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「ゆき、人形みたいだよ。このまま、私が連れて帰るよ!」 都がゆきに抱きついてきて、びっくりしてしまった。 「み、都!?」 「……ゆきちゃん、可憐すぎて、ああっ!」 桜智はよろめいて、自分の世界にいってしまう。 ゆきは仲間たちの反応に、驚いてしまった。 こんなにも驚かれるとは、正直言って、思ってもみないことだった。 高杉はクールな表情に僅かな甘みを浮かべる。 「蓮水、お前もたまには役に立つということか……」 低い声で深く言われて、ゆきは益々恥ずかしくなってしまった。 甘い気持ちに、ゆきはパンクしてしまいそうになる。 こんなにも緊張するなんて、思ってもみない。 だが、小松だけは、相変わらずかなり冷たいままだった。 厳しい表情を浮かべている。 「これで、誰も、君が偽物の舞妓であることを疑わないでしょ?」 本当に小松は何処まで冷静なのかと思うぐらいに冷静だ。 これにはゆきも驚いてしまう。 「そうですね」 これは戯れではない。 だから、ときめくことがあってはならないのだ。 気持ちを引き締めなければならないことぐらい、十分すぎるぐらいに分かっている。 小松の態度が正統であることも。 だが、ゆきは少しでも甘い態度を望んでしまうのだ。 しかも小松にだけだ。 これは分かっている。 小松に一番綺麗だと、褒めて貰いたいからだ。 ゆきの中ではそれしか理由はない。 だが、小松はあくまで冷たい態度を崩さないのだ。 これ以上ないというぐらいに、小松はとても落ち着いている。 小松は当たり前のことをしているだけだ。 ゆきが気持ちを沈ませる理由はないというのに。 「ゆきくん、何かあっても私たちが側にいるから、落ち着いていなさい」 「……はい」 小松はゆきが落ち着かないのを見透かして、まるで咎めるように言った。 「……似合っていますね。ですが、あなたには相応しくない」 瞬は、やはり兄代わりとして、ゆきに釘を刺すところを忘れないのは、小松に何処か似ていた。 「ゆ、ゆき、お、お前もそんな格好をしたら、そ、その、馬子にも衣装というか……」 チナミがしどろもどろ話している。 ゆきは少しだけ気持ちが和んだ。 「そろそろ、見えられます」 女将が声を掛けてくれる。 「解りました」 複雑な自分の気持ちは、今は後回しだ。 今は、陽炎を浄化して止めることが、一番の仕事なのだ。 それをやらなければならない。 ゆきは気持ちを引き締めると、改めて深呼吸をした。 こんな気持ちは置いておく。 今は、神子としてやらなければならないことを、最優先にしようと、ゆきは強く思った。 「来られたようですよ。ゆきちゃん、他の芸妓や舞妓があなたを助けるので、今は、笑っていれば良いから」 「はい、お母さん」 ゆきは少しでも役に立ちたくて、集中することにした。 芸妓を先頭に、座敷に向かう。 本格的な座敷に上がるのは初めてで、ゆきは緊張してしまう。 座敷に入ると、明らかに、幕府のものであろう、上級武士が複数人いた。 「壬生浪と陽炎に守られているから、大丈夫だろう」 武士が囁いた言葉をゆきは、見逃さなかった。 舞妓たちはにこやかに武士たちにつく。 「ここに不逞浪士や薩摩がよく来ると聞いているが、何か知らぬか……」 「さあ、うちらはようわかりまへんわ」 柔らかくとぼける芸妓に、ゆきは流石だと思った。 「……まあ、ここにいれば、不逞浪士の誰かを捕らえられるのは、間違いないだろう……」 明らかに手柄を焦っているようにも、ゆきには見えた。 「そこの、舞妓。酌をしないのか?」 「へえ」 ゆきは顔をひきつらせながら、銚子を持った。 不意に地響きが聞こえる。 下で大騒ぎになっている。 ゆきは咄嗟に息を呑んだ。 「陽炎が暴れ出した!」 騒ぎの声が聞こえたかと思うと、武士の顔色が変わる。 すぐさま、座敷の襖が開かれる。 そこには見境のない陽炎がいる。 彼らを連れてきたであろう武士たちを狙い定めている。 陽炎は誰彼構わず襲い掛かることを、恐らくは武士たちは知らなかったのだろう。 ゆきは隠し持っていた剣を握りしめた。 同時に仲間たちがいる座敷の障子が開かれた。 「ゆきくん、助太刀する」 小松を筆頭に、八葉たちが武器を構えて、座敷に入る。 ゆきは舞妓の格好で剣を構えた。 芸妓と舞妓は、直ぐ様、都が保護をする。 そして、上級武士たちは、桜智と瞬が即座に捉えてしまう。 予め段取りしていたのだろう。とてもスムーズだった。 ゆきは他の八葉を従えて、陽炎を浄化するために剣を振るう。 力をかなり弱めなければ、今のゆきには浄化することが出来ない。 そのため、八葉との連携は不可欠だった。 剣の技量が高い高杉がいてくれたお陰で、ゆきたちは素早く弱らせることが出来た。 素早くゆきは陽炎を浄化する。 だが、これだけでは終わらないのは分かっている。 まだまだ陽炎がいるのだろう。 「ゆきくん、陽炎が玄関でも暴れているからね。次に行かなければならないよ」 「はい」 浄化を続けるのは、ゆきにとってはかなり辛い。だが、やりきらなければならないのだ。 たとえ身体がきつくても、苦しくても、致し方がないとゆきは思った。 「行くよ」 小松はごく自然にゆきの手をしっかりと取ると、玄関先へと急ぐ。 手を握りあったのは、以前にもあった。あの時も、こうして舞妓の格好で、手を繋いで、小松と二人で駆け抜けた。 しっかりと手を繋いでいるから、本当に何も怖くない。 小松と一緒にいると、恐れるものなんて何もないのではないかと、思った。 玄関先に出ると、そこには沖田がいる。 新撰組が、陽炎に対峙している。 恐らくは同じように、上級武士に請われて来たのだろうが、見境なく誰彼にも剣を振るう陽炎たちに対峙せずには、いられなかったのだろう。 最後のひとり。 ようやく見つけた八葉だ。 ゆきは、絶好のチャンスだと思わずにはいられない。 だが、先ずは陽炎たちを浄化することが先決だ。 小松と素早く武器を構える。 「陽炎の浄化に来ました」 ゆきは沖田に思いきって話し掛けることにした。 すると、沖田は、以前と同じように感情が余り感じられない眼差しを、ゆきに向けてきた。 「……お願いします」 感情がない声に、ゆきは、何だか哀しくなる。 気を集中させる。 かなりの数の陽炎を浄化したせいか、身体がふらふらする。 正直言ってかなりきつい。 だが、やるしかないとゆきは思った。 これが終われば、沖田に話が出来る。 これは千載一遇のチャンスだと、ゆきは思った。 集中するしかない。 気持ちを高めるしかない。 ゆきは神子としての力を込めて、陽炎を浄化し始めた。 |