15
|
祗園は、暫く、暮らした場所だったから、なつかしく感じられた。 華やいだ町は、ゆきをほんのりと緊張させる。 だが、小松と出会った、いや、再会した町なのだ。幸せ色に染まっているのには、間違いない。 「夢の屋の瓦版は、このあたりで受け取った」 チナミの言葉に頷いて、周りを見る。 何処かに桜智がいるかもしれない。 「夢の屋は神出鬼没らしいからな。何処にいるかは読めない」 「確かにそうだね」 チナミの言葉に頷きながら、ゆきは呟いた。 こんなにも簡単に桜智が見つかるとは思ってはいないから、ゆきはきょろきょろと見つめながら、溜め息を吐いた。 不意に視線を感じる。 以前も感じた視線だ。 懐かしい視線。 無邪気で素直な視線をゆきに投げるのは、ひとりしかいない。 七人目。 もう誰かはわかる。 桜智だ。 ゆきは視線を感じながら、わざと前を向いて歩く。 「……ゆき、可笑しな視線を感じませんか?」 瞬が不気味だとばかりに呟いた。 「うん。たぶん、私が探しているひと……。小松さんと対なはず」 「小松と対なストーカー。考えられない」 都も関わりたくないとばかりに、頭をブルブルと振りながら、呟いた。 これが桜智なのだ。 ゆきは懐かしいと感じながら、思わず微笑んだ。 ゆきが振り返る。 すると陰が引っ込む。まるでかくれんぼでもしているようだと、ゆきは思った。 本当に桜智の相手をしていると楽しい。ゆきはつい、くすりと笑ってしまった。もう一度ゆきは振り返る。 すると桜智が隠れ損ねる。 「桜智さん……」 ゆきが声をかけると、桜智は驚いたようにこちらを見つめた。 「……どうして私の名前を……、天女が……」 桜智はぼんやりとしながら、何処か嬉しそうに呟く。 やはり桜智だと思いながらも、彼もゆきのことを忘れていたことが、切なかった。 「桜智さん、こちらへどうぞ」 「い、いいのかい?」 「はい。だって、桜智さんは八葉だから」 ゆきがにっこりと笑うと、桜智は胸に手をしっかりと当てる。感動しているように見えて、ゆきはびっくりした。 まるで乙女のような表情だ。 「八葉って、君はひょっとして、龍神の神子かい?」 桜智の眼差しが、一瞬、鋭くなる。その表情にゆきはびっくりしてしまった。 「どうして……」 「龍神の神子が、久々に現れたらしいということが、噂になっていたからね。私も色々と調べていたんだけれど、まさか、君とは……ああ、祗園の天女だとはっ!」 再び、桜智は自分の世界に入ってしまった。 これにはゆきもどうしたら良いのかが分からない。 「あ、あの……」 「君は……、薩摩のご家老に身請けされたと聞いたけれど……」 桜智は切なそうにしている。 その表情に、ゆきはまた、どうして良いのかが分からなかった。 「小松さんには確かにお世話になっていますけれど……」 「やっぱり、そうなのかいっ」 桜智は悶えるように崩れる。どうしてそのような反応になるのかが、ゆきには全く分からなかった。 「私たち、皆、小松さんにはお世話になっていますよ」 「へ……」 「あんたが考えているようなことは、小松とゆきの間にはないから、安心しろ」 都が呆れて苛々するように言う。瞬もまた、溜め息を吐いた。 「桜智さん、あの、八葉として、この世界と私の生まれた世界を守るために、力を貸して下さいませんか?」 ゆきは真っ直ぐ桜智を見つめる。 「……天海を敵にしてしまうことになりますが……」 ゆきは思い詰めたように呟く。すると、桜智は綺麗な眉を厳しく潜めた。 「……宰相とは距離を置いているよ……。何だか大切なものを奪われたような気がするからね……」 大切なもの。 それは桜智の記憶だ。 ゆきは胸が痛くて、息が出来そうにないと思った。 「ゆきちゃん、とか言ったね。私も八葉として、力を尽くすようにするよ」 桜智は優美な笑みを浮かべると、キラキラと輝く瞳を向けた。 「有り難うございます、桜智さんっ」 ゆきはホッとすると同時に、幸せな気持ちを深く抱く。とても気持ちが良い。 「ゆきちゃん、君の力になれて、私はとても嬉しいよ」 桜智はゆきに対して誠実に微笑んでくれた。 「ああっ、私はそれだけで嬉しいよ」 「頭痛くなってきた……」 都は厄介なものを抱えたとばかりに、大きな溜め息を吐いた。 「俺も、な……」 瞬もまた、頭を抱えたのは、言うまでもない。 チナミまで溜め息を吐き、桜智以外は脱力していた。 とうとうこれで八葉は七人だ。 ゆきは自分の力がみなぎるのを感じながら、あとひとり、探さなければならないと、気持ちを引き締める。 あとひとり、沖田総司。 ある意味、一番、巻き込むのが難しい。 「壬生浪だ!」 町のひとの声が聞こえる。 「みぶろ……?」 ゆきは分からずに、瞬を見上げた。 「新撰組のことです」 瞬の言葉に、ゆきは頷く。 沖田がいるかもしれない。 いきなり、八葉になってくれと言われても、恐らくはとりつくしまなどないだろう。 だが、ゆきは確認する必要があると感じた。 「瞬兄、あとひとりが、新撰組の沖田さんなの。見てくる」 「危険ですから、俺もついてゆきます」 ゆきが言うと直ぐに向かったせいで、瞬は保護者として着いて来てくれた。 「あ……!」 確かに巡察をしている、沖田の姿があった。 相変わらず、人形のように無表情だ。 「今は声を掛けないほうが良いです」 「分かっているよ、瞬兄」 今、声をかけても拒絶されるだろう。 ゆきはどうして良いのかを思案しながら、小松邸に戻ることにした。 小松邸に戻ったものの、小松はまだ仕事で帰っては来ていなかった。 高杉や龍馬も出払ってしまっている。 高杉や龍馬にとっては、新撰組は意味嫌う存在で、総司にとっては、斬らなければならない存在だ。 その八葉たちをどのように導けば良いのか、ゆきは溜め息を吐いた。 縁に腰かけて子供のように脚をぶらぶらとさせていると、小松がやって来た。 「……こんなところでどうしたの?」 「あ、小松さん、おかえりなさい」 ゆきは胸の奥が暖かくなるのを感じながら、笑顔で声を掛ける。 小松の顔を見るだけで、ゆきはホッと幸せな気持ちが胸のなかに広がるのを感じた。 どうしてこのような甘い気持ちになるのか、ゆきは未だ自分でも分からないでいた。 |