味ありげに呟く。だが、どうしてそのような返事をするのか、ゆきには具体的に分からなかった。 「ご家老にはどのような用件で?」 「お礼を言いたかったんです。八葉を見つけるのに、小松さんは全面に協力して下さっているので……。だから、今日の件もきちんとお礼を言いたくて……」 「……そうでしたか……。残念ながら、私はご家老がどちらにいらっしゃるかは分からないです」 「有り難うございます。探してみますね」 「はい」 ゆきは西郷に礼を言うと、更に小松を探しに行く。 小松はもう眠ってしまったのだろうか。そうだとしたら、部屋に戻るしかない。都も心配するだろう。 ゆきがきょろきょろしながら廊下を歩いていると、縁に小松の姿が見えた。 「小松さん」 ゆきが声をかけると、小松はクールな表情でこちらを見た。 「どうしたの?若い娘がこんな時間までうろうろしていたら、おかしいと思われるよ」 小松は厳しい声で言うと、視線をゆきから外す。 「……先程のお礼が言いたかったんです……」 「お礼?ああ、あれぐらいのことなら、気にしないで。私は何もしていないしね。君が神子殿であるから、引寄せたに過ぎないでしょ?」 小松はいつも以上にあっさりし、ゆきを突き放してくる。苦々しい想いがゆきの胸のなかに滲んだ。 「とにかく、有り難うございました。明日からもまた、頑張りますので、よろしくお願いします」 ゆきはとにかく、小松に礼を言いたくて、きちんと伝えた。 だが、小松は相変わらず冷たく、厳しいままだった。 「早く寝なさい。明日もまた早いんでしょ?」 「は、はい。では、失礼します」 ゆきは丁寧に頭をもう一度下げると、縁を離れた。 心が切迫をするぐらいに痛い。そして、苦しい。 小松に拒絶されているような気がして、堪らなく辛い。 ゆきは胸がやるせない気持ちに支配されるのが、いたたまれなかった。 ゆきがいった後、小松は溜め息を吐いた。 どうして自分の感情を自制出来ないのだろうか。 今までならば出来たというのに。 衝動的にゆきを身請けしてからというもの、複雑な感情に支配されていた。 自分でもこの想いが何かを分かっているくせに、それを認めたくないのだ。 薩摩藩家老として、やらなければならないことは、山ほどある。 だから、恋などにかまけている時間などないのだ。 なのに、今、どうしようもないほどに恋をしている。 狂うおしいほどに。 先程、ゆきが高杉に微笑みかけた時に、言葉では表せない感情が、魂の奥からじわじわと滲んでくるのを感じた。 嫉妬している。 そんな醜い感情を持ち合わせてはいけない。 だからこそ、こんなに気持ちが沈むのだろうと、小松は思った。 「……私は、どうすれば良いのかな……」 小松は自分自身に問いかけるように言うと、自身を嘲笑するかのように笑った。 ゆきは、小松のことを考えると、眠りが浅くなる。 八葉が集まれば、集まるほど、小松は冷たくなってゆく。 自分の庇護など必要としないから大丈夫だとぐらいに思っているのだろうか。 そう思われているのであれば、苦しい。 誰よりも、今は、頼りにしている。 八葉が集まれば、集まるほど、ゆきは小松を頼りにする想いが強くなるというのに。 苦しくて重い気持ちをどのようにすれば良いのか、ゆきには分からない。 小松がいたからこそ、ここまで頑張ってこられたというのに。 ゆきはそのことだけでも、小松にしっかりと伝えたかった。 迷惑をかけたくはないし、小松に嫌な想いをして欲しくもない。 だからこそ、ゆきは苦しい気持ちに蓋をして、小松に接しなければならないと思った。 翌朝、既に高杉や龍馬、桂の姿はなかった。 チナミだけは、小松の預かりになり、この屋敷に留まることになったことを聞いた。 食事をしながら、チナミは小松とゆきを交互に見る。 「どうしたの、チナミくん」 「チナミ、落ち着きなさい」 小松はやれやれとばかりに溜め息を吐いた。 「あ、あの、夢の屋の瓦版で、薩摩藩ご家老が、舞妓と昵懇だと読んだものだから……。その、小松殿とゆきが……」 それ以上は言えないとばかりに、チナミは頭を振る。 ゆきはその事実ではなく、夢の屋に反応する。 夢の屋は、桜智のことだ。 ひょっとして、桜智に会えるかもしれない。 「チナミくん!」 「な、何だよっ!?」 いきなりゆきが声をかけると、チナミは驚いて、身体をのけ反らせた。 「そうだ、ゆき、怒れ!」 都が明らかにけしかけてくる。 「……全く……。夢の屋には珍しく、どうでも良いことを記事にするね……」 小松は明らかに不快そうに、静かに呟いた。 「ね、その瓦版、どこで見たの?」 瓦版があるところに、桜智は現れるかもしれない。 ゆきは、そんな想いですがるように訊く。 「祗園近くで」 チナミはゆきにたじろぎながら呟いた。 「有り難う。さっそく、ご飯のあとに祗園に行きましょう!」 ゆきは、またひとり八葉が見つかるかと思うと、心が弾んだ。 今は、八葉を揃えることが必要だと、ゆきは強く思うようにした。 |