*うたかたの琥珀*

16


 小松と一緒にいるだけで、何とかなるのではないかと、つい思わずにはいられなくなる。

 同時に乗り越えてゆけるのではないかと、ゆきはつい考えてしまう。

 ゆきは、小松と一緒にいるだけで、ほわほわとした幸せな気持ちになるのではないかと、思わずにはいられない。

「八葉も順調に集まっているようだね……。あと、ひとり。君が呼び寄せているんだよね……。神子殿の力かな?」

「そんな神通力のような力はありません。ただ、私は、前を向いて頑張るだけです」

 ゆきは笑うと、小松を見た。

 一瞬、目があって、ゆきはドキリとしてしまう。

 小松の眼差しを見つめているだけで、どうしようもないぐらいにドキドキしてしまう。

 この感情をいったい、何だと言うのだろうか。

 ゆきには分からない。

 甘くて、切ない感情。

 こんな感情を小松に対して向けてはいけないのではないかと、ふと考えてしまう。

 小松は地位も高く、背負うものもかなり大きい。その上、ゆきよりも大人で、とてもではないが、ゆきの気持ちをまともには汲んでくれないだろう。

 そんなことを分かっているからこそ、ゆきはなかなか素直な気持ちを表すことが出来ないのだ。

「……ゆきくん、力を抜きなさい。君なら出来るでしょ?今まで、ちゃんと、八葉を引き寄せてきたんだから」

「……小松さん、有り難うございます」

 ゆきは小松がいれば、頑張れそうな気がする。

 厳しくて、冷たいことも多々あるが、それでもゆきを見守り、きちんと励ましてくれる。それがゆきには有り難く、嬉しいことだった。

「ご家老、申し訳ございません」

 ゆきにも馴染みな小松邸の下働きの長がやってきた。

「ご家老、実はお話があると、ゆきさんがいたお茶屋の者が使いを寄越しております。何でも、陽炎がよなよな出るのだとか……」

 小松の表情が曇る。

 ゆきもまた、お世話になったお茶屋に陽炎が出るのは、胸が痛い。

「分かった。お茶屋に行くよ。他の八葉も出来るだけ集めて」

「はい」

 ゆきも立ち上がる。

「お茶屋は、密談するのに絶好の場所だからね。舞妓も芸妓も口が固い。はんなりとしているから、上手くかわしてくれる。特に君がいたところは、薩摩が懇意にしているからね、宰相が手を回したんだろうね」

「……天海……」

 ゆきは唇を噛む。

 だったら、こちらとしても頑張るだけだ。

 ひとの命を粗末にさせないために。

 そして、世界を守るために。

 ゆきは小松に着いて、お茶屋に向かった。

 

「ゆき!」

「お久しぶりです」

 ゆきは女将に頭を下げる。

「女将、彼女は龍神の神子だよ。陽炎を止めにきた」

 小松の言葉に、女将は驚いたように息を呑む。

「詳しい話を聞かせてくれないかな」

 小松が静かに問うと女将は頷いた。

「一昨日から、陽炎を連れた方が、こちらに見えるようになりまして……。どなたかを取り締まるためのようですが、他のお客様にも見境がないので、困っています……。このままだと、お茶屋を畳まなければならないですよ……」

 女将は溜め息を吐くと、困ったように眉を寄せる。

 いつも厳しくも前向きな女将がこのような表情をするのは、やはり余程のことなのだろう。

 拾って貰ったからこそ、ゆきは力になりたいと思った。

 小松は一瞬、考えた後で、ゆきを見た。

「解ったよ。ゆき、君はお座敷に舞妓に紛れて上がりなさい」

「え!?」

 まさか、お座敷に上がれと言われるなんて思わなくて、ゆきは驚いてしまった。

「……お座敷に……ですか……」

「そうだよ。舞妓姿もなかなか似合っていたからね。必ず我々で君を守るから安心なさい」

 小松は淡々と言う。

 小松に守ると言われると、ほんのりと安心する。

「おい、ゆき、舞妓の格好するのか!?」

 都は焦るように言う。

「ゆきちゃんが、舞妓に、ああっ……!」

 桜智がまた自分の世界に入りよろめいている。

「夢の屋がもっと壊れるぞ」

 チナミが戦くように言った。

「遅くなったな!」

 話をしていると、龍馬と高杉が駆けつけてきてくれた。

 ゆきは嬉しくて、ホッと笑顔になる。

「龍馬さん、高杉さん」

「何か今、話を聞いていたら、お嬢が舞妓の格好をするってな。楽しみだ」

 期待するように言われても、ゆきは恥ずかしいだけだ。

「さあ、ゆきちゃん、だったら支度をしましょうか」

 女将に言われて、渋々着いてゆくしかなくて、ゆきは溜め息を吐くしか出来なかった。

 本当に、小松が言うように、舞妓として化ける必要があるのだろうか。

 ゆきはそれが複雑な気持ちだった。

 

 女将たちは慣れているからか、ゆきを素早く舞妓姿に変えてくれる。

 小松と初めて逢った時も、同じように舞妓姿になった。

 あの時は甘いドキドキを感じたが、今日は違う。

 緊迫した鼓動だ。

 陽炎を浄化するのだから、力に集中しなければならないのだ。

 気持ちが重くなるのを感じた。

「さあ、出来ましたよ」

 女将は満悦な表情を浮かべる。

 「有り難うございます」

 ゆきは女将に礼を言う。

「こちらこそ、厳しいことを頼んで申し訳がないね……」

 女将は溜め息を吐くと、やるせない表情を浮かべた。

「さあ、綺麗になったよ」

 女将は改めてゆきに鏡を見せてくれた。

「有り難うございます。あ、この間と襟の部分が変わっています……」

「儀礼上だけれど、小松様に水揚げされた舞妓だからね。小松様のものだということで、襟を変えさせて貰ったよ」

「あ、有り難うございます」

 ゆきは胸が幸せで甘い気持ちで満たされるのを感じながら、半ばドキドキしながら礼を言った。

「さあ、皆さんがお待ちになる座敷に案内するよ。その横に、座敷を取る方が、陽炎を連れているからね」

「……陽炎を……」

 ゆきは気持ちを落ち着ける為に深呼吸をする。

 陽炎と対峙しなければならやい。

 そう考えると気持ちが引き締まった。

 ゆきは背筋を伸ばして、八葉たちが待つ座敷へと向かった。

「お連れしましたよ」

 女将が障子を開けた瞬間、そこにいた誰もが息を呑む。

 ゆきは緊張で胸が甘く乱れた。

 直ぐに小松の視線を感じる。

 ドキドキし過ぎて、ゆきは息が出来なくなった。

「お嬢! 似合うなあ!」

 龍馬に豪快に賞賛されると、ゆきはくすぐったい気持ちになる。

 その様子を小松が厳しい眼差しで見つめていた。



マエ モドル ツギ