*うたかたの琥珀*

17


「ゆき、人形みたいだよ。このまま、私が連れて帰るよ!」

 都がゆきに抱きついてきて、びっくりしてしまった。

「み、都!?」

「……ゆきちゃん、可憐すぎて、ああっ!」

 桜智はよろめいて、自分の世界にいってしまう。

 ゆきは仲間たちの反応に、驚いてしまった。

 こんなにも驚かれるとは、正直言って、思ってもみないことだった。

 高杉はクールな表情に僅かな甘みを浮かべる。

「蓮水、お前もたまには役に立つということか……」

 低い声で深く言われて、ゆきは益々恥ずかしくなってしまった。

 甘い気持ちに、ゆきはパンクしてしまいそうになる。

 こんなにも緊張するなんて、思ってもみない。

 だが、小松だけは、相変わらずかなり冷たいままだった。

 厳しい表情を浮かべている。

「これで、誰も、君が偽物の舞妓であることを疑わないでしょ?」

 本当に小松は何処まで冷静なのかと思うぐらいに冷静だ。

 これにはゆきも驚いてしまう。

「そうですね」

 これは戯れではない。

 だから、ときめくことがあってはならないのだ。

 気持ちを引き締めなければならないことぐらい、十分すぎるぐらいに分かっている。

 小松の態度が正統であることも。

 だが、ゆきは少しでも甘い態度を望んでしまうのだ。

 しかも小松にだけだ。

 これは分かっている。

 小松に一番綺麗だと、褒めて貰いたいからだ。

 ゆきの中ではそれしか理由はない。

 だが、小松はあくまで冷たい態度を崩さないのだ。

 これ以上ないというぐらいに、小松はとても落ち着いている。

 小松は当たり前のことをしているだけだ。

 ゆきが気持ちを沈ませる理由はないというのに。

「ゆきくん、何かあっても私たちが側にいるから、落ち着いていなさい」

「……はい」

 小松はゆきが落ち着かないのを見透かして、まるで咎めるように言った。

「……似合っていますね。ですが、あなたには相応しくない」

 瞬は、やはり兄代わりとして、ゆきに釘を刺すところを忘れないのは、小松に何処か似ていた。

「ゆ、ゆき、お、お前もそんな格好をしたら、そ、その、馬子にも衣装というか……」

 チナミがしどろもどろ話している。

 ゆきは少しだけ気持ちが和んだ。

「そろそろ、見えられます」

 女将が声を掛けてくれる。

「解りました」

 複雑な自分の気持ちは、今は後回しだ。

 今は、陽炎を浄化して止めることが、一番の仕事なのだ。

 それをやらなければならない。

 ゆきは気持ちを引き締めると、改めて深呼吸をした。

 こんな気持ちは置いておく。

 今は、神子としてやらなければならないことを、最優先にしようと、ゆきは強く思った。

「来られたようですよ。ゆきちゃん、他の芸妓や舞妓があなたを助けるので、今は、笑っていれば良いから」

「はい、お母さん」

 ゆきは少しでも役に立ちたくて、集中することにした。

 芸妓を先頭に、座敷に向かう。

 本格的な座敷に上がるのは初めてで、ゆきは緊張してしまう。

 座敷に入ると、明らかに、幕府のものであろう、上級武士が複数人いた。

「壬生浪と陽炎に守られているから、大丈夫だろう」

 武士が囁いた言葉をゆきは、見逃さなかった。

 舞妓たちはにこやかに武士たちにつく。

「ここに不逞浪士や薩摩がよく来ると聞いているが、何か知らぬか……」

「さあ、うちらはようわかりまへんわ」

 柔らかくとぼける芸妓に、ゆきは流石だと思った。

「……まあ、ここにいれば、不逞浪士の誰かを捕らえられるのは、間違いないだろう……」

 明らかに手柄を焦っているようにも、ゆきには見えた。

「そこの、舞妓。酌をしないのか?」

「へえ」

 ゆきは顔をひきつらせながら、銚子を持った。

 不意に地響きが聞こえる。

 下で大騒ぎになっている。

 ゆきは咄嗟に息を呑んだ。

「陽炎が暴れ出した!」

 騒ぎの声が聞こえたかと思うと、武士の顔色が変わる。

 すぐさま、座敷の襖が開かれる。

 そこには見境のない陽炎がいる。

 彼らを連れてきたであろう武士たちを狙い定めている。

 陽炎は誰彼構わず襲い掛かることを、恐らくは武士たちは知らなかったのだろう。

 ゆきは隠し持っていた剣を握りしめた。

 同時に仲間たちがいる座敷の障子が開かれた。

「ゆきくん、助太刀する」

 小松を筆頭に、八葉たちが武器を構えて、座敷に入る。

 ゆきは舞妓の格好で剣を構えた。

 芸妓と舞妓は、直ぐ様、都が保護をする。

 そして、上級武士たちは、桜智と瞬が即座に捉えてしまう。

 予め段取りしていたのだろう。とてもスムーズだった。

 ゆきは他の八葉を従えて、陽炎を浄化するために剣を振るう。

 力をかなり弱めなければ、今のゆきには浄化することが出来ない。

 そのため、八葉との連携は不可欠だった。

 剣の技量が高い高杉がいてくれたお陰で、ゆきたちは素早く弱らせることが出来た。

 素早くゆきは陽炎を浄化する。

 だが、これだけでは終わらないのは分かっている。

 まだまだ陽炎がいるのだろう。

「ゆきくん、陽炎が玄関でも暴れているからね。次に行かなければならないよ」

「はい」

 浄化を続けるのは、ゆきにとってはかなり辛い。だが、やりきらなければならないのだ。

 たとえ身体がきつくても、苦しくても、致し方がないとゆきは思った。

「行くよ」

 小松はごく自然にゆきの手をしっかりと取ると、玄関先へと急ぐ。

 手を握りあったのは、以前にもあった。あの時も、こうして舞妓の格好で、手を繋いで、小松と二人で駆け抜けた。

 しっかりと手を繋いでいるから、本当に何も怖くない。

 小松と一緒にいると、恐れるものなんて何もないのではないかと、思った。

 玄関先に出ると、そこには沖田がいる。

 新撰組が、陽炎に対峙している。

 恐らくは同じように、上級武士に請われて来たのだろうが、見境なく誰彼にも剣を振るう陽炎たちに対峙せずには、いられなかったのだろう。

 最後のひとり。

 ようやく見つけた八葉だ。

 ゆきは、絶好のチャンスだと思わずにはいられない。

 だが、先ずは陽炎たちを浄化することが先決だ。

 小松と素早く武器を構える。

「陽炎の浄化に来ました」

 ゆきは沖田に思いきって話し掛けることにした。

 すると、沖田は、以前と同じように感情が余り感じられない眼差しを、ゆきに向けてきた。

「……お願いします」

 感情がない声に、ゆきは、何だか哀しくなる。

 気を集中させる。

 かなりの数の陽炎を浄化したせいか、身体がふらふらする。

 正直言ってかなりきつい。

 だが、やるしかないとゆきは思った。

 これが終われば、沖田に話が出来る。

 これは千載一遇のチャンスだと、ゆきは思った。

 集中するしかない。

 気持ちを高めるしかない。

 ゆきは神子としての力を込めて、陽炎を浄化し始めた。



マエ モドル ツギ