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同時に乗り越えてゆけるのではないかと、ゆきはつい考えてしまう。 ゆきは、小松と一緒にいるだけで、ほわほわとした幸せな気持ちになるのではないかと、思わずにはいられない。 「八葉も順調に集まっているようだね……。あと、ひとり。君が呼び寄せているんだよね……。神子殿の力かな?」 「そんな神通力のような力はありません。ただ、私は、前を向いて頑張るだけです」 ゆきは笑うと、小松を見た。 一瞬、目があって、ゆきはドキリとしてしまう。 小松の眼差しを見つめているだけで、どうしようもないぐらいにドキドキしてしまう。 この感情をいったい、何だと言うのだろうか。 ゆきには分からない。 甘くて、切ない感情。 こんな感情を小松に対して向けてはいけないのではないかと、ふと考えてしまう。 小松は地位も高く、背負うものもかなり大きい。その上、ゆきよりも大人で、とてもではないが、ゆきの気持ちをまともには汲んでくれないだろう。 そんなことを分かっているからこそ、ゆきはなかなか素直な気持ちを表すことが出来ないのだ。 「……ゆきくん、力を抜きなさい。君なら出来るでしょ?今まで、ちゃんと、八葉を引き寄せてきたんだから」 「……小松さん、有り難うございます」 ゆきは小松がいれば、頑張れそうな気がする。 厳しくて、冷たいことも多々あるが、それでもゆきを見守り、きちんと励ましてくれる。それがゆきには有り難く、嬉しいことだった。 「ご家老、申し訳ございません」 ゆきにも馴染みな小松邸の下働きの長がやってきた。 「ご家老、実はお話があると、ゆきさんがいたお茶屋の者が使いを寄越しております。何でも、陽炎がよなよな出るのだとか……」 小松の表情が曇る。 ゆきもまた、お世話になったお茶屋に陽炎が出るのは、胸が痛い。 「分かった。お茶屋に行くよ。他の八葉も出来るだけ集めて」 「はい」 ゆきも立ち上がる。 「お茶屋は、密談するのに絶好の場所だからね。舞妓も芸妓も口が固い。はんなりとしているから、上手くかわしてくれる。特に君がいたところは、薩摩が懇意にしているからね、宰相が手を回したんだろうね」 「……天海……」 ゆきは唇を噛む。 だったら、こちらとしても頑張るだけだ。 ひとの命を粗末にさせないために。 そして、世界を守るために。 ゆきは小松に着いて、お茶屋に向かった。 「ゆき!」 「お久しぶりです」 ゆきは女将に頭を下げる。 「女将、彼女は龍神の神子だよ。陽炎を止めにきた」 小松の言葉に、女将は驚いたように息を呑む。 「詳しい話を聞かせてくれないかな」 小松が静かに問うと女将は頷いた。 「一昨日から、陽炎を連れた方が、こちらに見えるようになりまして……。どなたかを取り締まるためのようですが、他のお客様にも見境がないので、困っています……。このままだと、お茶屋を畳まなければならないですよ……」 女将は溜め息を吐くと、困ったように眉を寄せる。 いつも厳しくも前向きな女将がこのような表情をするのは、やはり余程のことなのだろう。 拾って貰ったからこそ、ゆきは力になりたいと思った。 小松は一瞬、考えた後で、ゆきを見た。 「解ったよ。ゆき、君はお座敷に舞妓に紛れて上がりなさい」 「え!?」 まさか、お座敷に上がれと言われるなんて思わなくて、ゆきは驚いてしまった。 「……お座敷に……ですか……」 「そうだよ。舞妓姿もなかなか似合っていたからね。必ず我々で君を守るから安心なさい」 小松は淡々と言う。 小松に守ると言われると、ほんのりと安心する。 「おい、ゆき、舞妓の格好するのか!?」 都は焦るように言う。 「ゆきちゃんが、舞妓に、ああっ……!」 桜智がまた自分の世界に入りよろめいている。 「夢の屋がもっと壊れるぞ」 チナミが戦くように言った。 「遅くなったな!」 話をしていると、龍馬と高杉が駆けつけてきてくれた。 ゆきは嬉しくて、ホッと笑顔になる。 「龍馬さん、高杉さん」 「何か今、話を聞いていたら、お嬢が舞妓の格好をするってな。楽しみだ」 期待するように言われても、ゆきは恥ずかしいだけだ。 「さあ、ゆきちゃん、だったら支度をしましょうか」 女将に言われて、渋々着いてゆくしかなくて、ゆきは溜め息を吐くしか出来なかった。 本当に、小松が言うように、舞妓として化ける必要があるのだろうか。 ゆきはそれが複雑な気持ちだった。 女将たちは慣れているからか、ゆきを素早く舞妓姿に変えてくれる。 小松と初めて逢った時も、同じように舞妓姿になった。 あの時は甘いドキドキを感じたが、今日は違う。 緊迫した鼓動だ。 陽炎を浄化するのだから、力に集中しなければならないのだ。 気持ちが重くなるのを感じた。 「さあ、出来ましたよ」 女将は満悦な表情を浮かべる。 「有り難うございます」 ゆきは女将に礼を言う。 「こちらこそ、厳しいことを頼んで申し訳がないね……」 女将は溜め息を吐くと、やるせない表情を浮かべた。 「さあ、綺麗になったよ」 女将は改めてゆきに鏡を見せてくれた。 「有り難うございます。あ、この間と襟の部分が変わっています……」 「儀礼上だけれど、小松様に水揚げされた舞妓だからね。小松様のものだということで、襟を変えさせて貰ったよ」 「あ、有り難うございます」 ゆきは胸が幸せで甘い気持ちで満たされるのを感じながら、半ばドキドキしながら礼を言った。 「さあ、皆さんがお待ちになる座敷に案内するよ。その横に、座敷を取る方が、陽炎を連れているからね」 「……陽炎を……」 ゆきは気持ちを落ち着ける為に深呼吸をする。 陽炎と対峙しなければならやい。 そう考えると気持ちが引き締まった。 ゆきは背筋を伸ばして、八葉たちが待つ座敷へと向かった。 「お連れしましたよ」 女将が障子を開けた瞬間、そこにいた誰もが息を呑む。 ゆきは緊張で胸が甘く乱れた。 直ぐに小松の視線を感じる。 ドキドキし過ぎて、ゆきは息が出来なくなった。 「お嬢! 似合うなあ!」 龍馬に豪快に賞賛されると、ゆきはくすぐったい気持ちになる。 その様子を小松が厳しい眼差しで見つめていた。 |